揺り篭を揺らす夜の手 ――再会は何を意味する? 目を閉じても消せない姿がある。 凛とした立ち姿――その麗しさに瞳を奪われ続けてきた。対峙する際に構える輪刀が陽の光を受けて光る。その中心にいるのはいつも彼だった。 「長曾我部…貴様、どうしても下らぬか」 「誰か下るかよ…ッ!良いぜ、仕留めたかったら俺を仕留めろ」 「我はそのようなことを言っているのではない」 きん、と張り巡らされる緊張――近づいては離れる斬檄の最中にあって、その瞬間が愛おしくてならなかった。 ――綺麗なもんだ。 目の前に現れるのは彼――毛利元就。 彼の姿が眩しくて何度も瞳を眇めた。この目を焼かれてもいいとさえ思いながら見つめ続け、そしてその瞬間は訪れた。 「――…ッ」 手に持っていた碇槍が弾き飛ばされ、背後にタイムラグを持って、鈍い音を立てる。 目の前に彼の白刃が迫り、元就の面が迫る。 ――綺麗だ。 見惚れていると元就は瞳を吊り上げてきた。そして「下れ」と云う。 ――出来る筈ねぇよ。 首を縦に振ることは出来なかった。自分の立場を思えば当たり前だ。一国の主同士だ。そうそう簡単に己の意思を変えるわけには行かない。背負っているものが違う。 ――でも。 それでも願ってしまう。国を支える為に戦い、こうして彼に降伏を迫られて尚首を縦に振れずとも、ねがってしまった。 ――こいつの手で終らせて貰えたら。 そう思った瞬間、首に掲げた白刃を握る元就の手に、自分の手を重ねていた。 「――?待て、何を…」 「元就」 優しく呼びかけた。柔らかく、昔――遥か昔に彼がまだ松寿丸と呼ばれ、己が弥三郎と呼ばれていた頃の、一瞬の出来事の事を喚起するように呼びかけた。 ――ああ、あの時は良かった。 何の隔たりもなく、彼を抱き締めて、笑い合ってまろびあえた。それが今では国主たる己たちだ。 「元就、好きだ」 「――…ッ」 もう一度あの時のように抱き締めたかった。だから手を伸ばして、彼を抱き締めた。 その瞬間が、彼に己を殺させることになっても。それでも抱き締めたかった。 腕に抱いた元就の身体は細く、胸に全ておさまってしまうほどだった。 最後の記憶は、驚いた元就の顔。そして彼を抱き締めた感触だけだった。 「元親はさ、出会えたらどうするの?」 猿飛佐助は咲き始めた夜桜を見上げて言った。自分達に出会いと云う邂逅が訪れ始めていた。それが何を意味するかも解らないが、流れに身を任せている。 まだ早い花見に、ゆらゆらと桜が揺らめく。 「そうさなぁ…」 元親は腕を組んで、手にしていた缶ビールを煽った。もう一度出会えたらどうするか。そんなのは当に決めている。 「俺はさ、旦那と出会えたら絶対に手を離さないつもり」 「ああ…それがいい」 「元親は、どうするの?」 「俺は…抱き締めてやる」 「は?」 隣で口からするめを落として佐助が素っ頓狂な声を上げた。 「抱き締めて、腕に閉じ込めて、あいつの匂いを嗅いで、眠りにつくまでこの腕に閉じ込めてやる」 「――なんつう独占欲」 「夜が来るのをあいつが待ち望むように、俺は…抱き締めてやるんだ」 ――だって陽のもとのあいつは眩しくて堪らないから。 そんな風に言うと、佐助は「わかんねぇ」と苦笑した。だが同時に缶ビールを、かん、と当てると咽喉に流し込む。 再会を望みながら、いまだ出会えないままに、ただ欲だけを持て余していた夜。 この夜に終わりをもたらせるのなら、それは彼しか――元就と云う太陽と出会うしかないと、静かに元親は思いながら、夜桜を見上げて行った。 2010.08.15./20120416 |