ファイティング・バレンタイン 花期になり、甘酸っぱい香りを振り撒きながら、小十郎は日々を政宗の側で過ごしていた。花期になっている時には彼の仕事の手伝いもしている。 勿論、その為にローテーションも組んでくれているので、ちゃんと休憩時間まであるのが嬉しいところだ。こつん、と政宗が肘をぶつけてくる――背中合わせの厨房で、さ、と彼は皿を差し出した。 「政宗様?」 「休憩だ、小十郎。これ喰って休んできな。茶は元就に貰え」 「――――…」 差し出された皿には、俵お握りが三つ乗っていた。そしてその上に、ちょこん、と昆布が乗せられており、皿の端には口休めの漬物があった。 「具は梅以外にしてるからな」 「気にされなくても宜しいのに」 顔を向けない政宗から皿を受け取り、くすくす、と笑った。梅だと共食いだ、と元就が昔に言ってから、彼は小十郎に梅は出さない。背後から政宗の耳元に、では、と囁くように言ってから厨房を後にする――その時、微かに振り返ると、背を向けたままの政宗の耳が赤く染まっていた。 小十郎は厨房から裏に回ると、勝手口に手を伸ばした。途中で、元就が小十郎に気付いて茶を差し出してきた。それらを手にして外に出る。 ――ひや。 外は冬だけあって空気が冷たい。だがこの冷たい空気が、小十郎の身には心地よいくらいだった。勝手口のところにおいてある椅子に座って、もくもく、と用意されたものを口に運ぶ。別に食べなくても平気だが、政宗の作ったものを断る気はなかった。 「旦那、旦那ぁッ!右眼の旦那ってば」 「何だ、うるせぇぞ」 小十郎が皿の上のお握りを平らげると、聞き慣れた声が響いた。声をしたほうへと視線を向けると、勝手口のドアを手で押さえて、体長約10cmの小人――佐助が見上げてきていた。ひゅう、と寒気が差し込むと彼はぶるりと身体を震わせた。ドアから出掛かった身体を再び中に押し戻しながら、佐助は大きな碧色の瞳を瞬いた。 「折り入って頼みがあるんだけど」 「ちょっとこっちに来てくれねぇか」 後ろから元親もまた顔を覗かせる。銀色の髪を、わしわし、と手で掻いてから欠伸をひとつ――そして「さむっ」と叫んで両腕を身体に巻きつけていく。 「何だ、元親もか?」 小さな二人を見下ろして小十郎は腰を上げて勝手口の中に入った。そして椅子を中において其処に座ると、二人はぴょんと小十郎の膝に飛び乗ってきた。膝に乗ってから、佐助がその場で仁王立ちになって見上げてくる。拳が、きゅ、と締まっている。 「あのさ…今年こそは、チョコを旦那にあげたいんだけどッ」 「――そんなことか、猿」 意気込んでいる姿から、何の相談かと身構えたのに、と小十郎が脱力する。さも面白くなさそうに腿に肘をついて見せると、佐助は舌先を、べえ、と出した。 「ひど…ッ。いいよね、調度良い時期に花期になれる人はさーっ」 「そういう事言うと協力してやんねぇぞ」 冷ややかに小十郎が言い放つと、ショックとばかりに瞳を潤ませていく。小さな姿ではない時などは不遜な態度さえとると言うのに、どうやら佐助は感情のコントロールさえも身体の大きさに絡んでくるようだ。 小さな姿に、大きな瞳――それが潤むのを見つめていると、欠伸をしながら背後から元親が顔を出す。 「まぁ、まぁ、俺からもひとつ頼むよ」 「元親…お前の理由は?」 「俺はさ…その、元就がテレビの特集見ててよ」 ――食べてみたい、って言ってたから。 こんなの、と元親が身振り手振りで説明していく。ケーキみたいで中からとろりとチョコレートが出てくる、という代物らしい。ふうん、と頷きながら俯いていた佐助に矛先を向けると、途端に佐助は頬をぽわりと赤らめて、もじもじと話し出した。 「猿は?」 「旦那、甘いもの好きだしぃ…」 ――それに俺達がどれだけ好きかなんて、きっと気付いてくれないから。 だからバレンタインにチョコレートをあげたいのだという。その発想――その思いつきは去年だったらしいが、実現までには日数が掛かってしまっている。 「で、今年こそはって意気込んだんだけど、俺様達ってばこの形だからさ」 「それで俺に、か」 確かに小さな姿のままで何かしようとするなら制限が出てくる。協力を頼む相手は自分達を見ることの出来る人間だ。だがそれが贈り物をしたい相手ならば、意味はなくなってしまう。 「小十郎はどうなんだよ。政宗にやりてぇとか思わないの?」 「――思うより以前に、政宗様は作るほうがお好きだからな」 腕を組んで小十郎が唸る。青果売り場や市場に行った時の政宗の目の色を思い出すと、止める気も失せるというものだ。「なるほど〜」と佐助が頷きなら――小十郎の真似をして腕組をする。 「そりゃ、政宗のご飯は美味しいもんね」 「元就の甘味だって負けてねぇぞ」 ふん、とこんな所で元親は急に対抗心を燃やしてきた。ああだ、こうだ、と元親と佐助が言い合いをしている中、ぽつ、と小十郎は思い出すように呟く。 「思いを伝える…か。だが、先だって…」 ――想いを遂げてしまったし。 流石に語尾は飲み込んで、口元に手を添える。思い出すと口元がだらしなく緩みそうになってしまう。やたらと可愛かった事が、脳裏に焼きついており、どうしようもなく満たされたものだ。 そんな小十郎に、ぴん、と来たのか、佐助がぴょんぴょんと飛び上がる。何度目かにして小十郎の肩口に辿り着くと、ぺちぺち、と頬を小さな手で叩いてきた。 「何、何かあったの?」 「いや…何でもねぇ。ま、いいぞ。手伝ってやる」 「そう来なくちゃね〜」 きらきらと目を光らせる佐助の興味を反らせようと、小十郎は頷いてしまった。そして元親もまた小十郎が承諾すると「頼むぜ」と頬をふくふくと膨らませながら言った。 →2 100214/100318 up 収納場所が決まらないままに。 |