輪廻と云うもの



 ――あんたは俺を置いて先に勝手に逝った



 それをこの現世に再び生を受けても覚えていた。そして探し出す――いつか出会えると。

「だからさ、俺ずっと好きな人がいるんだ」
「解ってるけどよ、佐助、だからって…」
「だってさ、どんな子と付き合っても、駄目だって解ってるんだ」

 ――だから、ごめんね、なの。

 そんなことを漏らしながら目の前の友人に言った。そして食べていたケーキからフォークを放すと、彼のほうへと向けた。

「あんたもそうなんじゃないの?元親」
「――まぁな…」

 目の前の男は――戦国の世では、長曾我部元親といった。気付けば、あの時一緒だったもの達は自然と回りに存在していた。
 そして戦国の世の記憶が――あの日々が過酷だったせいか、覚えているものもいた。

「俺だって、好きな奴くらい、いる」
「――でも、奴さん、気付かないんでしょ?」
「――気付いているさ。ただ、認めたくないんだよ」
「どういう意味?」

 佐助が最後の一口を口に運ぶと、元親はコーヒーを飲み込む。そして、ことん、とカップを置くと少しだけ身を乗り出してきた。

「俺さぁ、あいつに…業と、あいつに俺を殺させたんだよ」
「は?」
「自分からこの首を差し出して、お前が好きだって、呪いの言葉を吐いて、あいつの手に自分の手を重ねて――…」
「――――…」
「で、終わり」
「――酷ぇな」
「だろう?スキだ、スキだ、って……で最後の瞬間をあいつに押し付けて自殺したんだよ」
 ――だから、赦してくれねぇの。

 甘くしたコーヒーを再び元親は手に取ると、それを口に運んだ。佐助はそれを聞いてから頬杖をつく――そして窓の外を眺めた。
 人は五万といる――それなのに、どうして求めるのは一人だけなのだろうか。

「だったらさ…俺のほうはもっと酷いかな」
「ん?」
「あのひと、最期は自害だったよ」
「へぇ……」
「うん」

 元親は興味を持ったらしく、カップをソーサーに戻すと再び身を乗り出してきた。佐助はポットに入っている紅茶を自分のカップに並々と注ぐ。そして苦笑した。

「それも酷いの。今でも覚えてる。最期にさ、あのひと、俺の…」

 そこで一区切りすると、あの時のことが目の前に広がるような気がした。今でもあの時の空気が迫ってくる――あの時の、あの絶望。

「俺の名前、呼んだんだよ」

 ――さすけ

 聞きなれた声だった。
 何度も呼ばれた声だった。彼が幼い時からずっと聞いていた。そして彼の傍に居ることが、自分の存在意義だと思っていた。

 ――佐助。

 柔らかく、今でも彼の声がこの耳によみがえる。
 彼の笑顔が、この瞼によみがえる。

「聞こえてた。でも届かなかった。伸ばした手が、届かなかった」

 呼ばれた瞬間に、背後の彼を――群集に撒かれた場所から飛び出して、彼のいる場所へと走った。
 視界には囲まれた彼と――紅く、紅く朱に染まる彼が目に入った。
 声の限りに彼を呼んだ――そしたら、彼は気付いて、嬉しそうに笑った。

「でも、最期に、綺麗に…綺麗に笑って、俺の名前呼んだんだ」

 それだけが強く残っている。
 元親は、そうか、と頷いた。佐助が頬杖を口元まで覆ってから、ふう、と溜息を付いた。涙なんてもう何度も流した――もう今更流れもしない。

「自殺するとさ、なかなか輪廻できないって言うじゃない?」
「そう言うなぁ」
「だからかな、まだ出会えないのは」

 ねえ、と元親に視線を流すと、彼は首をすくめた。流石にそれは解らない。

「でもよ、前世の過ちを正す為に、逆のことになったりするだろ?」
「うん?」

 元親は碧色の瞳を、思い出すときのくせなのか、上に向けて腕を組む。そして顎先を再び佐助に向けてきた。

「だったら、今生ではお前があいつを残して逝くんだろうな」
「――それも厭だね。もう面倒だからさ、いっそ一緒に…ひとつになってしまいたい」
「無茶言うなよ」

 ――別々だから好き合えるだろ。

 くしゃり、と元親の手が佐助の髪をなでる。それに、あはは、と軽く笑って見せた。








 花畑に仰向けになった彼に、手を伸ばして抱きしめあったのは何時のことだっただろう。
 ――次に生まれ変わっても、某はお前と共に居たい。
 そんな風に言った貴方は、今何処にいるのだろうか。あの時の腕の強さをまだ覚えている。

 ――覚えているのに。









2009.08.31/091101 up