雨の日の小話



 ――遮るものなどなく。



 海面に浮かぶ船に乗り上げながら、元親は正面に構える相手を見つめて、ぎりり、と歯噛みした。海上は荒れに荒れ、大きな波がしきりに出来ては小船を揺らしていく。百戦錬磨の船乗りでも酔ってしまいそうな程の揺れに、足元を踏ん張る。

 ――嵐だ。

 ごお、と巻き起こる風も、揺れる船も、全ては嵐だとしか言い切れない。しかし実際に嵐かと言うとそうではない。

「いい加減、観念したらどうだ?なぁ、毛利ッ」
「戯言を申すだけの余裕があると見える…では今度は此方から参ろう」

 揺れる小船はただの足場だ。戦う二人の出す覇気のせいで、波が荒立っている。もとより雨が降りしきる中の開戦だったが、殊、二人の戦いとなると熾烈を極める。

 ――がちゃ…

 手にした碇槍が疼く。びりびりと重みを増して手に触れてくるようだった。元親がそれを構えなおすと、ひらりと身体を躍らせた元就が向ってくる。

 ――ガキィッ

 鈍い音を立てて二人の得物がぶつかり合う。そしてそれより少し遅れて、二人を中心にして水柱が立ち上がった。

 ――ざああああああ。

 頭上から降り注ぐ雨に混じって、海水が落ちてくる。だがそれでも瞬きすらしている暇はない――二撃、三撃、と元就は容赦なく打ち込んでくる。

「ははッ!手前ぇにしては余裕のない動きだなッ」
「言ったであろう、此方から参る、と」
「――形勢逆転か…すまねぇな。それ、覆させてもらうぜ」

 ――ジャラララ。

 得物についている鎖を思い切り海上に向けて放つ。ぐんと弧を描きながら滑る鎖に、元就が一瞬だけ視線を向けた。

「――?」

 其処を好機とばかりに元親は、ぐん、と腕を動かして鎖を操った。じゃらじゃらと音を立てる鎖が、元親の手足のように動く。

「そおぉぉりゃあああああッ!」

 声を上げて得物を振り回すと、あれよという間に鎖の合間に元就が捕縛されていく。そしてそのまま海中に――足場を失って――ばしゃん、と落ちた。

「なあ、毛利」
「く…ッ、卑劣な…」
「あんたに卑劣って言われても褒め言葉にしか聞こえねぇよ」

 海中に捕縛している元就は頭だけをだしている。それを小船からしゃがみこんで見下ろしながら、腕を海の中にざぶりと突き入れた。

 ――ざぶっ。

 鎖に捕縛されている元就を抱え上げて引き寄せる。
 雨と、海水――互いの身体は乾いたところなどなく、ぐっしょりと濡れていた。

「いい加減よ、観念して俺のものになっちまえよ」
「ふん…――承服しかねる」

 ぷい、と横を向く元就に、強情張るなよ、と咽喉の奥で笑いながら腕の中に抱き締めていく。どんな障害も、雨も、海も、こうして腕に抱き締めてしまえば二人を遮るものはないのに、戦いの刹那でしか触れ合えないこの刹那さを、胸に抱いていくしかない。

「つれないねぇ…」

 元親が眉を下げながら苦笑すると、元就は唇を尖らせながら、ふう、と嘆息するだけだった。
 未だに海上では激しい海戦が繰り広げられている。だが頭の二人は他人事のようにそれを横目で見るだけだった。









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