Cherry coke days あと数日で終業式が行われ、夏休みが訪れる。その夏休みの最初の日の土曜日に、小十郎と映画を見に行くことになった。約束したのが嘘ではないのかと、夢ではないのかと、何度も思ってしまうたびに、携帯のアドレスを開いてしまう。 ――用事無くてもかけたい。 アドレス帳に小十郎の名前がある。それだけで約束が夢ではないと知れるが、それよりも彼の声を聞きたくて携帯を何度も開いては閉じる。 「慶次ぃ、お前暇か?」 「うん?一応予定はないね」 終業のチャイムが鳴り、横の席を見ると慶次がせっせと机の中の教科書などをリュックに詰め始める。いつもは置きっぱなしにしているが、流石に夏休みの課題の為に持ち帰るつもりらしい。政宗はがたがたと机の中を漁っている慶次に提案した。 「だったらちょっと付き合わねぇか」 「どしたの?」 ひょい、と顔を起こして慶次が小首を傾げる。政宗は「うーん」とか言いながらも自分の支度を済ませていく。そして「歩きながら話す」と告げると、さっさと教室から出て行った。 道すがら、隣を歩く慶次は、ふんふん、と頷いたり瞳を輝かせたりと忙しない。だが政宗が今日、慶次を誘った理由に行き着くと、口元に手を宛がって「ぶふっ」と笑い出した。 「あははは、それで?可愛いねぇ、政宗は」 「うっるせ!」 がつ、と政宗が肘鉄を慶次に食らわす。だが慶次には効いていない。にこにことしながら政宗の顔を覗き込んできた。 「だって初デートで服買いに来ちゃうくらいに浮かれてるなんて、今まで無かっただろ?良いねぇ、恋って」 目的の店の前で、ああだこうだ、と話しながらハンガーを手繰る。かしゃ、と出しては戻す服の山を手に、政宗は肩越しに見上げた。 「――だってよ、折角一緒に出かけるんだし…良いとこ、見せてぇじゃねぇか」 言っていて恥ずかしくなる。女じゃあるまいし、と自分に突っ込みを入れたくもなるが、彼と並んで歩くことを考えたら、浮き足立って仕方ない。 ただ手繰る手元では、政宗の照れをあらわすように、かしゃかしゃ、と何度もハンガーが出し入れされていく。 ――ぽんぽん。 「うんうん」 慶次が身を屈めて政宗の頭を撫でる。それを軽く往なしながら見上げると、慶次はニタリと歯を見せて笑った。 「――何だよ?」 「ますます可愛い」 かあ、と頬が熱くなる。拳を振り上げてしまおうかと思ったところで、不意に慶次が向かい側の店の方へと首を伸ばした。つられて政宗もそちらに顔を向ける。 慶次は踵を返すとそちらに向かう。政宗もまたその後についていった。慶次が彼に声をかけると、片手を上げて彼は挨拶した。 「あれぇ、お二人さん。どうしたの〜?」 「佐助こそ、どうしたんだよ。こんな所で」 「俺?俺様はほら、其処の馬鹿ップルの付き合い?」 「は?」 慶次が佐助に問うと、佐助は店の中を指差した。その指差された先を、政宗も慶次も見る。其処には見知った人物が二人、喧嘩する勢いで服を選んでいた。 銀色の髪の元親が、手に甚平を持つたびに、横から元就がそれを取り上げて元に戻している。そしてまた元親が別の甚平に手を伸ばす。 「だから俺は甚平にするって」 「馬鹿を申すな。浴衣にせぃ」 ぱっ、と振り払うように元就がそれを取り上げる。すると元親は腰を屈めて元就の前に視線を合わせる。 「あのよ、俺が浴衣なんて着てみろよ、柄悪くって仕方ねぇって」 ――堅気には見えねぇよ! 全然、と鼻先で手を振って見せるが、ふん、と元就が鼻を鳴らして胸を張る。 「甚平の方が余計に軟派に見えよう。それならばきっちりと和装するがよい」 「もうッ!面倒臭ぇよ、シャツでいいじゃねぇか」 「ならば隣に立つな」 「なあ、何なの、その拘りッ!なあッ!」 がし、と元親が元就の肩を掴む。ゆさゆさと揺らしているが、元就は振動など気にもしないようで「浴衣にするのだな」と笑っている。 如何観ても慣れ親しんだ二人にしか見えない。慶次までもが呆れて、ぼそり、と呟いた。 「馬鹿ップル…ね。確かになぁ……」 「元親と元就か…――あいも変わらずだな」 ハン、と鼻で笑うと佐助が、でしょ?と相槌を打つ。そしてポケットに両手を突っ込んで顎先を彼らのほうへと向ける。 「花火一緒に見に行くんだって」 ――ガシッ! 「政宗ッ!」 「な、何だよ」 今度は慶次が政宗の肩を強く掴んだ。いきなりだったので政宗が、びくり、と身体を揺さ振るが、彼は名案とばかりに表情を輝かせた。 「片倉も誘ってみろよ」 「は?」 「映画のお礼でさ、花火にも誘えって」 ばしばし、と立て続けに肩を叩いている。名案だよ、と鼻息も荒く慶次は焚き付けてきた。だが政宗にしてみれば、やっと一緒に出かけることになったばかり――しかもそれはまだ実現していない。政宗は口篭ってしまう。 「え、でも…――」 「政宗が誘えないなら、俺がひと肌脱ぐよ」 ばし、と今度は慶次が自分の厚い胸板を叩いてみせる。しかし慶次に任せて、この恋心が知れたら――いや、それよりも余計なことを告げられたら堪ったものではない。政宗は全力で断った。 「Noooooooo,いい、いいからッ!慶次がするなら俺が誘うから」 ぴた、と慶次の動きが止まり、に、と歯を見せて彼は此方を向いた。それと同時に失態をやらかしたことに気付く。 ――俺が誘う。 そう今言ってしまった。さぁ、と血の気が下がる気がした。 「――ホントだな?」 政宗は一度俯くと、こく、と頷いた。今にも頭から火を噴きそうな程だ。 「う…――と、取り敢えずは服選ぶよ」 「そうだね」 目的忘れてた、と慶次は自分の額をぺちりと叩く。政宗は溜息を付きながらも、再び服を選び始めていった。 →14 Date:2009.07.22.Wed.22:54 |