誕生日を祝おう いつものように政宗が店の入り口に鍵を注し込むと、既にドアが開いていた。大抵一番乗りをするのは政宗だ――時たま、元就が先にあけているときもあるが、それは気が向いた時だけだ。最近では暑いせいもあって、ぎりぎりまで母屋から出てこない。 中を窺いながら、そっとドアを開けると既に皆の顔ぶれが揃っていた。開いたドアに元就が一番初めに気付く。 「政宗か、おはよう」 「Good-Morning…あれ?俺、時間間違えてないよな?」 「間違えては居らぬ。こんな日もあろう」 揃った面々に挨拶しながらも、自分が一番最後というのは経験上なく、焦りを感じながら中に入ると、既に店内はひんやりとしていた。見渡すと幸村が朝一で済ませる水遣りも全て終っているようだった。 政宗がカウンターの中にある食材をチェックし出すと、佐助が不意に元就を促がす。 「で、毛利さん。続き…」 「そうだな。いいか、葛きりも葛餅も、黒蜜・白蜜・きな粉は別盛にしてお出ししろ。既に皿ごと冷蔵庫の中に冷やしておる」 さっ、と腕を振り上げて元就は冷蔵庫を指差した。幸村がそのまま冷蔵庫のドアを開けると、其処にはぎりぎりまで皿に乗せられた葛餅が敷き詰められていた。 再び、ばくん、とドアを閉めながら幸村が小首を傾げる。 「何故、別盛なのでござろうか…かけておけば手間が…」 「愚か者。先にかけてしまえば、染み込む。お客様の好みにあわせて調節していただくのだ。それに、葛の味を堪能して頂く為よ」 話しながら元就は、ひょい、ひょい、とマンゴーやらパイナップルなどを籠に入れていく。ついでに側に座っていた元親も掴みこむと、籠の中に押し込んだ。 「いいか、後は頼んだぞ」 元就は籠を抱え込むと、説明らしい説明をせずに政宗に背を向けようとする。まだ伝達すべきことは在るだろうと政宗が焦る。 「え…元就?」 「政宗、本日、我は新作を作る為に母屋に篭る。夕飯時に声をかけろ。いいな?」 「ちょ…デザートどうするんだよ?」 籠を抱えてすたすたと歩き出した元就が、ぴた、と足を止めて振り返った。そして目をまんまるにしている小十郎を、がっしと掴みこむと、元親同様に籠の中に押し込んでいく。「うおおおおお」と放り込まれた小十郎が悲鳴を上げていたが、お構い無しだ。 「デザートは既に佐助に伝授済だ。それから…こやつも借りていく」 「小十郎?」 「味見をな、してもらうのだ。元親と小十郎で良いわ。我一人ではどうにもな」 ふふふ、と意味深に嗤う元就を止めるのは、何だか恐ろしい気がして出来なかった。そうこうしている間に元就は籠を抱えたまま、母屋に引き篭もってしまった。 取り残された政宗は、ゆっくりと佐助と幸村を振り返り、深く嘆息するだけだった。 母屋の台所はそれなりに設備が整っている。 初めて入る場所に小十郎は目を白黒させていたが、元親となりにとっては生活の場でもある。先に元親が籠から下りると後から続いて小十郎も籠から飛び降りる。 「手はずは解っておろうな」 しゅる、と元就は緑色のエプロンを腰に巻く。そして小さな器に水を張ると、小十郎と元親の前に差し出した――手を洗えという意味らしい。 小さな手を差し入れて、ちゃぷちゃぷと洗っていると、元就は目の前で白玉粉を取り出してボウルに放り込んだ。そして豆乳をテーブルの上に置く。 「これ、計って入れればいいんだよな?」 元親が確認を込めて元就を見上げる。その隙に何時の間にやら用意していたのか、元就が小さな三角巾を元親の頭に捲きつける。 「そうだ。そしてよく捏ねるがいい」 「耳たぶくらいの硬さ、だったよな…」 小十郎が自分の耳たぶを摘んでみると、その通りよ、と元就が頷く。 更に元就は小十郎の頭にも同じように三角巾を捲きつけると、己もまた三角巾を頭に捲きつけていく。そして籠からオレンジを取り出すと、器用に皮を剥いていく。 「政宗に美味しいものを作ってやろうではないか」 「おう!頑張ろうぜ、小十郎」 「ああ…宜しく頼む!」 がし、と腕を組みだす小さな頭を二つ見下ろして、元就は小さく口の中で微笑んだ。そして次々とフルーツを切っていった。 その横で小さな二匹は、うおりゃあああああ、と大声を――掛け声なのだろうが――出しながら、只管ボウルの中に突撃をかけていった。 一日の業務が終る頃、政宗が嘆息しながら「夕飯…」と呟いた。今日は忙しい日だったが、その分残り物が少ない。どうしたものかと、政宗がぼんやりと天井を見ていると、途端にスパンと背後のドアが開いた。 「――ッ、元就か…」 「政宗よ、今日のまかないは何ぞ?」 「いや…今考えていたところ」 「ならば本日はピザを取ろう」 「えええッ?」 此れには佐助も幸村も驚いたらしく、箒を手にしながら駆け寄ってきた。目の前にチラシをぴらりと置いて「これがいい」と既に元就は決めているらしかった。 「いいのか…元就」 「構わぬ。まだデリバリの時間には間に合う」 それだけ言うと元就は再び中に戻っていった。それを見送りながら、政宗と幸村、佐助は顔を見合わせてから注文の連絡を入れていった。 それからおよそ30分後、ピッツァの到着と共に残り物を出して――サラダくらいだが――元就を呼びにいった。すると直ぐに店内の電気が消える。 「停電か?」 不意に政宗があたりを見回すが、そっと肩に佐助の手が触れてきた。 「いいから、そのまま座ってて」 何だろうかと訝しく思っていると、ほんわりと光が見えてくる。よくよく見てみると佐助が母屋の入り口に向かい、燭台を受け取ってくる。その先導に任せて後ろから元就が出てきたが、手には大きなガラスの器を持っていた。 ――ことん。 蝋燭の明かりを前にして、政宗の目の前にそのガラスが置かれる。あっという間で、何が起こったのかよく解らない程だった。 政宗が皿と、彼らを見渡すと、ととと、と小十郎が進み出てきて、こほん、と咳払いをした。 「小十郎…これは一体?」 「政宗様ッ」 ぺこん、と小十郎は頭を下げる。そしてガラスの器を指差すように腕を向けて、照れ隠しに何度もちらちらと見上げてきた。 「此れなるは、政宗様に是非召し上がっていただきたく、元就殿の助言を受け…」 「いいからさっさと進めろや、小十郎」 「元親…しかし」 「いいからさッ!ほれッ、頑張ったんだから説明はいらねぇよ」 どんどん、と元親が小十郎の背中を叩く。そして小十郎はそっと政宗を見上げると「だそうです」と呟いた。 「お前ら…まさか」 「せーの…」 小さく佐助の声が合図を送る。それと同時に政宗の耳に大きな「お誕生日おめでとう」という声とクラッカーの音が響いていった。 「まったくとんだサプライズだぜ」 政宗はふふふと嬉しそうに嗤いながら、ガラスから移された皿の中を覗きこんだ。其処には色取り取りのフルーツに、豆乳入りの白玉が沢山入っている。 「こやつらが一生懸命に作った、フルーツ白玉だ」 元就はピザに齧り付きながら説明していく。その合間に、小十郎も元親もことの大変さを語りながら、手元の白玉を食べていく。 「俺なんて熱湯に落ちかけたのによぅ、元就ってば助けてくれないんだぜ」 「俺は…その、白玉粉に塗れて大変な思いを…」 政宗はその様子を聞きながら、指先で彼らの頭を撫でてやった。そして幸村たちに視線を送ってから、「お前たちは?」と聞いた。 「俺様は秘密がばれないようにする役目。旦那にばれそうになって大変だったよ」 「某は…今朝初めて知りもうした。殆ど準備には取り掛かっておりませぬが」 「でも、ありがとな」 ふふ、と政宗は照れくさそうにフルーツ白玉に口をつけていく。 「うん、Delicious!フルーツも生のを使っているからいい味だし、白玉も程よく柔らかいな。豆乳の味が何だか優しいぜ」 「は、恐れ入ります」 小十郎はこんな時でも礼儀正しく、ぺこん、と頭を下げた。 そして辺りをきょろきょろと見回すと、そっと政宗に告げた。 「相済みませぬ、実はもう一つ、ぷれぜんと、がございまして」 「何だ?言ってみな、小十郎」 ぱっと表情を明るくして政宗が聞くと、小十郎はほんのりと頬を染めて俯いた。そして「それは今宵、お知らせいたします」とだけ伝えて黙ってしまう。 歯切れの悪さを感じながらも、政宗が頷くと最後に皆に「ありがとう」と再び大きく声を張り上げていった。 →next 100814 up |