sweet honey,bitter darling





 邸内の回廊をそろりと歩いていく。
 秋気に身を震わせながら、政宗は歩く速度を上げたり下げたりしていた。こんな夜更けに一人で歩いていたら、いつもならば誰かしらに怒られるのはわかっている。

 ――でも、どうしてもって時だってあるんだよ。

 両手を袖の中に入れながら、心持ち浮き足立って歩いていく先には、小十郎の部屋がある。
 もう夜も更けている――たぶん小十郎は既に休んでいるだろう。

 ――こく。

 そう思うと咽喉が期待に鳴る。
 ただ眠りにつく際に、寒いと感じた――寒いと感じてしまったら人肌が恋しくてたまらなくなった。
 ただそれだけなのだが、こんな夜更けにどうしようもない。
 ほてほてと冷たい回廊を歩きつつ、政宗は小十郎の元に向かっているのだ。

 ――そいえば小十郎の寝顔なんて、滅多に見てねぇ。

 回廊を歩きながら思いつくと、今度はどうしても彼の寝顔を見てみたくなった。
 そうこうしている内に政宗の目当ての部屋の前に来る――だが、そこで既に政宗の思惑は殆どが無に帰した。

 ――明かりが点いている。

 まだ寝ていないのだろう。それどころか、誰かが居たらどうしようか。思案にふけりながらも、そろり、そろり、と足を向けて行く。
 ゆらゆらと障子に灯火が揺れていた。

「――――…」

 ゆっくりと音を立てないように政宗は小十郎の部屋の前に座り込んだ。すると中から、ことん、と筆をおく音が聞こえた。

 ――まだ、仕事してんのかよ。

 ふ、と中から溜息が聞こえた。疲れているのかと思うと、何だかすまないような気がしてしまう。政宗は膝を抱えて障子に寄りかかろうとした。
 だが寄りかかろうとした障子が、次の瞬間にはなかった。

「ふぎゃッ!」
「あ、政宗様?」

 ごつん、と背後に倒れて後頭部を打ち付ける。仰向けに倒れこむと障子を開けたばかりの小十郎が慌てて膝を折った。

「どうしたのですか、こんな夜更けに」
「痛てぇ…ッ」
「これは…大丈夫ですか?」

 抱き起こされながら打ち付けた頭を撫でて行く。そしてそのまま政宗は小十郎の胸にしがみ付いた。

「ま、政宗様?」
「あー…ぬっくい」
「は?私は懐炉ですか?」
「だってよ、寒いんだ。だから…その、熱くなりたいな〜てな」
「――――…」

 はは、と笑いながらしがみ付いていると、小十郎の動きが止まった。政宗の両肩に手を乗せて、ぐい、と引き剥がす。

「小十郎?」
「ははぁ…解りましたぞ」
「な、何だよ?」
「夜這い、かけに来たのでしょう?」
「――――ッ!」

 ぼん、と政宗の顔に火が灯った。それを見て小十郎がにやりと口元に笑みを浮かべる。だが直ぐに諌めるようにして、溜息を吐かれてしまった。

「図星ですね?まったく貴方と云うお人は」
「ば…ッ、だって!今すぐ小十郎が欲しいって思っちゃいけねぇのかよ!ああ、もう良いよッ」

 政宗はがばっと身体を起こして身を翻そうとした。だがその腕を掴んで小十郎が見上げてくる。
「政宗様」
「何だ…――ッ」

 ――ぐい。

 身体のバランスを崩すほどに強く引き込まれ、再び小十郎の胸の中に飛び込むことになる。そして間髪居れずに唇をふさがれた。

「ん、んん…」

 は、と息を吐きながら顔を起すと、正面から真剣な顔をした小十郎にせまられる。

「本当に、熱くなりたいので?」
「――…あ、」

 応えずにいると、耳朶に掠れた声で囁かれる。くるりと耳朶から耳孔に舌が差し込まれ、びくん、と身体を震わせると、其処に向けて落とした声音で囁かれた。

「身も世もないくらいに、喘いで、痴態を晒すことになっても?」
「うううう、煩いッ!言葉攻めなんてしてくるなよッ」

 ばし、と小十郎を振り払うと、彼は「悪戯が過ぎました」とくすくすと笑ってみせた。そして再び政宗の腕を引き、優しく引き寄せる。

 ――温かい。

 馴れた温度に身を任せていると、さらりと秋気が肌に触れる。小十郎は後ろ手に障子を開け、政宗を誘う。

「とにかく、中に入りましょうか」
「――馬鹿野郎〜…満足出来なかったら承知しねぇからな」
「御意のままに」

 政宗は小十郎にしがみ付いたまま、その温もりに浸っていく。そして小十郎は優しく政宗を中に引き寄せると、中の灯りを吹き消していった。















090921 夜這いに失敗する筆頭が書きたかったんです。