夏日到来



 まだ五月だというのに、陽は燦燦と照り続けている。
 それを見上げて元親は目元を眩しそうに細めた。手で影を作っても、辺りに反射している光は強い。

「暑ぃ……――」
「貴様の鍛錬が浅いせいではないか」

 縁側に座っている元親とは打って変わり、邸の中で書物を読みながら元就が口を開く。合間に、ぱらり、と柔らかい音が聞こえた。元親は元就に背をむけたまま、縁側に座って足をばたばたと動かした。

「鍛錬とかの問題じゃねぇよ、元就」
「我は暑くもなんともない」
「ええー?手前ぇ、もしかして人間じゃねぇんじゃ…」
「元親、今すぐ焼き滅ぼされたいか?」

 ぎら、と元就の視線が流され、元親に焦点を合わせる。それを肩越しに見て、元親は手をはらはらと動かした。今此処で戦うのは勘弁して欲しい。

「――遠慮する」
「そうか、残念だ」

 とん、と書物を閉じ、積み重ねられている一冊に手をつけながら、元就は座ったまま動かない。そばに置かれた茶に口をつけてから、元親は再び空を見上げた。そしてふと自分の腕に視線を動かす。

「でも本当に暑いぜ、今日は。見てみろよ、もう日焼けしてきてる」
「日焼け…?」
「ああ、腕とかよぅ」

 ぱ、と腕を持ち上げて見せると、元就は書物を読むのをやめて、膝を動かして縁側に向いた。元親がぽつぽつと話しかけるせいで集中できないのだろう。眉間には微かに皺がよっている。

「――貴様、露出が激しいせいで陽をまともに浴びているではないか。そのせいで暑いと気付かぬのか。隠せ、今すぐ」
「――海の男に脱ぐなって言う方が野暮だぜ」
「ならばそのまま土焼けになってしまえ。いっそのこと日輪の恵みと日差しを受け続けるが良い」

 べえ、と舌を出してみるが元就も負けることはない。ふん、と鼻先で笑い飛ばすと、するりと流れるような動きで立ち上がり、元親の傍に再び座る。それを見計らって元親が声をかけた。

「元就は?」
「は?」
「お前は、陽に焼けねぇの?」
「――わざわざ焼きたいとは思わぬ」

 元就に伸ばした手を、ぴしゃり、と叩き落とされながら、元親は口を尖らせた。

「まあ、そうか…焼いたら、お前の綺麗な肌が変わっちまうもんな」
「――…元親」

 後ろ手に手を付きながら、振り向くようにして元就に視線を向ける。

「俺、お前の絹みたいな肌、好きだぜ」
「――――…ッ」

 カッと元就の頬が赤くなった――それを見ながら、もう一度手を伸ばす。今度は叩き落とされはしなかった。
 ゆっくりと手を動かし、元就の頬からこめかみ――さらに耳の後ろへと滑らせる。

「だから焼くなよ」
「――――」

 愛しむように、ゆるゆると頬を撫でていると、元就の肩が微かに震えていた。そして耳がどんどん赤くなっていく。

 ――ばし。

 勢い良く撫でていた手を振り払うと、元就が立ち上がった。

「元就?」
「煩い、馬鹿者」

 踵を返して邸の中に向う元就の耳は、どんどん赤さを増していった。それは陽に焼け始めた元親の肌よりもずっと紅かった。










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