カレイドスコープ・ライフ





 その男から感じられるのは、悔恨、その一言だった。
 毎夜、微かな明かりと共に酒を煽り、じっと暗闇と対峙していた。

 ――だから彼は自分に気づいたのかもしれない。

 姿を現した自分をみて、彼は驚きと、そして喜び――しかし、それをうち崩すかのような懺悔にも似た表情をして見せた。崩れ落ちるように頭を垂れ、ほろほろ、と涙を流す繊細な仕種に、慣れないまでも手を伸ばした。

 ――泣かないでくれ。

 手を伸ばして触れる――この時はまだ幼い枝振りを持つ花だったせいで、紅葉のような小さな手だった。その手で彼の音もなく流していた涙に触れた。すると彼は濡れた顔を起して、ああ、と腕を伸ばしてきた。

「我を、連れて逝ってくれ」

 どこに、と聞くと「お前の場所に」と彼は言った。小さな身体の胸元に顔を埋めて、彼はしっかりと抱き締めてきた――涙が止め処なく流れるのに、彼は声を上げることはなかった。

「元親」

 夜の酌に付き合うようになって数ヶ月経った時、彼が名前を付けてくれた。愛しそうにその唇が紡ぐ発音――その名前を貰えて幸せだと思った。
 その名は、彼の想い人、終ぞ叶わなかった恋慕の相手、そして――彼が屠った相手の名前だった。










 部屋に引き込んだ元就の元に行くと、元就はバッグの中に乱暴に服やら財布やらをばさばさと詰め込んでいた。まさしくこれから出て行くという風体だった。
 元親の気配に気付いているだろうに、振り返らない元就に、元親は戸に寄り掛かったままで背中越しに声をかけた。

「元就…本当に此処から出て行くのか」
「勿論だ。我は籠の鳥ではない。観賞用にされるのは専ら御免よ」
「観賞用、大いに結構じゃねぇか」
「――――ッ」

 さらりと言ってのけると、ぎり、と歯軋りする音が聞こえた。そして勢いよく振り返った元就は、鬼の形相で元親を睨みつけてきた。

「貴様には…――ッ」

 振り返った際の剣幕が瞬時に消え去る。みるみるうちに元就の切れ長の瞳が見開かれた。元親は戸に寄りかかったままで、顎を動かして様子を伺った。

「どうした?」
「元親、貴様…どうしたのだ、その左目…」

 ふら、と立ち上がった元就が近くにくる。そして恐る恐るといった風情で手を伸ばして、そっと左頬に触れてきた。

「ああ、これか」

 ――枝ひとつ、くれてやった。

 元就の指摘通り、元親の左頬あたりは赤くなっている。まるで薄皮一枚剥がれたかのような、そんな様子に元就は驚いている。しかし元親はただ口の端を吊り上げて笑うだけだ。

「何に…――?」
「まあ、俺も腹括ったんだわ。どうしても行くっていうなら、俺も連れて行け」
「しかし貴様は…」

 先程着いてはこれないと言ったではないか、と元就は勢い無く呟いた。俯き始める元就は声を頼りなく潜めていく。元親は小さくなっていくかのような元就の肩に手を触れさせた。そして、はあ、と深い溜息をつくと膝を折って、覗き込む。

「俺は年を重ねた妖にも似た花よ。言わば鬼にも等しい。そんな鬼が縛られる道理は何処にもねぇよ」

 ――だから着いていける。

 元就は元親の言動が解せないとばかりに眉を顰めていく。そんな彼に微笑みかけながら、元親は自分の胸へと引き寄せた。

「――訳が解らぬぞ?」
「解らなくて良いんだよ。俺はお前に着いて行ってやる。それがお前の望みなら」

 ぎゅっと抱き締めると、すぐに元就は身体を預けるようにして肩に頬を寄せてきた。まるで子どもが抱っこをねだった時のような格好に、背をぽんぽんと撫でていく。

「――あの海…」
「ああ、渡りてぇな」

 元就の口から出てきた海の一言――それは幼い時分に彼に説明したことがある。自分の故郷が海の先にあると、知らせた日々に、小さな手はいつまでも元親の手を握り締めてきていた。
 だがその小さな指が、手が、今は大きく育って元親の背に回ってきている。

「ならば、我が見せてやろう」

 ――お前の故郷を。

 顔を起した瞬間の元就は、誰もが見惚れるほどに毅然としていた。在りし日の少年の面影を無くし、其処に居たのは毅然と背を伸ばす青年に他ならなかった。










 夜陰に紛れて家を出る。そんな風にして飛び出す事など、今までの元就ならば考えられなかった。元親はその半歩後ろを着いていきながら、彼と共に瀬戸内海を挟んだ彼の地を目指した。こんな逃避行にも似た家出は長くは続かない――そんな事は解っていたはずだった。それでも二人は――傍目からは一人だろうが――少し踊る心持で飛び出していった。
 そして、本体から離れすぎた元親が倒れこむのと、元就が家の者に連れ戻されるのまでの四日間、二人は離れる事無くずっと共に居た。

「と…まぁ、そんな感じだな」
「So crazy!お前が家出かよ」

 ぷぷ、と噴出しそうになりながら政宗が声を上げた。政宗の隣では小十郎が、ひく、と口の端をひくつかせていたし、幸村と佐助に至っては空いた口が塞がらないとばかりに、ぽかん、としていた。

「しかしまだその時には元親殿は大きな姿…何故に今のように?」
「それはだな…まぁ、簡単に言えば株分けしたのよ」
「俺と同じか」

 元親の言葉に小十郎が頷く。小十郎は自分で自分の宿り樹を分けて、政宗に着いていくと決めた梅だ。花の精だから当たり前のような気持ちなのだろう――それなら納得できるな、と頷いていく。

「先程の、くれてやった、という話は…――?」

 幸村が小首を傾げていると、幸村の腕を上った佐助が、ちょこんと肩に座り込んだ。そして幸村の頬についた紅葉饅頭の屑に手を伸ばして、やや子みたいなんだから、と溜息をついていく。
 そんな佐助の動きに注目していると、不意に横になっていた元親が起き上がった。

「俺はこいつの…先祖っていうのか?それと契約してたからな。だから一枝くれてやったんだ。契約を破る代償に」
「――……」

 元就は静かに横で茶を口に運んでいく。そして急須の中身を見ると、ふう、と溜息をついて席を立った。元就の立つ姿を見送ってから幸村が元親に問う。

「契約…とは?」
「俺が家を護りきること。それが契約だ。だからあの土地を離れられなかった」
「でも今はこうして此処にいる。それは何故だ?」

 小十郎が小首を傾げると、こつん、と寄り添っていた政宗の頭にぶつかり、政宗が声を上げる。慌てて小十郎は「申し訳ありませぬ」と謝っていた。

「それは…――」
「その先は再び我が語ろう。ほれ、ほうじ茶よ。欲しい者は湯飲みを差し出せ」

 急須を持って元就が戻ると、満場一致で全員が湯飲みを差し出した。その迷いのない動きに、元就が微かに口元に笑みを湛える。
 そんな彼の笑みを見上げながら、元親はほんわりと頬を膨らませて紫紺の瞳を眇めていった。










 家に戻った元就は、連日家族会議に借り出されていた。そしてその間、一度も元親と話す機会も無く過ぎていった。だが結果は元就の粘り勝ち――家を出て、進学することを赦されたのだった。

「元親、我は春には大学生よ。またお前も着いてこぬか」

 喜び勇んで元親のいるベンチのある庭に向った。だが元親は姿を現さない。一向に待ってみても元親の声も、気配もしない――ただ風に煽られて、枝が、ほんのりと残っている葉が、ゆらり、と動くだけだった。

「元親…?どうした、出てこぬのか?」
「元就様、元就様…――」

 元就が小首を傾げていると、道々に植えられていた躑躅が声をかけてきた。そして光の玉のまま、ふわりと元就の下にくる。

「どうした、何があったのだ?」
「アニキは…今しばらく姿を現せませぬ。お許しくだされ」
「え…――」

 観れば次々に躑躅が集まってくる。そろそろ桜も咲き始めた時期だった。次はたぶん躑躅だと思っていた矢先の為――花期を控えて力が強くなっているのだろう――彼らは明確に意志を、言葉を告げてくる。

「無理が祟ったのでしょう。花期でもないのに、力を使い果たし…このまま枯れぬことだけを願うばかりでございます」

 ふわふわと揺れる躑躅たちがあれこれと語り始める。囁くような声の中には、ほんの少しの刺が加わっており、元就は自分が攻められているのだと気付いた。

「――…我のせいと申すか」
「いえ…」
「はっきり言えば良かろう。我が我が侭を言ったせいで、元親に無理をさせたのだと。同じ花の御主らだ、我が憎いのだろう?」
「其処までは…」

 はっきりとそう聞き返してみる。手に触れている元親の樹は、肌をひんやりと冷えさせていた。何とか元就に応えようとしているかのように、さわわ、と枝が揺れていく。
 元就は愛しそうにその表面を撫でると、何も言わずに背を向けて部屋に引き篭もった。
 そしてそれから彼に一度も逢う事無く、家を出た。
 ほんの少しだけ臍を曲げたのと、罪悪感からの行動だった。それでも5月の連休になった時には、元就は家に戻ることに決めていた――家に戻る目的はただひとつしかない――離れてみて、どれだけ自分が元親と共に居たのかを痛感させられてしまった。

 ――逢いたいなどと、我が思うとは。

 何かあるたびに、馬鹿にしたように皮肉る顔も、寝る時に優しく撫でてくれる手も、自分を呼ぶ声も、何もかもが恋しくてならなかった。

 ――これが望郷と云うものなのだろうか。

 逢いたい、帰りたい、とそんな風に思う日々に、彼の孤独を痛感する気がしていた。どれだけの年数を彼はあの場所で過ごしていたのだろうか。
 電車に揺られる間も、そわそわと気持ちはそぞろになっていく。元就は自宅の門を潜ると、家族への挨拶もそこそこに自室へを向った。そして荷物を置くと、ぱん、と勢い良く障子を開け放ち、庭へと飛び出していった。

「元親、我が帰ったぞッ」

 声を張り上げて叫んだ――家族には彼は見えていないので、勿論元就が独り言を言っているようにしか聞こえなかっただろう。それでも、辺りを気遣う気持ちもなかった。
 障子を開けた瞬間、鼻先に触れた甘い彼の香り、そして揺らめく彼の花が目に飛び込んできていた。
 庭を走る足が、裸足だったと気付いたのは、あと少しで彼の元だという瞬間だった。足元にあった窪みでバランスを崩し、転びかけた瞬間、強い腕に支えられた。

「元就…――あぶねぇだろうがっ!」
「元親、逢いたかった」
「――…俺はッ」

 逞しい腕に支えられて見上げる先には、紫紺の瞳があった。海の細波を映して煌く瞳だ――元就が掌を伸ばして、そっと彼の頬に触れると、元親は言葉を詰まらせた。

 ――ぎゅう。

「元親?」

 不意に顔を隠すようにして元親が強く腕を回してきた。そのままぎゅっと抱き締められると、苦しくなってしまうくらいに強い腕の感触にただ、元就は彼の甘い香りを吸い込むだけだった。

「いきなり…いなく、なるなよ…――っ」
「――…ッ」
「俺だって、お前に…」

 絞り出すように言われた言葉の先にあったのは、甘い口付けだった。それが口付けだと気付いた瞬間、この求める気持ちが恋だったのだと知った。










 気持ちの赴くままに夜の庭に出ると、元親が気まずそうに姿を現し、自分の花を見上げていた。既に寝る支度をしていた元就は夜着だけの薄着になっている。
 五月とはいえ、風は冷たく肌に触れてくるだけだ。潮の香りが鼻に触れて、それがまた彼の花に香りを織り交ぜていく。

「何も言わずに、出て行って済まなかった。だがお主には無理をさせたからな」
「そんなの…気にしなくて良かったんだ」

 風邪を引くぞ、と元親は側に来ると、その両腕で元就を包み込んだ。回りには夜の闇に紛れるほの光る花の精が見えるだけだ。まさしくこの庭の主は、今この実体になっている元親に他ならない。他の音は何も聞こえなかった。
 家の中もまた、急なことに兄も父母も皆、親戚の家に向っていってしまっており、誰もいないという状況だ。余計に静けさが染み渡ってくる。ただ無音の場所に立っていると、ずっしりと内臓が重くなってくるような感覚を覚えるが、それもまた元親の腕に抱き締められていると忘れてしまいそうになるものだ。

「そうか…時に元親よ」
「うん?」

 元就が顔を起して振り仰ぐ。見上げる先には元親の紫紺の瞳と、その背後に揺らめく――夜闇に浮き上がる華が見える。そのゆらゆらと揺れる花を見上げながら、元就は穏やかに声を発した。

「今年も美麗だのぅ」
「――…ッ、ありがとうよ」

 元親は銀色の髪を揺らして、ぶわりと背を熱くしていく。毎年褒めているが今年は余計に彼の花が美しく、誘っているかのように見えて仕方なかった。
 ゆら、ゆら、と紫紺の花が揺れる。銀色の髪の彼の、瞳の色と同じ花が、甘く元就を誘っていくかのようだった。

「元親」
「うん?何だ…」
「触れてくれ」
「え…――」

 元親の腕に自分の腕を絡めて、そっと身を離す。抱き締められていると彼の香りで酔いそうだった。指先を動かして、元親の肩に掛ける。そして元就はそのまま彼の首に指先を絡めた――まるで首を絞めるかの動きに、こく、と元親の咽喉が動いた。

「また数日もすれば我は戻ることになる。実体になれる今、この花期に…」
「お前、自分が何を言っているか解ってるのか」
「解っておる。暫し耐えられるように、我の心が折れぬように、どうか…」

 ――触れてはくれぬか。

 する、と咽喉元から指先を動かして、元親の後頭部に触れる。どうして自分がそんな不器用な誘いをしているのかは解らなかった。

 ――全ては花の香りのせいよ。

 甘く鼻先に突き刺さる元親の香り。それが自分を酔わせてならない。元就がそっと元親の顔に自分の顔を近づけると、チッ、と舌打ちする音が耳に届いた。

「馬鹿野郎が…ッ」

 ――ぐん。

 絞り出す元親の声の後に、視界が廻った。彼の樹がある場所の、いつも一緒に過ごしたベンチの感触が背に触れる。

「止まらないからな、途中で泣いても」
「泣かぬ」

 ふふ、と口の中で笑って見せると、元親は泣き出しそうに瞳を眇め、さら、と顔に掛かる髪を払ってくれた。そして元就の上に覆いかぶさると、鼻先を触れさせてくる。

「元就…もう、口を閉ざせ」
「あ…――っ」

 ――ぷち。

 小さく聞こえる音が、徐々にボタンを外していく音だと気付く。そして夜気に触れる肌に、ぞくりと身を震わせると、元親の掌が肌に触れてきた。

「聞かせるのは、喘ぎ声だけでいい」

 かすれる声に驚いて身を起そうとすると、元親の強い手で再びベンチの上に押し付けられた。元就は腕を動かして、元親を押し留めようとした。

「ちょっと待て、元親…此処で?」
「誰に見られても困りはしねぇよ」

 ――観たけりゃ見せ付けてやる。

 ふふ、と笑った元親の瞳に、紫紺の光が宿る。夜の庭で、ただ熱に浮かされながら見た光景には、彼の紫紺の花と甘い香り――そして、いつまでも続くかと思われるほどの、疼きがあるだけだった。










 花が散る前にと、何度も彼の花の下で過ごした。どれだけ身体を絡めあっても足りないとばかりに絡まりあい、ずっと離さなければいいのにと願ってしまうだけだった。

「元就よ…明日、経つんだよな?」
「そうだが…それがどうかしたか?」

 何度目になるか解らない果ての後、元親の膝の上に頭を乗せて凭れかかっていると、元親は柔らかく髪を梳きながら問いかけてきた。

「じゃあ、明日の朝、お前に着いて行く」
「戯言を…」

 ゆるゆると撫でる腕が気持ちよかった。それだけで眠りに陥ってしまうほどの気持ちよさに、元就が瞳を閉じていく。そして深い眠りに落ちたのを見計らって元親は立ち上がると、自分の花の下に向っていった。










 詳細は省きながら元就が説明していくと、幸村は頬に手を添えて「破廉恥なぁ」と首をぶんぶんと振り回していく。それを冷ややかに見つめながら、佐助が深く溜息をついていた。そして火照った顔を抑えながら幸村が片付けに走りこんで行った。

「出立の朝であったな…こやつが小さな自分を連れて来おったのは」
「そうだったなぁ…」

 元親がテーブルの上に胡坐を掻きながら、うんうん、と頷く。小さな身体で頷くと、そのまま、ころん、と転がってしまいそうだった。

「初めは我との子かと戦々恐々としたが…」
「んな訳あるかッ!」

 ――ばちんッ。

 元就のボケに元親が即座に手元にあった紅葉饅頭を投げつける。それを受け取って元就が鼻先を元親に向けて「食べ物を粗末にするでない」と叱っていた。
 政宗が半分眠そうに目を擦りながら、寄り掛かっている小十郎により一層擦り寄る。そのまま、ころん、と背後に倒れそうだったので、小十郎が腕を伸ばして抱きかかえていた。

「伊達はもう眠そうだな…おお、もうこんな時間か」

 元就が時計を見上げて呟いた。閉店してから既に3時間が経っており、すでに日付も変わっていた。此処で話もお開きにしようかというところで、小十郎がふと疑問をぶつけてきた。

「元親は俺のように、本体を移さなかったのか?」
「そのことか…それはだな」
「元親の本体は今でも実家にあるのだがな、普段は株分けした此方に全て移ってきておるのだ」

 その為、本体に目の前の元親を連れて行くと、意識をも共有しているので、同一人物が大きさを変えて其処に居るような感覚になるという。元親は自分の株分けをした際に、以前にも切り取った場所と同じ場所を選んだ――そしてそれは左目のある場所にあたる。その傷跡を隠すように眼帯をしているが、本人はそれくらい平気だと言う。

「体が小さくても、花期にしかでかくなれなくても、元就の側にいたくてな。こいつ、見かけによらず、寂しがり屋だからよ」

 にしし、と元親が小さな身体をぐんと伸ばして話す。銀色の髪に、紫紺の瞳――元親の今の本体は鉢植えに植えられて、この店の入り口に飾られている。

「もう直ぐ春だ。小十郎はそろそろ花期も終わりだろ?」
「ああ…惜しいがな。また来年だ」
「俺はこれから甘く、咲いて魅せるさ」

 ――そろそろ交代の季節だぜ。

 にや、と口元を吊り上げる元親は、くるん、と背後を振り返って元就を見上げた。すると元就は細い指先で彼の銀色の頭を撫でて行く。

「今年もまた、たわわな花を見せておくれ」
「解ってるって」

 撫でられて上機嫌になった元親が、くるくるとその場で廻るかのようにフォークを振り回す。それが演舞になっているのに気付くと、おお、と皆が歓声を上げた。

「野郎共、今度は俺の花をしっかり見ろよ?」

 とん、と元親が座り込みながら言う。すると元就が「調子に乗るな」と上から掴みこんで、ぽい、と背後に投げた。ぎゃー、という軽い悲鳴を聞きながら、眠そうにしていた政宗が目を擦りながら頬杖をついた。

「俺は寂しいぜ。ずっと小十郎と一緒が良いんだけどよ…」
「惚気るな、馬鹿者」

 ぴしゃん、と元就が言い放つと、政宗は咽喉を震わせて笑いながら、待ち遠しそうに入り口付近に視線を投げた。

「でも、風に煽られて甘い香りを立てるしなぁ…綺麗なんだよな、元親」
「紫と白の藤なんて珍しいであろう?」

 綺麗な三日月に口元を笑ませ、元就が立ち上がる。出していた茶器を盆の上に乗せると、ふふ、と微笑んだ。
 そんな元就に政宗は呆れ気味に言い放つ。そのまま、戯れに横に座っている小十郎に手を伸ばして、指先を絡めて遊んでいく。

「可愛がってるくせに。大事で大事で仕方ないんだろ?」
「――ふん。気付いてほしい本人は気付いておらぬわ」
「そうかなぁ?」

 ち、と元就が舌打ちをすると、横槍を入れるように佐助の声が響いた。
 観れば幸村の手に気絶した元親が乗せられてきた。どうやらカウンターのほうまで飛ばされていたようだ。幸村の肩に乗った佐助が、ねえ、と同意を求めるように幸村を振り仰いでいく中、元就は元親を受け取って「ふん」と鼻を鳴らした。

「今日は此処で仕舞いよ。さぁ、開店までの数時刻…各々、好きに息づくが良い」
「はいはいっと。そろそろ春のメニュー考えないとなぁ…な、小十郎」
「御意」

 元就の言葉で政宗と小十郎が立ち上がる。

「某たちもお暇致そうか、佐助」
「うん、旦那ッ。それじゃ、また明日〜」

 彼らに続くように幸村と佐助もドアへと向っていく。
 彼らを見送る際に入り口に向うと、まだ蕾すらつけていない元親の藤の鉢が、ゆらり、と葉を揺らめかせていった。







6(佐幸)




100418 逆転花の精・親就終了。アニキは紫と白の藤でした。
※特に転生というわけではなく、そんな過去があったよ〜くらいの感じで。