Honey kiss, honey finger





 安芸の毛利邸で摘みの昆布の佃煮を口に運びながら、長曾我部元親が目の前の男に、つい、と酒を差し出して問うた。

「なぁ、毛利。お前、甘いもんは好きか?」
「何を突然」

 とと、と目の前にいた毛利元就の盃に酒を注いでから、元親は自分の手元の酒瓶を見つめる。向かい合って座る二人の前の膳には、佃煮や煮物、焼き物といった酒の肴が揃っている。最近ではこうして二人で静かに酒宴を催すこともあるが、その切っ掛けは全て元親が運んでくる酒が原因だ。

「いや、手土産にいつも酒っていうのも…と思って」
「ほほう…?」
「でも甘いもんと、煌びやかなものって、まんま女への贈り物になっちまうだろ?」
「――…」

 くい、と口元に盃を寄せて元就が舐めるように飲み込む。

「だから一応、お伺いをだな…」

 口篭りながら元親は自分の横に酒瓶を置き、がしがし、と銀色の髪を掻き毟った。その向かいで、ことん、と盃を空にし、元就が正面を向く。

「好きぞ」
「――ッ!」

 びく、と元親が肩を揺らして顔を上げた。瞳は見開かれ、驚きに包まれた表情だ。それを冷ややかに眺めながら、元就は目の前にあった摘みに箸を伸ばした。

「甘いものは、何でも」
「あ…ああ、甘いもの、ね」
「何だ?聞いたから答えたというのに」
「別もんに聞こえてしまってよ」

 ――心臓に悪ぃや。

 はは、と横を向きながら元親はそう言って頬を赤らめた。そんな元親の様子に元就は、大方自分の事を好きだと言われたと勘違いしたのだろう、と予測をつけていた。
 空になった盃に、再び元親が「ん」と小さく促がすだけの声をかけて寄越す。それに応えて手を伸ばすと、盃に酒を注ぎながら元親は「今度は何か甘いもんでも持ってくる」と笑っていった。










 元親の訪れはいつも唐突だ。
 前回の酒宴があってから、数ヶ月、音沙汰もないと思ってみれば、今度は頻繁にやってくる。そしてこの日は、緑色の箱を携えて彼はやってきた。

「今日はこんなものを見つけてさ。まあ、喰ってみてくれや」
「これは…?」

 かた、と開いた緑色の箱の中には、びっしりと若草色が敷き詰められていた。指先で、つん、と突いてみると柔らかい。元就は家人が持って来た茶を横に置き、箱の中身を身を乗り出してきた。すると元親は楽しそうに説明し出す。

「求肥に、抹茶、砂糖、そんなのが塗してあってよ、滅法うめぇんだ」
「――長曾我部、貴様も存外に甘いものが好きと見えるな」

 乗り出した格好のまま、視線を元親に向けると、彼の口元はふんわりと笑みの形に歪んでいた。

「あ…解る?」
「その悦びようを見るとな」
「昔から俺、蝶よ花よで育てられてるからさ」

 へへ、と頬を指先で掻きながら、元親は照れくさそうに言う。噂には聞いたことがあるから、元就は「そうか」とだけ頷き、箱の中身に手を伸ばした。

 ――ひょい。

 皿を待っているだけの余裕も無く、ひとつを摘み上げると元就は自分の口にそれを入れた。普段なら、毒見だ何だと慌ただしく騒がれるが、元就がひとつを口にいれると同じように元親も、ひょい、と口に入れたものだから、まず信用してもよいだろう。
 じわ、と甘さが舌先に迫る。だがその中に、抹茶の濃い渋みもあり、じんわりと染みてくる。それに合わせて柔らかい求肥の歯ごたえが何ともいえない美味しさだった。

「ふむ…美味よの」
「――…」

 ぺろ、と砂糖がついた指先を舐め取ると、元親がじっと元就の顔を見つめてきていた。だがその視線が向うのは瞳ではなく、少し下――鼻先辺りのような気がした。彼の視線から、まだ砂糖の粉がついているのかと指で口周りに触れる。

「どうした?まだ、付いておるか?」

 元親に問うと、いやあ、と彼は首を振った。そして、ふふ、と咽喉の奥で柔らかく笑う。

「毛利、あんた、唇荒れてんなぁ」
「まぁ、この季節には仕方なかろう?」

 舌先で下唇を巻き込んでみると、確かに鉄錆の味がする。乾燥で荒れるのは仕方ないことだ。ぺろ、ぺろ、と何度も舌で唇を湿らせるが直ぐに乾いてしまう。元就がいい加減、面倒だと放り投げ始めていると、元親は上着を探り出した。

「ちょい待ち。俺、良いもん持ってるぜ」

 何だろうかと彼の行動を待つ。すると、元親は小さな飴色の瓶を取り出した。きゅ、と音を立てて、蓋を外し、中に指先を入れる。

「元就」

 不意に名前を呼ばれて瞳を上げると、顎先を上向かせるようにつかまれた。人差し指までが顎下に係り、正面から元親が覗き込んでくる。

 ――ぐい。

 彼の大きな親指が、さら、と元就の唇を滑った。それと同時に何かを塗られた感触が残る。手を離してから、自分の親指に残ったものを舐めながら、ははは、と咽喉を笑いに震わせて元親は言ってきた。

「舐めてみろ」

 言われるままに、今さっき触れられた唇を舐める。すると、さらりとした甘さが広がった。砂糖よりもしつこくなく、だがもっと甘いように感じる。

「甘い…」
「蜂蜜だ。唇が荒れた時には、こうして塗ると良いんだとよ」

 とぷ、と元親は再び瓶に人差し指を入れていた。
 その仕種を眺めながら、元就は身を乗り出し、彼の手首を掴んだ。人差し指と、親指に、金色の蜜が垂れている。

「元就?」
「――っん」

 不思議がる元親の声を無視し、くわ、と口を開く。そして元親の指先を食んだ。彼の指先には蜂蜜がある。ねっとりとした感触を舌先に触れさせ、くるりと尖らせた舌で舐め上げる。
 ちゅう、と吸い上げるようにして指を舐め尽くすと、元親はやや眇めた視線で此方を見つめてきていた。

「毛利…あんた、誘ってんの?」
「勿体無いと思ったまでよ」
「へぇ?」

 ぱっと離された手首に、元親が「残念だぜ」と呟く。次いで、ふう、と深い溜息をついた。そして徐に瓶の蓋を閉じ始めていく。きゅ、と瓶の蓋が音を立てて閉められると、元就は膝を寄せて再び彼に近づいた。

「長曾我部」
「何…――ッ」

 ぐい、と元就は元親の胸倉を掴んだ。そして再び、くわ、と口を開く。
 押し付けるようにして触れた唇は、互いの舌に蜂蜜の甘さを乗せてきている。くちゅ、と音を立てて角度を変えると、唇の蜂蜜の滑りも相まって舌先がぬるりと中に入り込んだ。
 ちゅ、と軽く吸い上げる音が響き出した。
 互いの舌先が絡まる。突きあう。そして、元就から首を反らすようにして唇を離すと、正面の元親はきょとんと瞳を見開いていた。

「え…えっと…?――え?」
「裾分けよ。受け取るがいい」
「え…?」

 告げる最中に、すい、と元就は立ち上がった。そして呆然とする元親を見下ろしながら、咽喉の奥で笑いを噛み殺していった。

 ――くすくす。

 互いに触れた指先も、唇も、蜂蜜の味がした。
 触れた唇の感触を辿るように、元親は自分の唇をなぞると、その場にばたりと大の字に倒れこんでいった。

「マジかよ〜…」
「少しの座興にはなったであろ?」

 ふふふ、と再び元就は寝転んだ彼を見下ろしながら言う。元就の唇はまだ蜂蜜で、きらりと光を弾いていた。
 そして次の瞬間、勢い良く腕を伸ばした元親が、思い切り自分の胸に彼を引き寄せていった。






  ――はちみつな人はどっち?













20100329/100530 up もちこさんに捧げるはちみつなひと。