Cherry coke days





 終業式の日に、どうせ夏休みだといっても顔合わせること多そうだな、と皆で話し合って、とりあえず遊びに行く予定なども立ててみていた。
 だが政宗はそれよりも翌日のことが頭にあって、全て上の空だった。

「政宗〜?大丈夫」
「のーぷろぶれむ…」
「お前らしくないねぇ」

 額に手を当てて、慶次が笑う。前日から緊張してどうする、と自分にも気合を入れるがどうにもならない。とりあえず遅刻だけは避けたくて、慶次にモーニングコールを頼んでいった。
 それでもなかなか寝付けなくて、遠足前の子どものようだと思いながら、政宗は翌日のことを考えていた。だがそれでも自然と眠気はくるもので、いつの間にか眠ってしまっていた。
 翌日、鳴り響く携帯の音に半分夢の中のまま出ると、慶次の声に起こされる。

「なんだよ…慶次か」
「なんだよ、ってないじゃない?折角恋のお助けしてるってのに」
「恋〜?」

 ごろ、と布団の中で寝返りを打つ。手に持っていた携帯は枕元に置かれて、政宗は再び二度寝に入ろうとしていた。だが慶次が一際大きな声を出す。

「今日、デートでしょッ!」
「――…ッ、う、おおおおおああああ?」

 がば、と起き上がり政宗は時計を探した。そしてベッドから飛び降りると、ばたばたと部屋の中を歩く。途中で足の小指を椅子の足にぶつけて、うおおお、と蹲ったくらいだ。

「あ、起きた、起きた」
「そ、ちょ、おま…――え、ええ?」
「何動揺してんの。大丈夫、時間まだあるよ」

 電話口で慶次が笑いながら教えてくれる。それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろすが、まだ心臓がばくばくと早鐘を打っていた。

「はぁ…――良かった。サンキュ、慶次」
「うん、頑張ってね。あと花火、誘えよ」

 おう、とだけ応えると政宗はゆっくりと立ち上がる。そして寝癖で乱れた頭をかしかしと掻いてから、ふあああ、と大きな欠伸をした。窓の外を見ればよく晴れている――それを見上げてから、政宗は身支度をしていった。










 待ち合わせの三十分も前に到着すると、既に小十郎の姿を見つけてしまった。

 ――速…っ、俺時間間違えてないよな?

 政宗は携帯を取り出して時間を確認する。当然待ち合わせ時間は間違っていない。映画館の近くのカフェで待ち合わせていたのだが、その店内でコーヒーを飲みながらPCでなにやら打っている。

 ――仕事、かな?

 小十郎の眉間に微かに皺がよっている。節ばった指が器用にキーを叩いている。それを遠巻きに見つめながら、胸が躍る自分に動揺してしまう。
 とくとくと早鐘を打つ胸に手を当ててから、政宗は回り込んで小十郎の目の前に立った。

「よう、片倉」
「速いな、伊達。もう来たのか」

 ――まぁ、座れ。

 小十郎は政宗に気付くと、向かい側の席を勧めてきた。そしてPCをパタンと閉じてしまう。

「何してたんだよ?」
「仕事…というか――まぁ、仕事だな」
「へぇ?」

 政宗が小首を傾げた。小十郎にしてみれば歯切れの悪い物言いだ。だが小十郎は早々にテーブルの上のものを片付けると、政宗に「何か食べてきたか」と聞いた。

「あ、え?朝は…俺、食べないから」
「そりゃ良くないなぁ…朝飯は一日の始まりに大切なものなんだぞ」
「だったら片倉作ってくれよ」
「馬鹿をいうな、馬鹿を」

 コーヒーに口を付けながら、小十郎が笑う。それを正面で見つめて、政宗は「ケチ」と小さく言った。だが徐に小十郎は立ちあがる――政宗がその動きを目で追っていると、ぽん、と頭に掌が乗せられた。

「何が食いたい?奢ってやろう」
「――…ラテと、サンドウィッチで…」
「ちょっと待ってろ」

 うん、と頷くと政宗は自分の頭に手を伸ばした。どうしようもなく、胸が締め付けられる。彼の一挙一動にときめいてしまう。

 ――しっかりしろ、俺!

 まだ映画も観ていないのに今からもう倒れそうだ。政宗が猫背になりながら必死に自分を励ましていると、小十郎が戻ってくる。トレーにはカフェラテとホットサンドが乗っていて、ほわほわと湯気を立てていた。

「ほら、食べておけ」
「サンキュ…――頂きます」

 政宗がぺこと頭を下げながら、手を合わせてカフェラテに手を添える。すると小十郎がまじまじとそれを見ていた。

「なんだよ?」
「いや…伊達って意外と礼儀正しいよな」
「意外は余計だぜ?」

 ぱく、とチーズとハムのホットサンドに齧り付く。とろりとしたチーズが舌先にあたり、政宗は小さく、あち、と声を上げた。そしてこぼれそうになったチーズを指先で掬い上げる。

「美味そうに食うなぁ、お前」
「半分、食わねぇ?」

 正面で楽しそうに小十郎が笑う。それを観ながら――食べ差しなのに政宗が彼の前に手に持っていたホットサンドを向ける。

 ――ばく。

「え…――ッ」
「うん、美味いな、これ」

 何の抵抗もなく小十郎は正面から一口、齧り付いて来た。政宗は呆気に取られながらも、うわあ、と胸内で何度も繰り返した。

 ――ヤバイ、ホントにヤバイ!てか、今死んでもいい。

 今日一日、無事に生きていられるか不安になる。政宗は眉根を寄せながら、必死で目の前のホットサンドと格闘していった。それを小十郎は涼しい顔で見つめ、他愛ない話をしていった。







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Date:2009.08.02.Sun.20:11