憎しみは愛に



 ――貴方への愛に踊らされるなんて



「我を見下ろすな」

 眼下から辺りの喧騒を割いて元就の声が聴こえた。切りだった崖から元親が見下ろしていれば、元就は微かに目元を上げただけで此方を見据えている。

「仕方ねぇだろぅ?俺の方がデケぇんだからよ」
「――……」

 がしゃ、と肩に碇槍を抱え込み、鼻で笑いながら見下ろす。それと同時に元親たちの後ろから波濤が押し寄せる。

「そこを退け、長曾我部」
「それはできねぇ相談だな、毛利よ」

 ぎりぎりと迫る緊迫感――二人の間に陸はない。ここは四国の海だ――其処に武装して乗り込んできたのは毛利。
 船に乗ったままの姿で此方を見上げてきている。

「手前ぇよぅ…この海を渡る気はない、って言ってなかったか?」
「斯様な約事など交わした覚えはない」
「へぇ…そう来たか」

 銀色の髪が、ふわり、と風に靡いている。そしてその背後には無数に彼の仲間が迫っており、今や臨戦態勢となっていた。

 ――ざん、ざん、ざん

 規則正しいのは波の音だけだ。
 その合間にも両者の睨みあいは続く――船の足元は不安定で、ゆらゆらと揺れている。その揺らぎさえも今は止まっているかのようだった。
 す、と腕を振り払い、元就は響く声で頭上の元親に向う。

「我にこの地を寄越せ、長曾我部」
「だから…――」

 はー、と溜息をつく元親の表情は、まだ笑いを含んでいた。その笑いは嘲笑にも似ている。元親は肩に担いだ槍を地面に突き刺した。

 ――ズンッ。

 地響きが辺りに轟いた。そしてそれが合図となり、元親の背後で歓声が上がる。

「それが出来ねぇ、相談だってんだよッッ!」

 ばさばさ、と元就の紫色の衣がはためく。それを見上げながら、元就は静かに腕を動かした。

 ――スゥ。

 鈍色に光る武器が、彼を映し出す。それを自らの手元で見つめ、そして正面にいる現実の彼に向いあう。

「望みと在らば、焼き滅ぼしてくれようぞ」
「日輪の申し子だか何だか知らねぇが、海賊の流儀教えてやるぜ」

 轟く声の中、ふわりと彼の身体が崖から躍り出る。
 それに合わせて元就も船から身体を躍らせていった。










 ――貴方に逢えると知っていたから、海を渡った。そして貴方を愛したいと思ったから、憎まれようとした。
 刃と刃がぶつかり合う瞬間、互いの表情が間近になる。
 そして求めるものが一緒になる。
 その瞬間が愛しくて、胸が躍って仕方がない。それを認めることは愚かだとしても、誤魔化したとしても、この瞬間を欲してやまない。

「所詮、我は戦人。戦いの中こそが…」

 ――愛しい人にあえる場所。

 口に出せる言葉のどれほどが、彼に届くが解らない。だがこうして戦っている間は、全てが分かり合えている気がする瞬間だった。










Date:2009.05.17.Sun.10:33 /090601