誕生日を祝おう ――政宗の誕生日を祝いたい。 小十郎はその場に居住まいを正して正座すると、小さな足の付け根に手をちょこんと添えて頭を下げた。 「政宗様はいつもご自分の事よりも周りを気遣われる方だ。今とてお疲れであろうに、私の心配をしてくれてな…なんとも」 きゅ、と小さな手を握りこんだ小十郎が力説しようとしていくのを、とんとん、と指先でカウンターを叩きながら元就が制した。 「惚気はいらぬ。で?何がしたい」 「手伝ってくれるのか?」 ぱっと表情を和らげて小十郎が見上げる。すると元就は「花期に手伝ってもらって居るしの」と嘆息交じりに言う。小十郎が一陣の光と得たとばかりに瞳を輝かせると、とてとてと歩いてきた元親が覗き込む。むき出しの腹を、ぼりぼり、と掻く姿に――片や、きっちりと正座している小十郎――対照的なものを感じてしまう。 「あ〜…と、俺様もすることある?」 佐助はカウンターに肘を付きながら問い出してくる。すると空かさず元就は顎で佐助の背後を示して見せた。 「幸村よ…」 「え?旦那?」 「あやつに、物事を隠し通せる演技力があるとは思えぬ。当日まで内部漏れせぬように、佐助、お前が誤魔化せ」 「なる程ね。そういう事なら、俺様大感激〜」 ――黙らせる方法、一杯あるし。 不遜なことを言いながらも佐助は何だか嬉しそうに幸村に視線を送る。瞬間、オーダーを取り終わった幸村が、びくん、と肩を揺らして振り返ったのは見間違いではなかろう。 「して、小十郎は何をしたいのだ?」 元就が素早くみつ豆を三つ作り終えると、佐助に渡す。佐助は「後で教えてね」と囁くと、そのまま盆に乗せて行ってしまった。 「けぇき、と思ったのだが…政宗様は最近食欲が無くてな。だから、涼果であれば…勿論、俺にも作れるような」 「ふむ…連日暑いし、ビタミン不足になりがちだしな」 「元就、俺、白玉食いたい」 小十郎と元就が悩み始めると、ぽつ、と元親は呟いた。言われて元親の方を二人で見やると、元親は元就の手元の白玉――白玉餡蜜用のものだ――を、今にも涎を垂らしそうな勢いで眺めていた。 「それだ…――でかした、元親ッ」 「え?な…何?何がだ?」 元就が元親の頭を、押し潰さんとする勢いで撫でくると、元親は何が何だか解らずといった風情で、かき回された己の頭に手を添えた。 「なれば直ぐにでも発注書を書かねばな。作る時は母屋に行く。しかと働けよ」 元就は小十郎と元親の頭を指先で跳ねると、小さな二人にそう言い聞かせた。小十郎も元親も顔を見合わせてから、こくん、と大きく頷いていった。 それから二日後、発注書を書きながら、ふと政宗が小首を傾げた。昼休憩に元就と二人で頭を付き合わせて書いていた訳だが、政宗は手元を覗き込みながら元就に呼びかけた。 「あのよ、聞いていいか?」 「何ぞ」 かたたた、とテンキーを叩き込んでPCに入力していた元就が、画面から視線を外さずに応じる。すると政宗は、ぴら、と一枚の発注書を手元にして言った。 「このパイナップルとかマンゴーとかさ。あとキゥイとかオレンジとか…何に使うわけ?」 「勿論、甘味に決まっておろう」 「其れにしてはさ…なんかいつもより洋風じゃねぇか」 「彩りあるもまた一興」 元就はかけていた眼鏡を取ると、ふう、と溜息をつく。そして用意していた冷やし飴に口をつけてから、ちらりと正面の政宗に視線を向けた。 「でもさ〜ここ和カフェなんだし…」 「我の領域を侵さんと致すか?」 ぎり、と睨み付けると政宗は後ろ手になり、ぺっ、と手元の発注書を机に放り投げた。 「いや…そういう訳じゃ…」 「ならば捨て置け」 「はいはい」 政宗が窓の外を見上げた瞬間、からり、と戸が開いた。二人が顔をそちらに向けると、臙脂色の作務衣を着た幸村が、膝をついて戸をあけていた処だった。 「差し入れでござる」 「Ah?何だ、食い物か?」 「佐助からでござる。今、厨房に居りますが早く戻ってきてくれ、と…」 苦笑しながら幸村は政宗と元就の前に器を置いた。透明なガラスで出来た器には、夏野菜に彩られた素麺が入っている。 「タレを掛けて食べてほしいと言っておりましたぞ」 「ほほう…ゴマ風味ではないか。少々、味噌の味もするな」 早速手をつけていた元就が感想を述べる。夏野菜のぶっかけ素麺な訳だが、ふたりはつるつると食べていく。 「幸村、お前の分は?」 「某は後ほど…」 にこりと笑いながら幸村は再び店内に戻っていく。 「どーせ、佐助と食べるんだぜ。お熱い事で」 「――――ッッ」 「元親…貴様、何時の間に…ッ」 幸村の出て行ったほうを見ていた二人の間から、第三者の声がして思わず身を引いた。すると其処には三頭身の元親が、政宗の皿からトマトを取り出して齧っているところだった。 驚いている二人を前にして、元親は構わずにその場に座り込む。午後からの時間を思って、政宗と元就は一度顔を付き合わせると、昼食に専念していった。 →next 100814 up |