別離 姫と。 呼ばれる事に躊躇い等なかった。 ――男子としても、斯様にうつくしいものなのか。 同じくらいの年頃の子どもはそういって、昼寝の最中のこの髪を撫でてくれた。子供同士、広い邸の中で大人達の思惑を聞きながら、そしらぬふりで午睡にふける。 「ねぇ、私が本当におなごだったら?」 「――嫁にでも貰ってやろうか」 「あらいやだ、婿には来てくださらないのですか」 「我にこの海は渡れぬ」 「どうして?」 「なんとなく」 ころころと転がる畳の上で、指先が伸びてきて、大人びた物言いを押し隠すようにたどたどしく触れる。 「気持ちが良い…この、髪」 「この髪が好き?」 「好きだ」 「私は?」 「――」 「応えてくれないんだね、松寿丸」 少し寂しくなって肘をついて寝転ぶ彼の顔を覗き込んだ。そしてその顔色が、ほんのりと朱を帯びているのを観て満足する。 「云ってくれなくても良い」 「弥三郎?」 「貴方が好きと言うのなら、この髪を切らないでおくね」 微笑んで背中を付けて寝転んだ。薄い着物にしきりに熱い体温が伝わってきていた。 でも。 もう子どもではいられない。 「ごめんなぁ…お前がスキだって云ってたんだけど」 海の向こうに向って小刀を手にした。そして彼が好きだと云ったこの髪に手を添える。スキだ、スキだ、としきりに髪を撫でてくれた。 それだけで充分だった。 「俺もスキだったよ、お前の声が」 ――ざく。 はらはらと足元に柔らかい銀色が広がる。それを見ないようにしながら、海の向こうを見据えた。 「俺はお前への気持ちを此処で断ち切ってやろう」 もし。 戦場で見えても迷わぬように。 070709(瀬戸内・幼少期) |