Cherry coke days





 昼休みのチャイムが鳴ると慶次は政宗を引き連れて、社会科準備室へと向かった。がらがらと引き戸を開けて中に入ると、中には小十郎しかいなかった。

「お前ら、他で食べるつもりはないのか?」
「だってさ、片倉先生ひとりじゃかわいそうでしょ」
「全然」

 がたがた、と慶次は隣から椅子を引っ張ってくる。彼の手には毛利並みの重箱が出来上がっている。中を見ても毛利と劣らない。ただ違うのは慶次はそれを皆にも勧めてくる。案の定、広げた弁当のおかずをいくつか取りわけ、政宗に渡す。

「ひとりで食うのって味気ないって思うんだけどなぁ、俺はさぁ」
「慣れれば何とも無い」
「まーた…そういやさ、片倉」
「先生、つけろ」

 堂々と慶次は上杉先生の席に腰をかけ、綺麗にされている机の上に弁当を広げた。もう咎める気もないのか、小十郎は自分の昼食を出す。
 簡単に作られた握り飯が――といっても男の手で握ったと解る大きさだ――三つ、どんどん、と出される。それにピーマンの肉詰め、漬物が入ったタッパを取り出す。それを覗き込んだ慶次が、野菜食えよ、と自分の重箱から煮物を放り込む。

 ――慶次の柔軟さって、時々羨ましくなるな。

 政宗はそれを横目で見ながら、じっとりと彼らのやり取りを窺っていた。昼休みに此処を訪れるのも今回が初めてではない。それでも小十郎の横に座るだけで政宗には緊張の瞬間だった。
 彼らのやり取りを見ながら、もって来ていたサンドウィッチを取り出し、ぱくん、と口に入れる。その様子をちらりと見ていた小十郎が、自分の机の上からコーヒーの入ったカップを差し出した。

「飲むか?」
「え…でもそれ片倉のだろ?」
「まだ口はつけていない。さっき上杉先生に淹れてもらったんだが、こっちの弁当は茶の方が合う」

 ――貰ってくれたら嬉しいんだが。

 軽く云う小十郎の手が、マグカップを差し出してきている。いくら今日まだ未使用とはいえ、彼のカップだ――と其処まで考えてから、はっと我に返り差し出されているカップに手を伸ばした。

「ありがと」
「おう、熱い内が美味いぞ」

 ほわ、と湯気が出ているカップを両手で包みこみ、一口飲み込むと、慶次が正面で軽くウィンクしたのが眼に入って噴出しそうになった。

 ――見てんじゃねぇよ、慶次ッ!

 噛み付きたい気分になってくるが、かつかつ、と箸を動かしている慶次は早々に小十郎に話を向けていた。

「片倉先生。まつ姉ちゃん知ってるんだって?」
「ああ…確か、前田は甥っ子だったか」

 ――同じ大学だったんだ。

 小十郎が良いながら炊き込みご飯のお握りを口に入れて、もぐもぐと動かしている。その当時のことを思い浮かべているのか、小十郎は少し楽しそうに目元を眇めていた。

「そう。ねぇ、七夕にさ、何か願い事ってないの?」

 唐突に慶次が里芋を頬張って訊いた。今年の七夕は晴れるだの何だのと云いながら、慶次は話の矛先を小十郎に向けた。すると小十郎はピーマンの肉詰めを飲み込むと、手を伸ばして政宗の頭をくしゃりと撫でた。

「伊達の成績があがりますように、かな」
「ぶ…――ッ」

 ぽんぽん、と頭の上で跳ねる手が、子ども扱いしてくる。カァ、と頬が熱くなるのを感じつつも、それはないぜ、と思いながら二の句を告げられずに押し黙った。

「あははは、政宗、倫理最悪だもんね」
「うるせぇよ、慶次ッ!手前だって英語苦手じゃねぇかッ」
「お前教えてやらないのか?」
「駄目駄目、俺が教えても飲み込まないから」

 手をぱたぱたと動かして慶次が笑い飛ばす。こほ、と政宗は咳払いし、カップのコーヒーを飲み込むと小十郎のほうへと身体の向きを変えた。そして窓辺に座っているせいで逆光になっている小十郎の瞳をじっと見つめた。

「他に願い、ないのかよ」
「そうだなぁ…――」
「今したいこととかは?」

 ううん、と唸りながら小十郎は悩みだす。それを期待を込めながら待っている自分に気付くが、彼の口から何が飛び出すか興味があった。

「あ」

 ――何、何?

 何か思いついた風の彼に、慶次共々身を乗り出す。小十郎から見たら、子犬二匹が伸び上がっているような錯覚を起こすかもしれない。彼は、に、と口元を綻ばせて笑った。

「観たい映画があるな」
「そんな事か…」

 がく、と政宗が項垂れる。試しに、何が観てぇんだよ、と訊くとあっさりと今話題の映画のタイトルを述べてきた。

「やだねぇ…おっさんになると夢もなくなるなんて」

 乗り出していた身を反らして、椅子に踏ん反り返りつつ、慶次がデザートの寒天を口に入れて呆れる。

「おいこら、誰がおっさんだ?」

 小十郎の突込みが入るのと、ドアが開いて上杉謙信がかすがを伴って準備室に来るのが同時だった。ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ自分達に、上杉先生はのほほんと微笑んでいた。

「なかよいことは よいことです」

 彼の穏やかな言葉が、政宗の耳に触れる。ただの仲の良さでは友人と変わらない。

 ――俺は、そんなのはいらない。

 出来ればもっと近づきたい。そんな風に感じながら、昼下がりの時間を費やしていった。





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Date:2009.07.14.Tue.17:21