貴方を花の褥に誘おう



 花の舞い散る最中、静かに微笑んだ貴方が忘れられない。



 ただ一度だけと、赦されたのは何故だったのか。
 その裏の意味を知る間もなく、詮索するだけの余裕もなく、情動に任せて彼を押し倒した。
 広がる長い髪――その一筋も逃したくなくて、何度も指先に絡めると「痛い」と彼は苦笑していた。

「旦那ぁ…」
「――…」
「大丈夫?」
「な、にが?」

 掠れた声が響かせるのは、執拗なまでの情事の名残だ。腕に彼を収めたままで座り、くったりと身体の力を抜いている彼を抱き締める。

「何って、身体とか、気持とか…」

 佐助が気遣わしげに言うと、ふふ、とだけ幸村は笑った。そして折り曲げていた足を前に伸ばした瞬間、びく、と前屈みに身体を倒して、ぶるぶると震えだした。

「旦那…ちょっと、どうし…」
「――…ッ、ぁ」

 小さな吐息にも似た声と、佐助のー―彼に絡めていた足が、しっとりとした感触に気付く。

 ――ぬる。

 幸村が身体を震わせたのは他でもない佐助の放ったものだ。それが力を抜いていた幸村の内壁から零れ落ちてきた。

「っ、あ…、わ、――ぅ」
「旦那…掻き出してあげようか」
「え?」
「大丈夫、俺様に任せて」

 ――ぬる。

 指先を幸村の臀部に這わせて、ぐい、と割れ目を開く。すると幸村は逃げを打つようにして前に四つん這いになった。
 それでも佐助は逃がさないように後を追い、奥に窄まっていた箇所に指先を突き刺した。

「やっ、め…――っ」
「このままなのは辛くなるし」
「でも…ッ」
「だから、掻き出してあげる」
「嫌だ…ッ」

 幸村は細かく身体を震わせながら、佐助の手を止めようと後ろ手に延ばしてくる。
 拒絶するべきことではないと思うが、佐助が幸村の背に覆いかぶさるように胸元をつけると、幸村は涙を浮かべて振り返ってきた。

「いや…なのだ」
「旦那…」
「お前を…取りこぼしたくない」
「――…ッ」

 ぐす、と鼻先を啜る彼に、手を外してしまう。そして肩を押して仰向けにさせると、幸村は佐助の頬に手を伸ばして口付けをせがんできた。

 ――ふ。

 微かに触れた唇を離してから、幸村は自分から足を開き、佐助の腰を引き寄せる。

「まさかまだ、するの?」
「俺は…お前を感じて居たい」
「――…」
「今生、お前だけを感じていたい」
「今にも死ぬような告白だね」
「…死にはせぬ」

 ――お前の中で、死はありえぬ。

 小さな最後の呟きは佐助の耳に届かなかった。ただ口だけが、そう動いていたように見えた。
 確かめる術もなく、ただ溺れるように身体を絡め、熱を分かち合う瞬間にただ視界は曇っていくばかりだった。










 はらはら、と花びらが舞う。
 それを見上げている幸村に、そっと手を伸ばした。だが彼の手に手を絡めることが出来ずに居ると、彼は気付いて振り返る。

「――…ッ」

 ――ぎゅ。

 佐助が出来なかったことを彼はそっとやり遂げ、そして再び花びらを見上げた。

「なぁ、佐助」
「何?」
「いつの日か」
「――…」

 幸村は振り返る事無く、ただ握った手に力を篭めてきた。

「いつの日か、花の元で抱き合おうぞ」
「なにそれ…俺様誘われている?」
「ふふ…そうだな」

 振り返った幸村の目の下には黒い隈が出来ていた。もう何日も休めていない証拠だった。









 暑い盛りに彼は散った。
 いつの日かまた逢えることを願うから、だから忘れない。忘れないから、貴方は死なない。

「ずっと、待ってるから。探すから」

 ――だから、待ってて。

 佐助はそう呟くと、奥州に向けて駆け出していった。







2011.03.06../20120416