輪廻と云うもの3




 出会えて、すれ違って、それでどうするの?





 あの日々――手を繋いで花畑に行ったときには、既に彼は最期を覚悟していた。父に付き従い、九度山に趣いてからの年数を彼の傍で過ごしていた。

「なぁ、佐助。俺は何故に戦うことしか出来ぬのだろうか」
「それがあんたの天命だからじゃないですかね」

 はらはら、と花びらが舞っていた。もうこれで花も終わりだろうと、彼が散る花びらを見つめていく。先日、父である昌幸がこの世を去った。その時には世の終わりのように号泣した彼だったが、今は打って変わって静けさを湛えていた。

「もし…兄上のように…――」
「そんなの、旦那らしくないよ」
「佐助…」

 思いついたかのように呟く彼の言葉を遮った。「もし」なんて話をされたら自分の存在までも否定されてしまう気がした。
 振り向く幸村の手を強く握って、その手を口元に向けた。手の甲に口付け、そしてその手を頬に摺り寄せる。

「俺が、俺様が愛したのは紅蓮の鬼だ。戦場で猛り狂い、戦う、鬼だよ」
「――佐助」
「俺は、その鬼の…影でいたい」

 ――だから、いさせて。

 じわり、と幸村の瞳が潤んだのが解った。だが直ぐに彼は瞼を落とし、低く囁いた。

「ならば佐助」

 ゆっくりと開かれる瞳には、未だに宿る紅蓮の焔。その焔があるから、彼に付き従ってきた――彼に惚れて、そして愛してきた。

「俺の傍にいてくれるか」
「――……ッ」

 ぐ、と咽喉の奥に言葉が突き刺さる。彼の言葉は絶対だ。だがそれよりも、強い眼差しの中に、微かに彼の揺らぎが――動揺が見て取れた。そんな感情は払拭してあげたい。彼を悩ませるものは、この手でどんなことをしても拭い去ってやりたい。

「ずっと傍に…」

 肩に額を押し付けてくる幸村に、腕を回して抱き締めた。はらはら、と花びらが降りしきり何もかも儚げに見えていた。

「勿論だよ。呼んでくれたら、何処にでも」

 巻き込んですまぬ、と小さく呟いた彼の言葉に苦笑しか出来なかった。
 貴方は本当は寂しがり屋だから――だから最期も一人になんてしないから。そう言いながら抱き締めた肩は、いつの間にか細くなっていた。









「ホント…何処にいるの?」

 学校内のベンチに腰掛けて空を仰ぐ。それと同時に頭をかくりと後ろに反らした。
 はらはらと花びらが舞っている――銀色にさえ見える花びらが、何度目かの春を告げていた。

「旦那…――逢いたいよ」

 呟く声にこたえる者はいない。佐助は春の霞がかった空気に身体を預けるように座り込んでいく。少し離れたところでは新入生を捕まえようと躍起になっているもの達もいる。

 ――幸村さま。

 この雑踏の中でなら聞きとがめられることもない、と居ない相手に呼びかけた。

「――――…ッ」

 ざ、と佐助の前で土の弾ける音がした。何だろうかと首を戻して正面を見つめた瞬間、驚いて此方を向いている青年と目があった。

「あ…――…ッ」

 どく、と鼓動が跳ねた。目の前に夢にまで見た姿の青年が居た。そして彼も驚いた顔をして、ただ此方を向いていた。

「さ、すけ……?」

 掠れた声で彼が呟く。
 その声を聞いた瞬間、身体が反射的に動いて――彼を腕の中に収めていた。逃げられるかと思っていたのに、彼は腕を回してしがみ付いてきた。

「遅いよ、呼ぶの…――」

 言った言葉は涙交じりだった。何故だか解らないが、俺達はそのまま共に泣きじゃくるしか出来なくなっていった。








 こんな出会いでも――ねぇ、今度は離さないから、置いていかないで。
 そして僕らは、邂逅を知った。







20090927/091101 up