漂泊




 ――誘惑したのはどちらだった?

 指先が動いて、そっと元親の眼帯を外す。それを抗うことなくうけて、元親は瞼を閉じた。頭を元就の膝の上に乗せている。
 膝に頭を乗せたままで腕を伸ばし、元就の顎先から頬に触れた。

「泣くなよ、元就」
「泣いてなどおらぬ」

 見上げることは叶わない。
 あまりにも瞼が重くて持ち上げられない。ただゆるゆると撫でてくる元就の手が、自分の頬、顎、首筋へと伸ばされる。
 そして首に両手が掛かった。

 ――ぽたぽた。

 その度に、濡れた雫が元親の頬にさしかかる。
 それなのに、彼は泣いてないと言う。だから元親もまた目を開けずにただ彼に任せていた。

「なぁ、俺の首を、絞めるの」
「解らぬ」
「どうして締める?」

 ――ぎり、ぎり。

 首に絡まる手は徐々に力を込める。
 それでも息苦しさとは程遠い強さだ。それを感じて、両腕を伸ばして彼の後頭部に手を回した。そして有無を言わさずに引き寄せる。

「口付け、くれよ」
「――…」
「お前から貰えたら、此処で死んでもいい」

 冗談交じりに言うと、馬鹿者、と叱責の声が返ってきた。それでも引き寄せる手は緩めずに、元就の顎先に唇を這わせる。
 舌先を使って、頬から、顎先から、首筋に滑らせる。

「なぁ…お前の味、もっと教えて」
「――我らが、敵ではなかったら」
「そんな弱音吐くのかよ」
「――しがらみなど、捨てられるのなら」

 ――捨てられないから。

 ほたり、ほたり、と涙が元親の頬に落ちる。手を伸ばして元就の口にわざと自分の指先を含ませた。すると、舌先が指先を舐り出す。

 ――ああ、そうか。

 元親は瞼を閉じたままで悟る。

「俺が、攫いに行く」
「――元親…」
「俺は海賊だ」

 ――攫うなんて造作も無い。

 そう笑うと、馬鹿者、と再び元就の声がした。それでも、その声は少しだけ柔らかかった。







 海底でも明かりは見えるだろう?
 俺はお前と云う、灯りを見つける。








Date:2009.05.28.Thu.22:40