Cherry coke days





 夏休みが始まった日、元親は昼に差し掛かると家の門を開けて、向かい側の家へと足をむけた。遠出するわけでもないので、裸足にサンダル履きで、ぺたぺた、と道を歩く。
 勝手知ったる風体で呼び鈴を鳴らすと、お手伝いさんが出てきて「あら、元親くん」とにこやかな笑顔を向けてくれた。そして彼女に彼の居場所を聞くと、元親はほてほてと廊下を歩き、庭を眺める。

 ――カコン。

 獅子嚇しが小気味良く音を鳴らしていく。元親はその庭を眺めてから、目の前の障子に手をかけて勢い良く開け放った。

「元就〜、終わった?」

 元親の声に、静かに元就が顔を向ける。今の時代には珍しい文机に向かっていた彼は、手元に持っていたシャーペンを置いた。

「貴様はどうなのだ?我に問うておきながら、貴様自身が終わっていなんだら、話にもならん」
「今日のノルマは終わったぜ?」

 ――これ差し入れ。

 にこにこしながら、元親はスイカを見せる。先程受け取っていたものなので、勿論元親の分もある。一瞬、元就はスイカを見上げて顔を綻ばせかけたが、ハッと我に返った。

「ちょっと待て、貴様何を勝手に我の家に入ってきているのだ」
「許可は貰ったけどな」

 すとん、と元親は彼の後ろにあるサイドテーブルにスイカを置く。そして畳の上に腰掛けると、元就に近づく。

 ――くしゃ。

 元就の頭を手を伸ばしてなでると、彼は眉間に皺を、ぎゅう、と寄せて睨んできた。

「まぁ、いいじゃねぇか。で?今日は近所の祭あるんだけど…行く?」
「――出店はあるのか」

 睨む視線から棘が消える。それを元親が覗き込みながら観察していると、彼は手元の参考書をとんとんとまとめていく。

「あるぜ〜。さっき通りかかったら、色んなの出てて…」

 行く気になっているのがわかる。元親が更に言い募ろうとすると、元就はくるりと首を廻らせた。

「林檎飴」
「あんずは?」

 元親が空かさず聞く。

「杏も捨てがたい。あと、カキ氷」
「いいねぇ…なんでも言いな。買ってやるからさ」

 ――だから一緒に行こうぜ。

 元親が楽しそうに微笑む。ふと元就が彼の言葉に気付いて、再び眉間に皺を寄せた。

「――買ってやる…というが小遣いからか?」
「ん?俺の稼ぎで」
 ――日雇いのバイトって、直ぐ金になっていいよなぁ。

 あはは、と大きく笑うと、元就が溜息を付きながら「そんな事をしている暇があるのなら、受験勉強をしろ」ときっぱり言う。

「それは、それなりにな。温くなっちまうから、さっさとスイカ食べようぜ」

 手招きして元親が呼ぶと、膝を詰めながら元就は彼の手にしようとしたスイカを指差す。

「おい、貴様!それは我のだ」
「どれでも一緒だろうが」

 べえ、と元親が舌を出す。だが手にしたスイカを、すぐに元就の口元に向けた。差し出されたスイカを、一度は見てから元就が齧りつく。

 ――しゃく。

「どう?美味い?」
「――甘い」

 もくもく、と口を動かしながら元就が言うと、元親は彼の齧ったところを齧り、甘いな、と同じように口元を動かしていった。






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Date:2009.08.07.Fri.20:32