抉り出して この気持ちを抉り出して見せることが出来るのなら。 恒久に続く、情の証を見せてあげられるものを。 昼が長くなったのを良い事に、いそいそと宴の支度をする。摘むほどの夕餉の後、甘い水菓子を用意し、酒を手繰り寄せた。 ――甘いもんかよ、どうせなら干物くらい出そうぜ。 元就が桑の実や、餅やらを自分の方へと引き寄せていると、横に座った元親は口をへの字に曲げた。 ――好きなものを選べばよかろう。 そういって家人に用意させ、一通り整うと人払いをした。 庭を眺めながら互いに注ぎつ注がれつして、他愛ない話を繰り広げる。 元親は最近の航海の話を面白可笑しく、身振り手振りを交えて話す――なので、どうしても彼に注目して盃を重ねていった。 だがそれも夜半に差し掛かると、言葉も少なくなってくる。 互いに酒豪であると知っており、此れくらいでは酔いすらしない。 すると背を丸め、膝に肘をついて元親が深々と溜息をついた。その瞳の紺碧がゆらりと揺れて、元就に向けられる。顎を引いているので上目遣いになっていた。 「そんな、もの欲しそうな顔、すんなよ」 「我は生まれてこの方、ずっとこの顔だ」 手に空になった盃を持つと、直ぐに元親が継ぎ足してくる。 「違ぇよ」 「――……」 くい、と盃を咽喉に流す。酒が咽喉に染みるように、じわりと熱く感じた。それを飲み干してから、隣に座る元親に視線を流すと「ほら、その目」と指を指して笑う。 「俺を見るときは、もの欲しそうだ」 注がれ、並々とその水面を照らす酒を、そっと膝元に下ろす。一瞬だけ二人の視線が対峙したが、すぐに元就が一蹴した。 「――…鬼が珍しかなだけよ」 「違ぇだろ。俺、お前に欲しがられるものなんて持ってないからなァ…」 肴に用意していた小魚を摘み、元親が口に入れる。もくもくと咀嚼していく間に、元就が膝に下ろしていた盃を口に運んで言った。 「――我が貴様に欲するとしたら」 「何だ?」 酒を手にし、肴を飲み込む元親に元就は静かに視線を流す。切れ長の瞳が、宵闇の中で微かに焔を映しこみ、きらりと光るように見えた。 「そなたが御首」 ――ごくん。 元親の咽喉を鳴らす音が響く。それを聞いて口の中で笑いを押し殺し、元就は盃を口に宛がうと一気にそれを飲み干した。 元親は小魚を摘み上げ、口の端にくわえ込むと、左の口角を上げて嗤った。 「それで、俺の首、手に入れてどうするの?」 元就は横目で元親を受け流し、手元の盃を盆の上に置くと、腕を組んだ。そして、そうだな、と思案するように言うと、ふ、と僅かに嗤う。 「口付けて、愛でて、骨となるまで片時も離さず、抱きしめ続けようぞ」 「熱烈じゃねぇか」 「言えば、くれるのかと」 「やらねぇよ」 「――…ふん」 ふふふ、と元就は嗤い、再び盃を手にする。それを見て元親が「酔ってんのか」と聞いたが「まさか」と鼻で笑い飛ばした。 元親が舐めるようにして酒を口に含み、膝を寄せて元就に手を伸ばす。そしてその手で元就の盃を取り上げ――盃を取り上げられ、元就は不服そうに眉根を歪めたが構わずに酒を自分の咽喉に流し込んだ。 ――とん。 空いた杯を二人の間の盆に置くと、元就を見据えて告げる。 「俺の愛以外、何もやらねぇよ」 「強欲な」 「どっちが」 くく、と咽喉の奥で嗤うと、元就もまた瞳を伏せて口の中でくぐもった笑いを漏らす。酒を酌み交わし、他愛ない話を繰り返す――だがその一瞬一瞬にどこか緊張が走り出す。 大抵がその切っ掛けを作るのは元親だった。そして受け流すのは元就だ。言葉遊びのようにしてその場を楽しむことが多かったが、今日は珍しく元就の方から切っ掛けを作っていた。 元就は少し思案すると二人の間の盆に手を伸ばそうとする。しかしそれを元親が阻み、盆を自分達の横に流してしまった。そして、つい、と膝を寄せて元就に近づく。近づいてきた元親に視線を据えたまま、元就は淡々としている。 「貴様の愛など要らぬ」 「俺の愛は海より深いぜ?」 元親の腕が伸びて、さらり、と元就の耳元に触れる。その手の動きを横目で見つつも、元就は姿勢を崩さずに続けた。 「貴様はどうせ、愛したとしても移ろうだろう。泣きを見るのはごめんだ」 ――愛したとしても、手に入らない。 呟くように言うと、元親は一瞬瞳を見開いた。だがすぐに優しげに眇め、引き寄せるように掌を動かし、指先で元就の耳朶を愛撫していく。 「へぇ…元就、俺を愛してくれるの」 「馬鹿を言うな。ものの喩えだ」 ――ぱし。 軽く、撫でる元親の手を振り解く。振り解かれた手を自分の方へと引き寄せ、元親は拳を作ると其処に自らの顎先を載せた。すると斜に構えるようになる。 そして更に皮肉ったように続けていった。 「でもさ、捨てられるのが怖いからいらない、って聴こえる」 「貴様の耳が可笑しいだけだろう」 「じゃあさ、愛じゃなければ何が欲しいの」 ――ふわ。 海風が二人の間に凪いでくる。それを受け、しばし無言で過ごすが、答えを有耶無耶には出来ない。元就はキッパリと告げた。 「身体だけでいい」 「ふふ…そっちの方が刺激的だ」 肩を揺らしながら元親が笑う――そうすると目が細まり、線のようになった。眉を寄せ、くしゃりと顔を縮めて嗤う顔はどこか幼くも見えた。彼の笑い顔に釣られるように元就もまた口元を釣り上げる。そして繰り返し――楽しそうに告げた。 「だから御首を寄越せ」 「どうせなら手足ついたままの俺の身体を欲しがれよ」 ――この手で撫でて、この足を絡めて、身体中で愛してやるのに。 唇を尖らせて元就の言を非難する。だがそれには乗らずに元就は一笑に伏す。 「四肢があれば、我を蹂躙するくせに」 「――されたいの?」 少しの期待を含んだ瞳で元親が訊く。だが間髪入れずに元就が期待を打ち砕く。 「させたいとは思わぬ」 「堂々巡りだな」 「――……」 互いの思惑を探りあうかのように、息をするのももどかしくなってくる。暫く微動だにせずに互いの様子を窺っていたが、元親が先に僅かな緊張を打ち砕いた。 自分の口元に親指を宛がい、顎先を擦りながら溜息を漏らし、苦笑したままで元就に告げていく。 「首はやらねぇよ」 「――……つまらぬ」 心底欲しかったのか――ただそういう風に見せたのかは解らないが、元就もまた肩を大仰に動かして落胆を示した。 ごめんな、と元親が言いながら、そんな元就に両腕を広げてみせる。 「でも、ほら」 「――……?」 両腕を広げた元親がにこにこと頬を綻ばせた。そしてもう一度、元就を促す。 「来いよ。可愛がってやる」 「誰が」 ――誘いになど乗るものか。 ふい、と元就がそっぽを向く。すると、すとんと両腕を下ろしてしまうのが、微かに揺れた風で解った。そして苦虫を潰したような、舌打ちをする。 「強情だな」 「なんとでも云うが良い」 そっぽを向いたまま、元就が強く告げる。そうしている間にも、さらり、と夜気が吹き込んでくる。その風を吸い込みながら――潮の香りを含んだ風を吸い込みながら、元就は先を続けた。 「貴様の流儀とやらで何とでもするがいい」 「そういうところ、好きだぜ」 ――全部押し付けて、加害者なのに被害者の皮を被って。 毒づく声とは裏腹に、強い力で元親が元就の肩を引き寄せる。 ――ぐいっ。 腕を引っ張り、無理矢理に胸に引き寄せると、元就は体勢を崩して元親の方へと雪崩れ込んだ。腕を上手く振り解き、元就の背中を抱きしめるようにして引き寄せる。そして上から元就の顔を覗き込み、指先で元就の唇の形をなぞった。 「口付けて、愛でて、ずっと傍に居て、愛してくれよ」 「無理なことを言うな」 元親の胸の中で元就が後を続けようとしたが、言葉は奪い去られてしまった。 近づくのは互いの吐息のみだった。微かに潮の香りと、酒の香りを含んだ風が、さらりと二人の頬を撫でていく。そしてがたがたと荒々しく部屋にもつれ込むと、互いを貪るだけで一杯になる。 互いの熱だけに浮されながら、途切れ途切れになる意識の中で、元就が元親の胸に手を当てて「抉り出したい」と云うのを、元親はただ笑って首を振るだけだった。 20090608 サロメな元就様 |