醒めてしまう前に 二人で酒盛りに興じ、勢いに任せて快楽に興じた。回る酔いと共に暫し横になっていたが、目を覚ますとまだ月も中天にあった。 元就は身体を起こし、元親の腕の中から抜け出る。そして軽く着衣を直すと、深く息を付きながら乱れた髪の毛を手櫛で直した。 「目ぇ、醒めたのか?」 ふと横を見ると、横になったままの元親が縁側に腰掛けた元就を見上げていた。 「――…寝ていていいぞ」 「そういう訳にもいかねぇよ」 のそ、と身体を起こし、元就の元に来る間に彼もまた着衣を直す。そして盆の上の徳利を手にし、盃にむかって傾ける。だが其処から酒が零れ落ちることはなかった。何度か振ってみてから元親が肩を落とす。 「酒、もう無いのか?」 ――呑み足りねぇな。 欠伸をしながら元親が言う。元就は顎を反らして今まで自分達が雑魚寝していた畳の方を促した。そちらを見れば何を格闘したのかという程に、衣服が散らかっていたり、酒瓶が転がっていたりと目がつけられない。 「――誰ぞ呼ぶわけにも行くまい」 「まぁな、この有様じゃぁな」 苦笑いをして元親が先程の定位置に座る。そして背中を伸ばしながら上着の袖を両方とも脱ぎ、上半身裸の格好になった――そもそも通常あまり着衣になっている姿を見たことが無い。今日とても土産にと抱えてきた酒瓶の他は変わりなど、何処にもなかった。 ふと元就は彼の訪れた時のことを思い出し、口元に手を添えた。 「そういえばお前の持ってきた土産…」 「葡萄酒…?」 「そう、それだ。――呑むか」 「いいねぇ…」 ―― 一発ヤった後の酒って効くよな。 元親がからからと笑う中、元就が切れ長の瞳を冷たく流す。立ち上がりざまに元就は元親の頭を拳で思い切り打ち込んだ。 元親が持ってきたのはワインのボトルだった。それを両手に二本抱えてきたうちの一本を開ける。コルクを抜くと、ふわりとした芳醇な香りが立ち込めた。流石に盃では情緒も何も無い――とりあえず持ってきたギヤマンのグラスに注ぐと、一度カチンとグラス同士を鳴らしてから口に運んだ。 一口、舐めるようにして飲んでみて、元就が眉根を寄せた。 「――少々、渋いような…酸っぱい様な」 「そうか?俺は結構好きだ」 向い側で元親が、こくこく、と飲んでいく。それをじっと見つめ、元就はやはり舐めるようにして呑む。そうして呑み始めていると、じっと元就が元親の方を見つめていた。グラスが空き、元親がワインの瓶を手にもち自分のグラスに再び注ごうとした。 「――…元親」 「ん?」 ――ざぱっ 元就に名前を呼ばれて顎先を上げると、いきなり頭の天辺からワインが降って来た。 「な…――ッ」 ぼたぼたと脳天からワインが滴り落ちてくる。上半身には衣服はつけていなかったが、腰元に蟠っている部分に、紅くワインが吸い込まれていく――眼帯も何もかもがワインで濡れてしまった。 「おい、何すんだよ、元就ッ」 「――……」 「ああもう、びしょびしょ…まったく…」 眼帯を外し、顎先に滴り落ちてきたワインを手の甲で拭いながら云うと、おもむろに目の前に影が伸びてきた――影と思ったのは元就の手で、するりと伸びてきて元親の頭を包み込むように触れる。 呆気にとられて瞳を彼の方へと向けると、元就が膝たちになって近づき、元親の頭を両手で包み込む。そして、静かに顔を寄せてきた。 ――べろ。 「――――…ッ」 柔らかい、それでいて温かい感触が元親の頬に触れる。柔らかい感触が元就の舌先である事に気付くのに時間が掛かってしまった。 元就は構わず頬から顎先、そして頤、咽喉へと舌先を滑らせると、元親の咽喉仏に軽く歯を立ててから、強く吸い込む。そして顔を挙げ、愛しむように両手で彼の頭を撫でた。 「そなた、赤が似合うな」 ――くくく。 元親の頭を撫で、舌先で少しの雫も舐める――その間、元就の咽喉の奥から押し殺したような含み笑いが毀れた。 元就の変化に戸惑いながらも、膝たちになっている元就の腰に両手を添えて、元親は少し引き攣った笑いを零しながら見上げた。 「あの…元就?ちょっと、どうし…――?」 「そうしていると血を浴びたかのようだ。この酒も甘くなろう」 云い様に再び元就が元親の咽喉元に舌を這わせる。そして鎖骨の辺りに来ると、じゅ、と音を立てて吸いあげる。 「え…えええ――ッ?」 ――酔ってる。絶対に、酔ってるッ! 元親の肌を舐める元就を正面から抱きしめながらも、さぁ、と血の気が失せる。切れ長の瞳を薄く眇め、ゆるゆると肌を手で、舌で撫でていくのを元親はじっと無言で見下ろした。 元就からそんな風に触れてくることなどない――事に及んだとしても、声すら出さず、自ら求めることも滅多にない。それだけに、こうして動く元就が珍しくて仕方なかった。 どきどき、と初心でもないのに胸が高鳴っていく。 ――綺麗なんだよな、元就… 自分の肌を舐める元就の頭を、ゆっくりと撫でると、ん、と鼻から甘えたな吐息が漏れた。そして徐々に彼は元親の胸元から舐め下ろして行く。 胸元にくると、ちゅ、と突起に吸い付いてきた。 ――びく。 「ふ…――どうした、元親」 「なんでもねぇよ」 思わず肩を揺らしてしまうと、元就が上唇を舐めながら見上げてくる。その顔がやたらと男前で、余計に胸が鳴った。まるで身体全体が鐘のようなものだ。 ――ぬる。 そうしている内にも元就の舌先が下降して行き、臍まで舐めてくる。服にワインが多く染みこんでいる場所でもあるせいで、あばら骨から腰周りからと容赦ない。 だがそれ以上下降したら、と思うと咽喉が、ごくり、と鳴ってしまう。 ――我慢ならんッ。我慢なんて性に合わねぇッ! こんな元就は見たことが無い。だが煽られる自分も抑えきれない。元親は傍にあった自分のグラスを手にすると、元就の顔にぶつけるようにグラスの中身をぶちまけた。 ――ざぱ。 「――…ッ」 けほ、と噎せこみながら元就が顔を上げる。屈めていた身体を伸ばし、手の甲で目元を擦った。そしてその場にぺたりと座り込み、元親を睨みつけてきた。 「元親、貴様何をするッ!」 「――……」 「目に入ったではないかッ」 元就が目元を擦りながら怒鳴る。構わずに元親は、とん、とグラスを盆の上に置いて俯いた。そのせいで元就からは表情は見えない――銀色の髪の先から、微かにまだワインの香りがしていた。 「おい、聴いているのか…ッ」 元就が睨みつけながらまだ目を擦っていると、俯いていた顔を上げて元親が口元に不穏な笑みを浮かべていた。 「――何処に、入ったって?」 そういう言葉は酷く楽しそうで――いや、嘲笑うかのような色が其処にはあった。元就が身じろぎする間も与えずに両手で上腕を掴み込み、元親は元就を引き寄せると鎖骨に舌を這わせた。 ――べろ。 「どうせなら俺にも呑ませろよ」 元就を見上げるようにして、ゆっくりと舌舐めずりをする。そして囁くような、擦れた声で顔を元就の肌に近づける。そうすると肌に直接彼の吐息が吹きかかる。 「…これは土産だろう?」 「そんなの知るか」 二人の身体からは先程のワインの香りが強くなっている。その中から元就の匂いを嗅ぎ取ろうとするかのように元親は鼻先を近づけ、ぎゅう、と抱きしめてきた。 「――…元親」 「これ、高いんだぜ?」 はあ、と大きな溜息をついて元親が床に置いてあるワインの瓶を見る。促されるように元就もまた其方に視線を動かした。 そして思案する間があったかと思うと、元就はその瓶を手に取った。 ――ばしゃ。 元親が呆気に取られている間に、元就は自分で酒を被った。勿論、元親にもその内の幾分かは掛かってしまった。 だが元就は瓶を、ぽい、と床に放り投げると、その手をするりと元親のほうへと差し向ける――手の甲を元親の口元に差し出した。指先から、ぽた、と紅い酒が零れ落ちた。 「ならば一滴たりとも残さず呑め」 真顔で言う元就に圧倒させられてしまった。匂い立つワインの香りよりも、彼自身が馨しい。腕を掴んでいた手を解き、彼の背中に這わせ、自分の胸に引き寄せる。そして元親は、ふふふ、と楽しそうに眉根を寄せながら笑った。 「誘うなよ」 「誘ってなどいるものか…」 「少し、黙ってろ」 ふい、と横を向く元就の口を――言葉を塞ぐように、そのまま深く唇を重ねていった。 元親が丁寧に肌の上を撫でて行く。掌、指、唇――そのその全てで元就の肌の上を滑っていく。そして首筋から鎖骨におり、胸元に指先を絡めた。 互いの正面を見ながら座り合い、胡坐を掻いている元親を跨ぐようにして元就は膝たちになっていた。 互いの間には吐息だけが絶え間なく響いていた。 柔らかい突起は指で擦ると少し硬さを増して行く。それに合わせてもう片方を口に含み、舌先で舐った。歯で軽く甘噛みをし、強く吸い込む。 ――じゅっ 「――……あぅ」 「――――…ッ」 元就の半音高い声に、元親が顔を上げた。何も云えずにじっと元就の方を見上げると、かあ、と彼の眦が赤らんだ。 「ッ――……」 「初めて聞いた…」 「――――…ッ」 ぽつり、と元親が云うのに合わせて元就は唇を噛み締めた。だが抱きしめている背に、じわり、と汗が浮き、彼が焦っていることを伝えてきた。 「元就、もっと聞かせろよ」 「何のことだ?」 「その、甘い声…たまんねぇ…――」 しらばっくれる元就に構わず再び元親が胸元に吸い付く――だが元就は唇を噛み締め、瞼をぎゅっと引き絞って声を出すのを只管拒んで行く。 何度も「聞かせて」と元親が強請っても駄目だった。 肌の上を愛撫しても、陰茎に触れても、彼の中に押し入っても、それでもいつもと変わらずに元就は吐息しか漏らさない。 先程の声が幻のように、只管に声を出さない。 ――そうなると、どうしても攻略したくなるんだよな。 後ろから元就を貫きながら、腰の窪みに手を滑らせる。元親は、口元を手で押さえている元就の背中に自分の胸を付けるように屈みこんだ。 「っ、ぅ…――ッ」 「いい加減、声、出せって」 「誰が…――ッ」 肩越しに、涙目になりながら元就が睨みつけてくる。だがそれでも感じているのは、彼の陰茎が手の中で硬さを失っていないことから解っていた。元親は、ふう、と溜息をつくとぐっと元就の片足を持ち上げた。そして身体を反転させる。 「強情、なるなよな」 「――ぅ、っく」 ――ぐちゅ、 片足を自分の肩に乗せ、挿れたままで彼の腰を反転させた。すると繋がっている場所強く擦れて、元就が喘ぐように口を開いた。だが声は漏れ出てこない。 ――聞きたい、あの、声。 どうしても其処に執着してしまう。元親は正面に向き合うと、片足だけを抱えて身体をぐっと折り曲げる、すると腰が競りあがり、元就は反射的に腕を伸ばして元親にしがみ付いた。指先が元親の肌に食い込む。 ――こんなに感じてんのに。 ふるふると震える元就を見下ろしながら、元親は細かく息を吐いた。そして彼の唇に自身の唇を合わせると、深く口づける。そしてそのまま勢い良く腰を打ち付けていった。 「ふ…――…ッ」 流石に苦しくなったのか、元就が顔を横に背けて酸素を求める。だがそれでも元親は離さなかった。 「ほら……これ、イイだろ?」 「――んッッ、――ぃ」 ――ぐちぐちぐち 細かく入り口付近を何度も抜き挿ししていく。元親の髪から、顎先から、ぽつ、と汗が滴り落ちて元就の肌に吸い込まれていく。元就がうっすらと瞳を開け見上げてきた。そして元親の頬に片手を添える。その手を受けると元親は動きを止め、指先を絡めた。 「はー…やっぱお前の身体、気持ち良いわ」 「煩…――ッ」 「ここ、こんなにしてて、まだ強情張るのかよ」 ――ぬる… 腹に硬く屹立している陰茎を、元親は指先でするりと撫でていった。 ひく、と元就の身体が痙攣したかのように跳ねる。そして再び彼が口を塞ごうとしたのを、元親は両手でそれを阻んだ。そして顔を彼に近づけると、噛み締めるなよ、と告げる。 「俺しか、聞いてないんだからさ」 「どうでもいいから…」 「うん?」 「早く、しろ…――」 眦から涙を流しながら、紅く朱に肌を染めながらも云う元就に苦笑しか出てこない。元親は咽喉の奥で笑うと、元就の中に溺れていった。 朝の気配に目を覚ますと、いつの間にか部屋の中に入っていた。それもしっかりと障子を閉めており、微かに薄耀くなった外の気配がする。 ――酒臭い。 元就は眉根を寄せて身体を起こした。どうも最後のほうはあまり覚えていない。身体の節々が痛み、肌がひりひりと痛む。横を見ると元親は平和そうな顔をして寝ていた。 「――たれか」 障子を開け、外に向って声を掛けると程なくして家人が遣ってきた。それに風呂の用意を頼むと、元就は辺りに転がっている酒瓶を見下ろして溜息をついた。 「おはよう、元就」 「まだ日輪は出ていない。日が出てくるまで寝てろ」 背後から元親の声がする。元親は寝転んだままで、肩肘に頭を乗せていた。何時の間に起きたのだろうか。元就が気遣いを見せると、からから、と彼は笑って一蹴した。 「いいよ、どうせ風呂入るんだろ?」 「湯浴みせねば、日輪に対して申し訳ない」 至って生真面目に云う元就の身体には、転々と紅い痣がある。それをじっと見つめながら元親は含み笑いを載せたまま提案した。 「――どうでもいいけど、一緒に入らねぇ?」 「――馬鹿か」 ふん、と彼は鼻で笑とばす。だが仕返しとばかりに元親が身体を起こして顎先に手をやった。 「昨日はあんなに可愛かったのに」 「知らぬ」 ふい、と背中を見せる元就の首筋が、微かに赤らんでいく。それを見ながら元親は立ち上がると、背中から彼を抱きしめていった。 20090612 酒豪… |