Cherry coke days





 期末テストも無事に終わり、蓋を開けてみれば少しだけ倫理の成績も上がっていた。
政宗は放課後の社会科準備室で小十郎の淹れたコーヒーを飲みながら、彼の背中を見つめていた。

「伊達は進路を考えているのか?」
「ああ、まぁね…家継がなきゃならねぇしな」
「そうか…――」

 シャ、シャ、とペンを滑らせる音が響く。
 彼の補講のお陰で赤点は免れたものの、やはり元から苦手だけあって安全圏な点数とは云いがたい。それでもテストの返却の際に小十郎は、ふわりと微笑んで「頑張ったな」と云ってくれた。それがやけに嬉しくて、今でもその顔を思い出せる程だ。

「あのさ、片倉」
「先生、つけろよ」

 小十郎の背中に話しかけると、いつも通りの答えが返ってくる。政宗は小十郎の横に行き、彼の目の前に茶封筒を差し出す。

「何だ?」
「これ…――やるよ」

 政宗が下唇を噛みながら云うと、小十郎は手元にあった採点を一時的に終えて、封筒を受け取る。そして政宗と封筒を一回ずつ見比べてから、中を開いてみた。

「映画の券?」

 かさり、と出てきたのは映画のチケットだった。小十郎が政宗を見上げて少し驚いたような顔をしてみせる。政宗は彼に理由を聞かれる前に、しどろもどろになりながら言葉を繋げていく。

「これ、礼っていうか…あ、いや、いらないならいいんだ。他の奴に上げるし」

 両手をばたつかせて言い訳する。手に平にじっとりと汗を掻いてきていた。だが直ぐに政宗は口を噤んだ。

 ――言い訳、しなくていいのに。自然にしてれば。

 頭をがしがしと掻きながら、バツが悪いように俯く。
 小十郎は手にチケットを持って、嬉しそうに微笑んでいた。そして政宗を座ったまま、ちらりと見上げてきた。

「これ、俺が観たいって言ってたの、覚えてたのか」
「う…――うん」

 こくり、と頷くが、その後にまた立て続けに、こくこく、と頷いてしまう。こんな風に焦っている自分は初めてだった。

「ありがとう、伊達」
「――……いや」

 本当に嬉しそうに小十郎が微笑む。その顔を見ているだけで、ほわりと胸が締め付けられて、温かくなっていくような気がした。じわりと、掌に掻いていた汗が引いていくようだった。封筒に券を戻すときにずれたのか、ふと小十郎が呟いた。

「二枚…?」

 中には映画のチケットが二枚あった――先程は一枚にしか見えなかったが、重なっていただけだった。それに気付いて再び小十郎が政宗を見上げる。
 政宗は踵を返しつつ頷いた。

「誰か誘えよ」

 ――嘘だ。

 他の誰かなんて誘って欲しくない。云ってしまってから、そんな風に今度は落ち込んでしまう。一枚だけ渡すつもりだったが、気付いたら二枚買っていた。一度は自分用にとも思ったが、別に一緒に行けないならいらないと思った。だから全部彼に託してしまえと二枚いれたが、小十郎が誰かを誘うのを知りたくはなかった。
 小十郎に背を向けてドアの方へと向かう。ただ暇つぶしに来ただけだ――そう理由をつけて此処に居る。用事が済んだのだから、後は帰ってもいい。

「なあ、伊達。今度の土曜、暇か?」
「え…?」

 ドアに向かっていた政宗の耳に、小十郎の声が届く。動きをぴたりと止めて政宗は振り返った。小十郎は二枚のチケットをまだ見つめていた。

「良ければ、一緒に行かないか?」
「俺?」

 振り返りながら――両手をポケットに入れていたから、背中を丸めた状態だったが、彼の言葉でぴんと背筋まで伸びてしまう。
 小十郎はやっとチケットから眼を離し、政宗の方へと向き直った。

「そ。頑張ったお前にご褒美だな。まぁ、こっそりだけどな」
「本当、か?」

 かあ、と耳が熱くなる。聞き間違いじゃないよな、と何度も胸の内で反芻した。どっどっどっ、と鼓動が大きく跳ねた。

「用事あるなら他の日でも…」

 返答に窮していると小十郎は残念そうに眉を寄せる。それを打ち払うように――こんな機会を無駄にするわけも無い――政宗は手をぶんぶんと振った。

「いや、ううん。大丈夫、空いてる、空いてる」
「じゃあ、決まりだな」

 嬉しそうに笑う小十郎につられて政宗もまた微笑んだ。そしてメール交換をして、大雑把に予定を立てていった。
 座っている小十郎を見下ろしながら、俯くたびに嬉しさで涙がこぼれそうになる。政宗はそれを誤魔化す為に、何度も髪を掻きあげていった。





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Date:2009.07.19.Sun.15:36