輪廻と云うもの 2






 もし出会えたら、もう君の手を離したりなんかしない。



 目を閉じて蘇るのは一面の花吹雪だった。そして花の褥に横になると、空かさず彼が覗き込んでくる。

 ――なぁ、佐助。某はまた生まれ変わってもお前と居たい。

 手を伸ばして彼のほうへと向けると、彼は手を取ってから手の甲を自分の頬に押し付けて、そして困ったようにはにかむ。そしてやっと、微笑むのだ。

 ――素直に喜べば良いのに。

 一度必ず躊躇する彼の仕種に、いつも泣きたくなっていた。そしてあの日、敵に囲まれた瞬間に彼の名を呼んだ。そうすれば冷静になれると思った。

 ――佐助、佐助…此処にきてくれ。

 どんなに迷走しても、大事な人がいなくなっても、彼はいつも傍に居てくれた。

 ――ああ、某はどれ程に愛されていたのか。

 ただ一人に、どれほど深く愛されていたというのだろうか。沢山のものに目を向けて、唯一に注がれる愛情に目を瞑ってきていた。そしてその事にこの一瞬で気付く――ずっと傍に居て、ただ一人裏切らずに、先に逝くこともせずに、傍にいてくれた。そして戦場を駆けるときでさえ、傍に居てくれた。

 ――お供しますよ、旦那。

 彼を戦忍にしたのは自分だ――ただの忍ではなく、戦場に引っ張りだした。それでも彼は傍に居てくれたではないか。
そう思うとこの死に行く瞬間の――将にこの瞬間に浮かぶのは彼以外に思いつかなかった。

「旦那ッ!」

 聞きなれた声が耳に届く――振り返った先に手を伸ばす彼がいた。それだけでこの戦場に花が咲く――ああ、お前とまた見たいあの花畑だ。
 視界がぶわりと霞んで、そして手を絡めて――あの時のように共に戯れようぞ。
 届くことはないと知っていても、ただ伝えたかった。











「お前も難儀な奴だよなぁ」

 目の前で片目に眼帯をした青年が斜に構えてペンを滑らせている。それをちらりと見上げると、彼は額に指先を向けてきた。

「な、幸村。何をそんなに恋焦がれる顔してんだ?」
「――まだ、今生で佐助に逢えなくて」

 かり、と政宗のノートを写していると彼は椅子に足を乗せてぷらぷらと動かしていた。政宗はもうかなり昔から、彼の右腕だった片倉小十郎と出会っている。幸村の視界の先に、薄っすらと政宗の首の付け根が見える。其処に紅く――小さな痣が出来ていた。

「逢える保証はないだろ?」
「だが…逢えると信じている」

 ――政宗殿と片倉殿のように。

 指先を向けて、彼の襟の中に向けると政宗は驚いた顔をした。そして、指先を痣に向けると、かあ、と眦に朱を乗せた。

「付いていたか…?痕」
「はっきりとある。昨夜か?」
「――まぁ、な」

 ごしごし、と消えるわけでもないのに痣の上を政宗は擦る。だが直ぐに幸村の方へと話を戻してきた。

「猿のことだから、てっきりお前の元を離れないと思ったんだけどなぁ」
「――…某、一応、自害故…なかなかに」
「縁が絡まってるんだな?はぁ、難儀な奴」

 かりかり、と政宗のノートを写す手を早める。そして最後の一行を移している間に、ぽき、とシャーペンの芯が折れた。

「でもまた出会えたら…もう手を離したりなどせぬのに」
「――……」

 ぐ、とペンを握りこむ。その先で政宗が入れていたコーヒーに口を付けるのが見えていた。彼はじっと頬杖をつきながら、窓の外に視線を流している。

「死に行く瞬間、佐助の姿が見えて…それだけで恐怖も後悔も全て吹き飛んだ」
「――…」
「この男が…――俺の愛する人だと」
「気付いて、それで終わりかよ」

 ――馬鹿だなぁ。

 はぁ、と溜息をついて紙カップをテーブルの上に置く。午後のラウンジには、柔らかな光が差し込んできていた。シャーペンの芯を入れなおし、最後の行を書き終わると幸村は顔を上げた――だが、其処には笑顔があった。

「そうやもしれぬ」
「馬鹿だぜ?未練なんて残しやがって」

 くしゃり、と額を撫で上げられる。だがどうしても彼のことを思うと笑顔しか浮かばない。

「全く、幸せそうな笑顔見せやがって。早く見つけろッ」
「ああ…――早く、見つけたい」
「見つけて、その激甘な顔見せてやれよ、あの馬鹿猿に」

 ふふ、と政宗は歯を見せて笑う。向き合ってこうして話す事もあの戦国ではなかった相手だ。だが今の世ならこうして向き合える。







 だから、早く此処に来て。
 また指を絡めて触れ合おう――あの花の褥の上で触れたように。









2009.09.22/091101 up