うるわしきひと




 いつもは自分の方からばかり求めている気がする、と政宗は思った。夜半の月を見上げながら、しっとりと酒を咽喉に流し込みながら、隣にあいた空間を見詰めてそう感じる。

 ――この俺を手玉に取れるのはあいつくらいだ。

 翻弄させるのは己の方でありたいと思う男心に、彼のこととなるとそれも侭ならず、どうしても振り向かせたくて仕方なくなる。

「たまには…強く、求められてみてぇなぁ」

 誰に、とは言わない。
 言わずとも知れるというところだ。
 奥州筆頭という立場、そして伊達家の当主たる自分に言い寄るものなど数多いる。だがそんな風に求められるのではなく、ただ無性に「欲しい」と云われてみたい。

「俺、女々しい…かな」

 酔いが廻ってきたか、と片足だけ立てていた膝に額を押し付ける。
 月が浩々と照っており、白く光が降り注ぐ。その光を浴びながら、はあ、と吐息を吐いていると、ふわり、と肩に温もりを感じた。

「――?」
「政宗様、お風邪を召しますぞ」
「――ッ、小十郎?」
「はい?」

 肩に掛けられた羽織に、驚いて振り向く。誰も居ないと思って散々口に出してしまっていたことを思い出して、ぶわ、と背中が熱くなった。
 だが小十郎は構わずに政宗の隣に座る。

「お前…今日は戻らないんじゃ…?」
「遅くなりましたが、貴方様のお顔を拝したいと思いまして」
「なんだよ、帰って疲れを癒せよ」
「政宗様のお顔を見ているほうが癒されます」

 ――これ、頂いても?

 照れ隠しに政宗が唇を尖らせると、小十郎は笑いながら政宗の盃を指差す。勝手にやれ、と手を払うと、くい、と咽喉に流して小十郎は「ふう」と声を出して嘆息した。

「お帰り、小十郎」
「はい、只今戻りまして。貴方様の足となり、書状を届けるにも一苦労でございます」
「ほざけよ」
「ふふ…」

 揶揄される言葉に、ふい、と貌を背ける。すると直ぐに頬に温もりが触れて、軽く貌を彼の方へと引き寄せられた。

「小十郎…?」

 呟く言葉が酒の味に満たされる。触れた唇が一度離れかけ、そのまま深く重なり合い、隙間を縫うように舌先が滑り込んできた。

「ん…――」

 小さく吐息混じりに息を吐きながら、そろりと腕を廻す。彼のしっかりとした背に腕を添えて、徐々に深くなっていく口付けに、くらり、と頭が揺れた。

「政宗様…――っ」
「ぁ、ちょ…、小十郎?」

 ぎゅっと強く抱き締められる。それと同時に帯が、しゅる、と解かれたのに気付いた。

「おま…こんな処でッ」
「駄目ですか」
「駄目とか、そうじゃなくて…どうしたんだ?」

 言い様にもしゅるしゅると帯が解かれ、素肌に小十郎の手が滑る。びくり、と胸元を震わせると、彼は自分の膝の上に抱え込むようにして政宗を引き寄せ、ぐっと貌を寄せた。

 ――ちゅう。

「は…ッ、あッ」

 胸元の飾りを爪先で弾かれながら、彼の唇が素肌を吸い付きながら下降する。不意に訪れた刺激に声を上げてから、政宗は思い切り小十郎の頭を抱え込んでしまう。

「…何か、あったか?」
「いえ、月明かりの下の貴方様に不安を覚えまして」

 徐々に息を弾ませる中にも、彼は性急に下肢にまで手を伸ばしてくる。緩く与えられる刺激に簡単に反応してしまうのが悔しい。しかし至極真面目に小十郎は政宗の腹に吐息を吐き出しながら呟く。

「まるで竹取物語のように、月にでも攫われてしまうかのように、麗しく」
「な…――っ」

 がば、と身体を反らせると、逃げるのを赦さないように小十郎が強く腰を支えて、ひやりとした縁側に仰向けに引き倒された。

「いっそ只人の私の手で、地に堕として差し上げたく」

 ――ただの嫉妬です。

 乗り上げながら告げてくる小十郎の背後に月が浩々と照っている。月を背負う小十郎が、まるで捕食する獣のような瞳で此方を見下ろしていた。

 ――こいつのこういう処、狡い。

 こうして求められたら拒めない。でも許しを出すのはいつも自分だ。もっと激しく求めてもいいのに、とさえ感じてしまう。

「馬鹿野郎…」

 政宗はそう呟くと腕を彼の首に廻して、眩しいほどの月に瞼を下ろした。そして彼を受け入れるべく、そっと身を仰け反らせるようにして触れさせていった。








2010.11.18./120416up