Cherry coke days





 映画の内容なんて殆ど覚えていない――なんて、何処の恋愛話だ、と馬鹿にしていた自分に馬鹿野郎と言ってやりたい。
 政宗は隣に座る小十郎に意識が向いてしまって、スクリーンを見るよりも、彼の横顔の――ちらりと横目で見ていた、小十郎の横顔のほうが頭にしっかりと焼き付いてしまっていた。小十郎はスクリーンを見つめて、腕を組んでいる。時々長めの足が、組みなおされていく。

 ――どうしよう、ホントに隣に片倉がいるんだ。

 今更ながら、学校で傍にいるのとは違う距離感に、とくとく、と胸が弾みだす。政宗は中に入る時に買っていたジンジャーエールを口に向け、咽喉に流し込んだ。
 既に炭酸は抜け始めていて、細かい刺激が咽喉に柔らかく滑り落ちる。

 ――炭酸、好きなのか?

 補講の時の小十郎の一言を思い出した。あの時は軽く頷いただけだったが、小十郎は「飲み物の炭酸って苦手なんだけど、ビールは別なんだよな」と笑って見せた。そんな彼に皮肉を言って、どうして素直になれないのだろうかと俯いたのに、彼は「顔上げておけ」と言っていた。

 ――なんか凄く昔みたいに思える。

 ほんの数週間前のことなのに、今のこの縮まった距離感からは程遠い昔のことのようにさえ感じていた。
 政宗がスクリーンを見上げて少しだけ身体を動かした。

 ――とん。

 隣の小十郎の腕に自分の肘がぶつかった――邪魔してしまったかと隣をさっと見ると、小十郎はちらりと政宗を見て、そして口元を綻らせた。それだけで政宗の心臓は握りつぶされそうな勢いで早鐘を打っていく。

 ――頭に内容が入らない。

 政宗は正面に顔を向けながらも、瞼をぎゅっと閉じて何度も深呼吸を繰り返していった。









 映画が終わると今度は、これで今日が終わってしまうのか、と政宗は寂しい気持ちになってきていた。

 ――もっと一緒に居たいんだけどな…

 でも得にこの後のことを決めている訳でもない。政宗がゴミ箱に飲んでいたドリンクのカップを捨てると、小十郎が声をかけてきた。

「さてと、伊達…どこか行きたい所とかあるか?」
「え…――本屋?」
「他には?」
「んー…そこら辺、ぶらぶらしたい」
「じゃあ行くか」

 小十郎が政宗を促すように踵を返す。ふわりと背中を向けられた瞬間、その背中に飛びつきたい衝動に駆られた。だが政宗はそれを、ぐっと抑えながら足早に小十郎の後ろをついていく。

「待てよ…片倉ッ」

 ――くしゃ。

 突進しそうな勢いの政宗の額に、小十郎の手が添えられて、前髪をかき上げる。政宗が動きを止めて彼を見上げると、逆光になった小十郎の顔が霞んでいく。

「走らなくても、置いていかねぇよ」
「――――…ッ」

 ふ、と離れた小十郎の手のあとを探るように、政宗は自分の手を動かして額に触れさせる。自分に触れてくる小十郎の手はいつも優しい――だが、時々子ども扱いが強く出ているような気がしてしまう。
 政宗が隣に並んで歩き出すと小十郎が問うてくる。

「伊達、今日は夜まで大丈夫か?」
「うん…そりゃ、夏休みだし」

 政宗は足元に出来ている影を踏みながら歩いていく。少し歩幅を多くとれば、小十郎の影も踏める――重なった影が、ひとつにつながるのを観て、こんな風に傍に居られたらいいのに、と頭の隅で考えていた。
 だがふと、小十郎の低めの声が耳朶に触れ、思考を切り離される。

「だったら夕飯一緒に食べないか?どうせだ、奢ってやる」
「――――…ッ」
「何でもいいぞ?」

 ばっと振り仰ぐと、小十郎は目元に皺を寄せるくらいに、瞳を眇めて政宗を見下ろしていた。自分を見つめる彼の視線が、まるで眩しいものを見ているかのようで、知らず背筋が熱くなってくる。政宗はいつもの自分では到底考えられないような、小声で口篭った。

「――ッ、――や、焼肉」
「うん?」
「焼肉、食べたい」

 ぷく、と少し頬を膨らませると、彼は手を口元に添えて軽く笑った。

「ふ…――、いいぞ」
「あと、冷麺ッ」

 勢いに任せて強く言い募る。すると隣を歩く小十郎が楽しそうに、くふくふ、と口の中で笑っていく。

「お前、意外と食うのな」
「慶次よりは食わねぇよ」

 ふん、と鼻を鳴らしていると再び小十郎の手が、くしゃり、と政宗の頭を撫でていった。






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Date:2009.08.09.Sun.13:23