鸚鵡返し





「美しかったな」
「何を唐突に」

 手にした盃を傾けながら、ゆっくりとした口調で元就が言った。それと膝を立てて杯を持て余していた元親が笑う。

「幼少の話だ」

 ちら、と切れ長の瞳を月明かりに輝かせて元就が言う。口元にはにやりとした皮肉った笑み――それを跳ね返すかのように、元親が鼻を、ふん、と鳴らして言う。

「――お前は可愛らしかった」
「白くて、細くて、儚げで」
「何にでも興味を示して、目を輝かせて」

 それぞれに幼少の頃の互いの姿を思い描く。そして正面から互いを見つめると、はあ、と大きく溜息をついた。
 まずは額に手をつけて元就が唸る。

「それが今ではこれか…」
「それが今じゃあ、これかよ」

 口をへの字に曲げて元親ががっかりとした口調で言う。だがそれに構わずに元就が先を続け、どん、と拳を元親の胸元に押し当てた。

「筋骨隆々、あの時の美しさは何処に」
「知性にあふれるが故に、死人のような目をしやがって」

 ぴん、と今度はお返しとばかりに元親の指が元就の額を小突く。
 弾かれた額を擦りながら、元就が眉根を寄せる。今の一撃が少々痛かったらしい。

「互いに成長したいと思ったものだが」
「互いに成長して争う現実だ」

 はは、と笑いながら元親が盃を煽った。そして手繰り寄せた徳利から更に酒を注ぐと、くい、くい、と咽喉に流していく。
 その仕草を見つめながら、傍にあった塩を舐め、元就が窺う。

「――酔うておるな?」
「お前こそ。なぁ、何か奏でてくれよ」
「貴様こそ、何か面白いものを見せろ」

 手にしていた徳利から、元就の杯に酒を注ぎつつ、顔を寄せる。そして眼帯を指差した。

「俺のこの左目は?」
「――火矢に焼かれた後か」

 く、と杯に口をつけて元就が返す。その言葉に元親が肩を竦めた。見せた記憶などなかった。

「あら、見せたっけ?」
「――勝手に見た」
「すけべ」
「くだらん」

 ふん、と盃を重ねながら元就が吐き捨てる。そして空になった盃を元親に向け、注げ、と促す。
 元親もそれに躊躇することなく、酒を注いでいった。
 穏やかな月夜。
 耳に届くのは、元就の言葉と元親の鸚鵡返し、それに海鳴りだけだった。

「まあ、こんな日もあるってことで」
「ふん」

 短い夜だから、こんな時があってもいい。
 互いの腹の探りあいを後回しにして、ただ盃を重ねていった。










Date:2009.05.09.Sat.23:05