花咲く道を君と歩こう 2 快諾とはいかずとも、元就が一緒に住むことを承諾してくれた。 家についてから、庭にあった梔子を手に取り、そして他に栽培していたカスミソウを使って小さなブーケを作る。 それを手渡すと元就は嬉しそうに微笑んでくれた。 ――花を手にしている時だけ、どうしてそんなに素直な顔して見せんだよ。 思わずうっとりと眺めてしまいたくなる。だが彼は微笑むことなど滅多にない。表情を崩さないので、彼の顔色を窺うのは難しい。だが元親には何となく解ってしまうこともあった。 その日はただ元就が同居を承諾してくれたことが嬉しくて、引越しの日取りなどを相談してさっさと過ぎてしまっていた。 善は急げとその週のうちに引越しを済ませてしまう。引越しには店の店員に手伝ってもらって荷物をほぼ移動させた。 最後のダンボールが運び出されるまでに、二時間もかからなかった。そして彼らを見送ってから掃除をして、がらんとした部屋の真ん中に座り込んだ。 「これで最後だよな」 「そうなるな」 フローリングの六畳間は、家財道具がなくなれば、がらんとしているのは当たり前だが、あまり最初と印象が変わらない。だが、家具がなくなったことで、声がよく響く。 元親が周りを見回してから、溜息を共に隣に座り込んだ元就に言う。 「ってか、マジでお前って物がないのなぁ…」 「悪いか?」 元就は手にペットボトルの茶を持っており、それをこくりと咽喉に流し込んでいく。 「いや、悪くねぇけど、冷蔵庫もないってどうかと」 実は元就の家に来たのは今回が初めてに近かった。殆どを元親の方ですごしていたせいで、彼の家の中に入ったことはなかったのだ。 元就の部屋には、小さなテーブルと、電子レンジ、それから布団くらいしかなかった。ダンボールは三つでほぼ衣服と雑貨もその中に入ってしまっており、これでよく生活できていたものだ、と思ってしまう。 「不便じゃなかったのかよ?あと洗濯機は?」 「どうせ我は炊事などせぬから、いらぬと思ってな。洗濯は風呂場で出来よう?」 いつの時代の人間ですか、と元親が笑い飛ばすと、元就は鼻を鳴らすだけだった。元就の――茶を飲む手を掴みこんで、まじまじと彼の指先を見つめる。 荒れてもいなく、少しだけ爪が短すぎるくらいの、綺麗な手だ。 「生活力ないよなぁ…」 ――だからこんなに細いのか。 「それは元からだ」 元就が嬉しくなさそうに眉を寄せる。元親はむくれる彼の肩に自分の肩を寄りかからせると、へへ、と嬉しそうに鼻を鳴らす。 「なんだ、気色悪いな」 「酷いこと言うなよ。俺、ちょっと嬉しくてさ」 「――……?」 元就の手を握ったまま、自分の手を重ねる。彼の手に比べてみたら、元親の手は荒れている。水仕事だけあってがさがさになっている部分もある。触れてみると余計に元就との手の違いに気付くが、それがまた何だか嬉しかった。 違うということが、他人を認識させる――すなわち一人では感じないことだからだ。 「生活力無くても、これからは俺が一緒にいるし。一緒にいるってことがこんなにも嬉しいなんてなぁ。それに…お前が俺のだと思うとさぁ」 ――違う。 元親がしみじみいうと、空かさず元就が否定してきた。そして重なった手を振りほどくと、すっくと立ち上がる。彼の動きに合わせて見上げると、元就は切れ長の瞳をすがめ、座ったままの元親に手を差し伸べた。 「間違えるな。貴様が我のものだと、何度言えば解る?」 「そうだったっけ?」 差し出された元就の手をとり、勢いよく立ち上がる。そして、この部屋ともお別れだな、と言いながら部屋を後にした。 殆ど使っていなかった二階の一室を元就の部屋として、共に過ごすようになった。今までは週の半分だったのが毎日一緒にいられる。 だが共に暮らす前とあまり変化はなかった。それどころか、何となく距離が出来てしまったような気もしていた。 「慶次〜、どう思う?」 「どう…って言われてもね」 仕事の休憩時間を使って、慶次と遅めの昼食を摂る。中華風のカフェの店内には、微かにジャスミンティーの香りが漂っていた。目の前では慶次が、まふ、と肉まんにかじりついている処だった。それを観ながら元親は杏仁豆腐を木匙で掬って口に入れる。 「俺は嬉しいのよ?だけどさ…あいつはどうなのかなって」 「でもOKしてくれたんだろ?」 ランチセットの豚の角煮の挟まった肉まんを、もくもくと咀嚼しながら慶次が小首を傾げる。元親は頬杖をついて木匙を彼に向けた。 「何がいけねぇのかな?」 ――行儀悪いよ。 匙を向けられて慶次が笑う。きくらげのスープに口をつけてから、慶次はふと思いつくままに言ってみる。 「あれとか?」 「どれ?」 「アレ」 淡々と慶次が言うと、ああ、と元親も頷く。そして唸ってから、どうだろうな、と呟いていく。はっきりしない物言いに慶次は再び小首を傾げた。元親は額に手を当てて――その手を滑らせて頬に当てていく。 「ああ…――それはなぁ…一回しかしてねぇから解んねぇ」 「はあ?」 素っ頓狂な声を上げて慶次が身を乗り出す。彼の驚きに何か可笑しいことを言ったかと元親が顎先を浮かす。 「うん?」 「何、あんたら此処まで来てて、一回しかしてないの?何そのセックスレス」 呆れたように慶次は身を乗り出してくる。だが他人に言われてみると、ずん、と落ち込んでしまう。眉間に皺を寄せて元親は溜息をついた。 「言うなよなぁ…」 「俺てっきり、もう出来上がってラブラブなんだと思ってたよ?」 半ば苦笑しながら慶次がアイスジャスミンティーに口をつける。グラスの動きに合わせて、中の氷が涼やかな音を立てた。 「マジで。最初の日だけ。あとはキス止まりだったり、最後までさせてくんなかったり?」 元親は杏仁豆腐とにらめっこをする勢いで、じっと見つめながら口に運んでいく。半ば自棄だ――ぱくぱくと食べながら一気に告白していた。 「やべ…――言ってて落ち込んできた」 「なるようにしか、ならないんじゃない?」 「他人事だと想って」 「他人事だもんよ」 べえ、と慶次が舌を見せて笑う。楽天的な彼の雰囲気に、少しだけムカつく――元親は手を伸ばして彼の皿の上に残っていた豚の角煮だけを摘むと、ばく、と食べてしまった。 酷い、と慶次は言ったが気にならない。元親はそれよりも今日、家に帰ってからのことを考え始めていた。 元親が帰ってくると既に元就は風呂にも入ったらしく、髪を若干濡らしたままで静かにリビングで本を読んでいた。 ローテーブルの上には麦茶があったが、既に氷が溶けてグラスの結露が落ちていた。コースターを敷いていないグラスは水溜りを作っている。 「ただいま〜。何か食った?」 こくり、と元就が頷く。そして指先でキッチンの方を指差す――元親はその指の動きに合わせてテーブルの上を見た。 其処にはお好み焼きが置いてあった。しかも皿に三枚――いったい最初に何枚あったのか、好奇心に駆られるがあえて訊かないことにする。 「あ?あれ…買ってきたの?」 「違う。我が作った」 「へ?元就、料理できたのかよ」 「――あまり見くびるな」 本から顔を起こし、ソファー越しに元就が振り返る。皿を持ってみるとまだ微妙に温かく、元親は冷蔵庫を、ばくん、と空けると其処からビールを二缶取り出しながら持っていく。そして元就の傍にくると、一缶を彼に渡した。 元就の前で彼の作ったお好み焼きに手を伸ばす。いただきます、と手を合わせると彼は、うむ、と頷いた。 「お、美味いわ」 「――……ゆっくり食え」 元親がばくばくと食べていくと、彼はほっと安堵したかのように肩から力を抜いて、再び本へと視線を落とす。ソファーの上で元就は寛いでいる。それを床に座ってローテーブルに向かいつつ、上目になりながら元親は少しだけ間延びした声をかけた。 「なぁ、元就」 「なんだ?」 ――パラ。 元就は静かに本のページを捲る。視線は本に注がれている――それは彼の瞳の動きをみていれば解る。 「その…明日、仕事は?」 「休みだ」 「そっか…うん?ちょっと待て、明日平日じゃないか?」 納得しかけ、はたと気付く。だが、それと同時に元就は本に栞を挟み、ぱたん、と閉じる。 「馬鹿かお前は。盆休みだ」 「いいなぁ、お盆休みあるんだ?俺は暫くないなぁ…――こういう時、経営者って面倒だよなぁ」 ――今回は不休だ。 あえて明るく言うと、意外だというように元就が切れ長の瞳を見開いた。そして元親に貰っていたビールに口を付ける。視線だけで、元就が「何故か」と問いたいのが伝わってくる。元親は頬杖をついてから説明を付け加えた。 「あいつ等、休み取らせてやりてぇからよ。俺、今回休み入れてないんだ」 「つまらぬな…」 かく、と俯く元就に今度は元親の方が拍子抜けした。何か一言二言突っ込まれるか、皮肉でも言ってくれるかと思ったのだが、それとは逆に素直な感想が返ってきた。 「あ、ご、ごめんな?」 「いや、言っていなかった我も悪かった」 ぺこ、と元就が小さく頭を下げる。それを観て思わず、ぽろ、と箸を取り落とした。 「どうしたんだよ?なんか素直で怖い」 「素直になってはいけないか」 「何か変なもの食った?」 本気で心配になってくる。いつもの元就の様子とは違うのが、不思議でならない。元親が手を伸ばして額に触れようとすると、元就は眉根をよせてそっぽを向いた。 「――もういい」 「あああ、待って。悪い、悪かった」 眉間にしっかりと皺を寄せた元就に、いつもの彼と変わった訳ではないと気付く。だが横をむいて、つん、としてしまう彼を懐柔する術が浮かばない。 元親はビールを一口、口に含んでから立ち上がり、ソファーの元就の横に座る。きし、とソファーが元親の重さで揺れた。 「機嫌、直して」 横から腕を伸ばして元就を引き寄せると、彼は拒むことはしなかった。鼻先に彼の使っているシャンプーの香りが、薄く香ってくる。まだ少し湿っている髪が、指先に絡まるようだった。元親は元就の肩口に顔を押し付けて、耳元に囁くように言う。 「俺さ、結構小心者なんだよ。お前が、その…また居なくなったらって」 「だから馬鹿だというのだ」 「え?」 はあ、と深い溜息を付きながら元就が首をめぐらせ、元親の鼻先に顔を近づける。 「他人同士なのだから、すれ違うこともある。それをいちいち恐れるのがおかしい」 「そう…だな」 間近で――強い眼差しを受けて言われると、どうしても説得力がある。元親が納得すると、ふわ、と元就は口元に笑みを浮かべた。 「我はちゃんと信頼しているぞ」 「――なんか、くすぐってぇな、そう言われると」 「口に出さなくても良かろう。いちいちびくつくな」 「うん…――」 ふふ、と苦笑すると、ゆっくりと元就の腕が元親の背に回ってきた。そして今度は元親の耳に囁くようにして、彼の声が響く。 「想っていた年季が違うのだ、馬鹿者が」 「あ?」 「我が想い続けた分だけ、お前も我を想え」 元親の耳朶に、元就の告白が突き刺さる。応える代わりに元親は元就の唇を奪っていった。 絡まる身体がやたらと愛しくてならない。元就の細い腰を引き寄せて、後ろから覆いかぶさるようにして上半身をたたみこむと、深く穿たれて元就の背が撓る。 「なぁ、あんたでも、俺のこと欲しいとか想ったりしたわけ?」 「な…何を、今更…――」 ぐ、ぐ、と強弱をつけて、腰を押し進めていると、言葉さえも途切れがちになる。伝い落ちる汗に、指先が滑っていく。 「うん、そうだよなぁ…俺が鈍感だったからさ」 「ぅ、ふ…――」 ――ぐぐ 逃げそうになる元就の腰を強く引き寄せて手を滑らせる。すると、ぬる、と滑った感触が手に触れてきていた。背後から後孔を穿ちながら手を前に伸ばして、元就の陰茎に絡ませる。すると、びくびく、と細かく元就の身体が反応した。 「なぁ、ここ…触ってもいい?」 「――…ッ、い、いちいち言うなッ」 元就は腕を突っ張って、只管与えられる快感に抗っていた。首をたまに振るたびに、感じているのが手に取るように解る。 「そうだな…――今は、ただ気持ちいいだけでいいか」 「ん…――っ、っく」 はは、と笑いながら手を滑らせて元就の胸元に掌を這わせる。そしてぐっと後ろに強く引き寄せ、自分はその場に腰を下ろした。そうすると胡坐をかいた処に、元就を抱え込む形になる。腰に当てていた手を元就の内腿に添えて、強く彼の身体を揺さ振った。 ――ぐちゅん 「は…――っ、あ、ぁ」 動いた時により深く繋がりあう。その度に、ぐちぐち、と濡れた音が響き続ける。元就からは細かい喘ぎ声しか漏れてこない。熱くなっている背に触れ、元親が肩に噛み付くと、元就がぶるぶると肩を震わせていく。 「あ、遊んでいないで…は、早く…――」 「んー…喜び感じちゃ駄目?」 耳孔に舌を差し入れ、息を吹きかけると、元就は咽喉を仰のかせていく。それに合わせて元親もまた強く穿ち続けていった。 「なぁ、もしかして明日から休みだから?」 「――――…」 背中を見せている元就に、横になりながら訊いてみる。ぴく、と少しだけ元就が反応したが、応えてはくれなかった。 「ご飯作って、綺麗にして、俺を待っててくれたの?」 「そのようなことはない」 くる、と身体を反転させて元就が睨みつける――だが動いた瞬間に、元就は「うっ」と声を詰まらせて真っ赤になった。 腰を摩りながらぎこちなく元就が仰向けになる。久々で加減できなかったせいだろう。 「可愛いなぁ、元就」 「断じて違うぞ」 虚勢を張っても、行動から推測できる。彼の行動は確実に元親を求めていたとしか言いようが無い。元親はそれ以上、突っ込まずに優しく元就の額にかかる髪を撫で付けていく。 「はいはい。ま、いつもは休みが合わないもんな」 「――貴様のタイミングが悪いだけだ」 ふん、と言いながらも元就は気持ちよさそうに、瞼を閉じる。 元親は元就を自分の胸に引き寄せながら、額にキスをした。すると、ぱち、と閉じかけた瞼を元就が開ける。 「元就、明日の朝、ちょっと早めに起きて」 「――…?」 「散歩しよう?」 ――今は花が色々咲いてるよ。 そう提案すると、元就は静かに頷いた。だがその先に、でも一番の花はお前だけどな、と付け加えると、元就は再び背中を向けてしまった。 照れる彼を腕の中に収め、元親は元就の温もりを感じながら、柔らかく眠りに誘っていった。 了 090810 up |