ファイティング・バレンタイン





 世間では休日やイベント事が騒がれていても、この店にはあまり関係ない――いや、店に関係ないというよりも、店で働く元就達にとって、と云うべきか。
 一日の仕事が終わるや否や、まかないを作ると言いながら政宗が元親と佐助を手招きした。それを見計らって、小十郎が元就と幸村をカウンターから離れるように誘導していく。元就が不思議そうに振り返って、何か言いたげにしていたが、背を押されて母屋の方へとずんずんと向っていってしまう。

「さてと、これ…なんだか解るか?」

 政宗は二匹の目の前に大きな袋を取り出した。どん、と置く処をみると、中にはそれなりのものが入っているのだろう。ふるふる、と首を振る三頭身の元親と佐助に、政宗はにやりと笑いながら袋の中身を取り出した。

「うわ…これ、もしかして」
「政宗が作ってくれたのか?」

 二人はそれぞれ中から出てきたタッパの縁に近づいて、中を覗きこみながら、瞳をきらきらと輝かせた。

「おう、昨日帰ってから、小十郎と一緒に作っておいた」
「政宗ぇぇぇぇぇ」
「あんた、いい人だよね、竜の旦那ぁぁぁ」

 たたたと駆け込んで佐助が政宗の人差し指にしがみ付く。元親も一緒になってがばりと手にしがみ付いていった。そんな小さな二匹の頭をなでながら、政宗は「よしっ」と声を張り上げた。

「時間は限られてるッ!ぼさぼさすんなよッ!」
「おうッ!まず、何をすればいい?」

 ぐ、と小さな拳を握りこみながら元親が見上げる。まず手を洗え、と二人に言いながらも政宗は手元に刻んでおいたチョコレートを取り、湯せんで溶かし込んでいく。その手際を見ながら、佐助がぽんと手をうった。

「なる程、その中にこれを付けていくんでしょ?」
「Yes,これだけの数だ、時間もねぇ。戦いだぜ?」
「おうッ!何でも来いやぁぁッ!」

 政宗が焚きつけると元親ががっしとタッパの中身から、大きな塊を取り出す。実際は直径5cmもない菓子だが、三頭身の彼らにしてみれば大きなものだ。

「Are you Ready?」

 政宗が目の前に甘い香りを漂わせて、チョコレートを用意する。そして、その言葉を合図にして一気に佐助と元親はタッパの中身を手にとっていった。










「政宗様、もうそろそろ宜しいでしょうか?」

 小十郎が困ったように顔を覗かせると、背後から元就と幸村が眉間に皺を寄せて、今にも飛び出してきそうな勢いでひしめきあっていた。

「いいぜ、もう出来たからよ。入ってこい」

 政宗が声をかけると、どたどたと元就がフロアに雪崩れ込んだ。

「全くなんだというのだ。政宗、腹が減ってどうにも…うん?」
「某も疲れ申した〜、もう腹が空き過ぎて…」

 中に入り込みながら、幸村も元就も辺りに漂う甘い香りに気付いたようだった。政宗がにやにやしながら二人を手招きする。するとカウンターに寄り掛かりながら、ぐったりとした元親と佐助が座り込んでいた。彼らは見るからに茶色になっている。

「佐助…いかが致したッ!」
「あ、旦那ぁ…俺様、やったよ!やり遂げたよ!」
「元親、そなた…なんだ、このチョコレート塗れな状態は」
「元就ぃ…眠いわ、もう。疲れた」

 ふあ、と欠伸をしながら元親がべったりと茶色に染まった手を元就に向ける。元就は気にせずに元親を摘み上げると、政宗に視線を投げかけた。

「どういう事だ、政宗」
「まあまあ、目くじら立てんなよ、お二人さん」

 ――これ見てからにしてくれ。

 政宗がカウンターの内側から、どん、と皿を差し出した。その皿の上には山が出来ている。

「ふおおおおお、なんと…ッ!」
「これは…シュークリーム?」

 元就と幸村が出された皿に、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。其処には小さなシュークリームがチョコレートをコーティングされて、山のようになっていた。山になるまでに、生クリームで接着されている辺り、細かい作業だったに違いない。

「こいつらがさ、お前らにバレンタインチョコ上げたいっていうから、ひと肌脱がせてもらった」
「政宗殿…」
「シュークリームは政宗様がお作りになった。中のクリームはひとつひとつ、味が違うからな、心して喰え」

 小十郎が眉間に皺を寄せて注釈を入れていく。政宗が作ってきたのはミニシューだ。そしてそれにチョコレートコーティングをしたのが、佐助と元親だ。将に共同作業だ。

「佐助…なんとも…ありがたく頂戴するぞ」
「うん、旦那ぁ。大好きだよぅ」
「よくぞ、頑張ったな。うむ」

 手にチョコレート塗れになった佐助を載せて、幸村が嬉しそうに微笑む。それを見上げている佐助もまた、ほにゃり、と頬を緩めて笑っていた。

「元親よ、そなた…よう…このような思い付きを」
「偶にはなぁ」
「――お返しは、何がいいかの?」
「そんな事気にすんなよ。ま、とりあえず喰ってくれ」

 ぽりぽりと元親も頬を掻きながら呟く。

「ならば今日は、紅茶を淹れてやろうの。暫し待っておれ」

 元就がうっすらと微笑みながら手にティーポットを用意する。それをのんびりとその場に座り込んで元親は、こくり、と頷いていた。

「よう…ございましたな」
「ああ…俺も、頑張った甲斐があったぜ」

 そんな彼らを見回したまま、政宗が満足気に微笑んだ。そしてテーブルに揃った彼らにフォークを揃えてから小十郎がカウンターの中に来ると、政宗はぐいと小十郎の胸倉を掴んだ。

「ハッピー・バレンタイン」
「――…ッ」

 間近に迫る政宗が、小十郎の口に小さなチョコレートを、とん、と差し込む。そして口元に笑みを浮べると、ぱっと手を離して彼らの方へと向っていった。

「参ったな…」

 口の中に甘いチョコレートの味を感じながら、小十郎はその場にずるずると座り込んでいった。









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