dream maker's



 ――云ってはならぬ。



 唐突に訪れたのは西国の鬼と噂された男だった。手に酒と肴を持参して、正装して訪れた。

「何用ぞ」
「懇意にしに」

 にや、と左の口端を上げて笑う姿が、子どもっぽくも見えた。どっかりと座り、姿勢も悪く此方を瞳を眇めてみている。
 ふうん、と時々唇が尖っては、品定めをするかのようだった。

 ――ぱしん。

 仰いでいた扇を閉じる。そしてその先を彼の鼻先に向けてみた。

「ほう…ならば我に四国を差し出すか」
「冗談じゃねぇ」

 ふん、と胸を張って彼は否定した。憤るでもなく、諂うでもなく、ただ否定した。だが何をしにきたのか窺うには時間が足りなかった――そもそも彼は急に現れたのだ。

「ならば」
「戦は正々堂々、正面斬って名乗ってする。ただ自分が倒す相手を知っておきたいじゃねぇか」

 ――ぴく、

 目の前の男の一言に、ざわりと身の内が騒ぎ出した。聞き間違いではなければ、彼は今非常に面白い事を言ってのけた。
 扇の先を唇に近づけて、ふむ、と目の前の男を再び見据える。

「我を倒すと云うたか」
「そのつもりだけど?」
「良かろう、小童め」

 ――懇意にしてやろう。

 戦場ではないときに、彼が訪れるのを許した。ただの気紛れといえばそうだったかもしれない。
 だが今のこの現状で、それをどうして思い出すのか。









 元親の腕の中に抱きかかえられ、すっぽりと隠れながら馬に乗る。背中に彼の身体があり、胸が元就の背にくっ付いている。手綱は元親が握っている。

「なぁ、元就…ぃ」
「下らん話なら聞かないぞ」
「いやぁ、傷が痛んでさ」
「――傷」
「此処。この前、手前ぇにやられたところ」

 さ、と目の前に元親の左手が差し出される。見れば指先にかけて紅く腫れているのが解った。

「戦場ゆえ、謝らぬぞ」
「解ってるよ」

 こん、と肩に彼の顎先が乗ってくる。それに合わせて、ふわり、と風が吹いて首筋を揺さぶった。

 ――ふ。

 頬にそのまま元親の頬が近づく。拒みはしなかった。

「――なぁ、元就」
「――…ッ」
「夢って作れるのな」
「――?」
「俺、お前に逢えて、お前とこうしてることが、夢だったんだ」

 ぎゅ、と後ろから腕が回ってくる。ぴったりと密着した胸が――鼓動が、とくとくと動いているのが伝わってくる。それを背中に感じながら、元就は云った。

「夢はいつか覚めよう」
「いいや、俺は作り続けるさ」

 ――見てろよ。

 そんな風に云う男に、笑いかけることも侭ならない。それでもこのひと時を失いたくないと願う自分がいた。

 ――云ってはいけない。

 それを云えば、何かが変わる。

 ――云ったら、覚める。

 だから、云わずにいるしかない。元就は瞼を落とすと、吹いてくる風の中の彼の匂いを嗅ぎ分けるように、そっと息を吸い込んだ。









20090602/090614