連鎖の果て 2





 桜の木の下に立って彼の訪れを待つ。こんな桜は以前も厭と云うほど見ていた。

「昨今の花見は煩くてかなわねぇよ」

 呟くと隣で幸村が顔を上げた。彼の視線の先には時計台がある――構内に設置されたその時計を見つつ、自分の腕時計とを見比べる。

「まだ時間はありますな。飲み物を買って来申す」

 ――政宗殿は何がよろしいか?

 肩にバッグを引っ掛けて幸村が踵を構内へと足を向ける。政宗は空かさず「コーヒー」と告げた。

「それは、ラウンジの?」
「Of course!」
「ひとッ走りしてこいと?」
「あ、ミルクも砂糖も入れるんじゃねぇぞ」

 政宗が付け足すと幸村は頷きながら、構内に入っていった。それを見送りながら、桜の木の下にあるベンチに座り込む。

 ――また、仕事押してんのかな。

 彼は眼科医をしており、今日は午後から休診といことだったから、幸村と政宗と三人で花見をしようと決めたのだった。

 ――しかし、昔も花の下で酒を交わしたよな。

 瞼の裏には未だに戦国時代の彼の姿が重なる――今もそんなに代わりの無い自分たちに、少し驚愕してしまう。
 政宗は、はらはら、と落ちてくる花びらを見上げて眉根を寄せた。










 ざぁ、と花嵐が吹き荒れた。
 背中に小十郎の身体の温もりがある。だがそれと同時に錆び付いた香りが、鼻先に触れた。

「お怪我は、ありませぬか…?」
「ああ…――」

 頷いて、背後から抱き締めてくる彼を――彼の手に触れることもなく、自分は前だけを見つめていった。

「お前に任せて、良いんだな?」
「勿論でございます」
「俺は、心配なんてしねぇぞ」
「する、必要がございませぬ」

 するり、と小十郎の腕が離れ、それと同時に彼が背後から迫りくる矢を打ち払いに駆け出す。咆哮が聞こえる中、刀の弾ける音が何度も聞こえた。

「さぁて、勝負、つけようじゃねぇか」

 目の前に、ざざ、と桜吹雪が舞い起こる。相手の顔が見えないが、一刀構えたのだけは解った。

 ――視界が赤い。

 左目に血が滲んでしまっていた。それでも前にいる敵から視線を離せなかった。

 ――ちり…

 鍔が音を立てる。それを構えなおし、声高々に叫んだ。

「奥州筆頭、伊達政宗、推して参るッ!」

 それが合図だったかのように、走りでた足は、地面を深く抉っていった。










「こんな所で寝ていたら、風邪を引くぞ」
「誰のせいだと思ってんだよ?」 

 頭上から降ってきた声に、毒づきながら瞼を開ける。すると手に上着を引っ掛けた小十郎が居た。彼の背後には、銀色に光る桜が待っている。

「私のせい、ですかね」
「そうだろ?遅れてきやがって」

 政宗はベンチに座ったまま動かない。今日は花見を予定している。それも小十郎の家にある桜の下でだ――そもそも政宗が、昨今の花見の名所は五月蝿くて適わない、と言ったのが切っ掛けだった。

 ――くしゅ。

「風邪、引いちまうかな?」

 小さくくしゃみをしてから、見上げると小十郎は柔らかく微笑んでいた。

 ――こいつのこの笑顔、好きなんだよなぁ。

 いつでも安心させてくれる彼の笑い方が好きだった。花見は何度もした。だがその何れも彼が傍にいた――彼のいない花見など、味気ない。
 政宗はそっと腕を伸ばすと小十郎に向けた。

「風邪ひいちまうからよ、暖めろよ」
「――まったく、甘えたいのならそう言いなさい」

 ――言ってるじゃねぇか。

 苦笑していると小十郎の腕が下りてきて、抱き締めてくれた。そのまま引き上げられながら、ひたり、と身体を寄せ合う。
 今は此処に鉄錆の匂いなどしやしない。

「もっと強く抱き締めててくれ」

 彼の腕の中でそう呟いたが、時刻を告げる鐘の音にその呟きはかき消されていった。






20090928 / 091101 up