雨の日の小話



 ――雨の日に両肩を濡らして。



 空を見上げて、これは一雨来るな、と舌打ちしてしまった。すると空かさず小十郎は歩を早めて近づいてきた。

「政宗様、雲行きが怪しくなってきております。そろそろ戻りましょうか」
「Okey!俺もそう思っていたところだ」

 城下を共に歩きながら視察していく。仰々しくではなく、気軽に民に声をかけながら道々を歩きながら廻っている最中だった。
 下馬して歩いているうちに、かなり中まで入り込んできてしまった――空を見上げながら、しまった、と思った時には遅かった。政宗と小十郎は共に足早になりながら、馬の元に向っていった。

「…………」

 ざ、ざ、と道を踏みしめる音だけが響いていく。先程までは饒舌なほど語りながら歩いていたというのに、こうして急ぎ始めると無口になってしまうものだ。

 ――ぱら、ぱらぱらぱら…

「shit!降ってきやがった」
「酷くならないうちに急ぎましょう」

 斜め後ろから、ずい、と身体を寄せて小十郎が近づく。先程よりも近くになった声音に、一瞬だけびくりと身体が震えたが、彼には気付かれてはいまい。

 ――不意打ちは心臓に悪いぜ。

 歩調を速めると今度は狙っていたかのように、ばらばら、と雨音が大きくなってきた。駆け足にも近くなり始めると、不意に背後から強く後ろに引っ張られた。

「な…小十郎?」
「失礼」

 ひょい、と小十郎は政宗を横抱きにすると、身を屈めて羽織をばさりと拡げる。そして政宗をその中に護るようにして入れてしまう。

「お前…濡れるぞ?」
「構いませぬ。しばしご辛抱あれ」

 言いながら小十郎は走り出していた。彼の足元で、ばしゃばしゃ、と泥が跳ねる音がする。それを聞きながら天頂に響く雷鳴を振り仰ぐ。政宗は腕を彼の背に回して、ぴた、と頬を寄せた。

「――…ッ」

 小十郎の駆ける足が少しだけ緩まる。だが直ぐに彼は息を吸い込むと、足を速めていく。
 雨の飛沫が頬に飛び跳ねてくるが、政宗の身体が濡れそぼることはない。だがいつも、こんな時は、小十郎の両肩は彼の分も濡れていく。全てを分ち、護るようにして、いつも彼は其処にある。

 ――俺は贅沢者だよな。

 抱き締められながらそんな風に思い、走る男の顔を見上げた。

「Hey、小十郎」
「何でしょうか?」
「還ったら…一緒に湯浴みでもしねぇか」
「――――…ッ?」

 くすくすと笑いながら誘うと、あからさまに小十郎は動揺していく。だが其れを見上げながら政宗は満足そうに、決まりだな、と告げていくだけだった。











2010.05.26/100826 up