I will die for you 残暑の厳しい頃だったと聞いたことがある。 「政宗様、おめでとうございます」 「――?何がだ?」 一番に政宗の姿を見つけた時、小十郎は頭を下げていった。だが政宗には思い当たる節が無い。 「お気づきになりませんか?」 「何か、目出度いことでもあったか?」 鍛錬用の白い着物を着たままの政宗が、小首を傾げる。その手には木刀が握られており、とんとん、と肩を叩いていた。 「思いつくままに、小十郎めにぶつけてみませんか。見事当たりましたら、貴方様の望むものを差し上げましょう」 ――しかしながら、この小十郎があげられるものだけですが。 「俺がわからなかったら?」 「私の望むものを頂きます」 謎説きのように告げると政宗は、乗った、と嬉しそうに口元を吊り上げた。 縁側に座りながら、政宗はうーんと唸り続ける。 「馬…いや、それは先日既に貰ってるしなぁ。真田との決着…着いてねぇな」 「他には」 「うーん…歌会は滞りなく済んだし…愛は気ままにしているし…」 「まだまだありますでしょう?」 「成実との飲み比べはいつも俺が負けてるしなぁ…そんな小さいことじゃねぇよな?」 悩む政宗は目を閉じてしまっている。そして顎先に手を当てて、うんうん、と唸っているが、思い出すものは比較的平和なものだ。 小十郎はそれでも彼が呟くに任せていた。 「一つだけ、一つだけヒントをくれ」 「一つ、ですか」 ぱち、と瞳をあけて政宗が詰め寄る。小十郎は茶を入れながら、ふふ、と咽喉の奥で笑った。 「ひとつでいい」 「ならば、今日にかかわることです」 はい、と湯飲みを差し出すと、政宗はきょとんとしてから、あ、と小さく声を上げた。 「解りましたか?」 「――…解った。でも、歳はもう年始にとったし」 「それでも、貴方様が産声を上げられたのは、今日でございますよ」 「いつ、知った?」 「ずっと前に」 ず、と政宗は湯飲みに口をつけて聞いてきた。小十郎は茶請けの干菓子を皿に載せて差し出すと、にこりと笑ってみせる。幼少の折から仕えているのだ。知る機会はいくらでもあった。 時勢的に、この時分は個人の誕生日が重きをおかれていないとしても、小十郎にとっては彼が息吹を得た日は、かけがえのないものに思えていた。 政宗は腑に落ちないようだが――とん、と小十郎の肩に自分の肩を寄りかからせる。 「これ、一応俺の勝ち?」 「ええ、そうですね。何をご所望になりますか」 触れた肩を、背に腕を回して引き寄せると、政宗は小十郎の腰に腕を回してくる。 「ひとつだけなら…」 小さく呟きながら、ずるずると政宗は身体を沈みこませ、小十郎の膝に頭を乗せた。 「俺は、お前の死ぬちょっと前に死にたい」 「――政宗様?」 驚いて小十郎が膝の上の政宗を見下ろす。すると政宗は銀灰色の瞳を、きらりと光らせてから、小十郎を見上げてくる。 「お前においていかれる俺なんて、想像できないんでね」 「――……」 にや、と政宗が口元を吊り上げる。 そしてゆっくりと身体を起こすと、小十郎の鼻先に顔を近づけて、彼の後頭部を引き寄せると額を、こつ、と付き合わせた。 「置いて行くな、ずっと傍に居ろ。どんな言葉でも、どんなことでも、してみせるから、耐えて見せるから、俺の…――俺のことを」 ――愛していてくれ。 静かに、ただ真摯に言い募る。 小十郎がそのまま政宗を引き寄せて唇を奪う。すると、政宗の腕が絡まってきた。 「そのお約束、畏まりました」 「忘れるなよ、小十郎」 ふふふ、と楽しそうに政宗は笑った。必ず叶うとも知れない望みでも、そうであってほしいと願うしかない。 強く、今抱いている身体が、思い出に変わらないように、しっかりと刻み付けていくだけだった。 了 090803 wrote/ 090906 up 筆頭お誕生日おめでとう! |