Cherry coke days





 本当は講習なんて面倒なものは避けて通りたい。だから試験なんてものは一気に点数を取ってしまえば良いと思っていた。実際、これまでの科目で躓いたことも無かった。

 ――気付かれているかも。

 そんな風にも思うが、誰も居なくなった教室で一対一になれる瞬間など、こんな時くらいしか思いつかなかった。

 ――というよりも、少しでも沢山一緒にいたいんだけど。

 政宗は頬杖をつきながら、目の前に立つ男を見た。課題を立て続けに未提出にし、挙句には小テストを白紙で出した所、嬉しくも無さそうな顔で「補習」と言われてしまった。

 ――さわ、さわわ…さわ、さわわ…

 窓の外では風がさわやかに吹き込んでいる。衣替えしたとはいえ、まだ肌寒い日が続く。

「伊達、終ったか?」
「…解んねぇよ」
「お前…ふざけてるだろ?」
「なんでそう思うわけ?センセ」
 ――教えてよ、片倉センセ。

 頬杖を付きながら、にこ、と笑って見せると余計に眉間に皺を寄せて片倉小十郎は溜息をついた。

「他の教科は全て学年上位、なのに倫理だけ…最下位。どう見ても業とやっている風にしか思えないんだけどな」
「業とするくらい器用じゃねぇよ」
「あんまり受験には関係ない科目だもんな」
「そうじゃなくて…ホントに苦手」

 ぐしゃ、と右目に掛かる髪を頬杖をついていた手で掻き混ぜる。

 ――口を開くと、何でこう憎まれ口しか出てこねぇんだよ。

 自分の子どもさ加減に嫌気が差してくる。俯いて目の前の答案――補講用にわざわざ作られたプリントだ――政宗一人の補講のために作られているそれを見て、じわ、と胸の辺りが熱くなる。

 ――センセが、どんなこと考えて此処にいるのか、知りてぇ。でも、どうせ迷惑くらいにしか思ってないよな。

 子どもじみたことでしか気を引けない。
 それでも少しでも長く傍にいたかった。見つめて居たかった。

 ――がたん。
「――――ッ」

 政宗の目の前の椅子が音を立てた。驚いて顔を上げると其処に横向きに小十郎が座り込む。間近に彼の存在が近づき、す、と手が伸びてきた。一瞬彼の手が伸びて来た時に、ぎゅっと目を瞑ってしまうと、くすり、と笑う声が聴こえた。俯いてしまっていた政宗の顔を彼は片手で上げさせれる。そして正面から瞳を覗き込んできた。

「あまり目を近づけない方がいい」
「あ…――」
「顔、上げてごらん」

 かぁ、と顔が熱くなる。何も言えずにいると、目の前で上着を脱ぎ、袖を捲くり出す。

「さて、じっくり覚えて貰うからな」
「え…――?」
「優等生だって苦手のひとつや二つはあるだろう。俺がちゃんと教えてやる」
「片倉…――」
「先生、つけろよ」

 ぐしゃ、と頭に大きな手が触れてくる。いつも見ているしか出来ないと思っていた。だから少しでも傍に居たいと思っていた。

「終ったら、何か飲み物でも奢ってやる」
 ――秘密だけどな。

 こっそりと言ってくれた言葉に、苦笑するしかない。小十郎の顔が一瞬、自分達と同じ学生のように見えた。
 外の葉擦れの音が、政宗の胸の音と一緒になって、とくとくと鳴るようだった。政宗はシャーペンを持つ手に力を込めて、小さく「炭酸がいい」と応えた。





駆け引きの意味なんてわからない。
それでも、傍に歩み寄れたと思った。
距離は近づくと、思っていた。





 →2



Date:2009.06.05.Fri.05:49