ファントム・ペイン





 雨の日は身体がうずく。
 夏の雨に濡れた外を見ながら、政宗が片足を抱えて身体を折り曲げていると、じくじくと身の内が疼いて来るようだった。
 政務が一通り済んだのを見計らって、小十郎が盆に茶を入れて持って来る。

「どうしました?」
「疼くんだよ」

 小十郎が傍らに盆を置き、蹲っている政宗の額に手を当てる。その手が少しだけ政宗よりも冷たくて、政宗は瞳を閉じていく。
 熱は無いみたいですね、と小十郎が言いながら額から手を離そうとする。離れていく手を――手首を掴みこんで政宗は再び、疼くんだ、と苦虫を潰したように云った。

「それは…もう無い痛みでしょうに」
「それでもだよ」
「――…」
「古傷が痛んで疼くんだ」

 小十郎が政宗につかまれたままの手を、掌をゆっくりと彼の頬に滑らせる。その感触を瞳を閉じて、まるで猫のように擦り寄りながら感じていく。
 小十郎は馴れたもの、として政宗の痛みをただ見つめている。

 ――あの時だってそうだった。

 こんな右眼は要らないと、自ら目を潰した。だが潰しきれなかった――力が足りなかった。そんな中でこの右眼を抉り取ったのは小十郎に他ならない。
 政宗はゆっくりと小十郎の手を離しながら、瞼を押し上げた。

「幻肢痛って知っているか?」

 政宗が立てた膝に片肘を乗せて小十郎に問う。しかし彼はただじっと政宗に視線を注いでいた。それを確認してから、政宗は口を開いた。

「もう無い身体の一部が痛むってやつだ。まぁ似た様なもので、植物なんてのは千切ってもその形にエネルギーを出しているって言うじゃねぇか」
「えねるぎー?」
「生命力さ」

 聞きなれない言葉に、たどたどしい発音が返ってくる。彼の口から飛び出した言葉に、ふくく、と政宗は咽喉の奥で笑った。
 お前にはEnglishは似あわねぇな、と呟くと、然様で、と小十郎も口元を綻ばせた。
 政宗は自らの右眼を掌で覆う――眼帯の下の空洞が、それでもまだ疼いてくる。

「母上の胎内に戻った俺の右目が疼くんだよ」

 ――こんな日はよ。

 雨がしとしとと降っている。時折強く打ちつけ、気ままに雷雨を振り撒く空は、夏の嵐だった。夕方には土砂降りになる日が続いていた。そして昼からは、しっとりと濡れた――それでいて雨の湿度を含んだ空気が、まるで身体にまとわりつくようだった。
 ふう、と溜息をついてから、小十郎は少しだけ視線を落とした。たぶん小十郎もまたあの時の事を思い出したのだろう。

「あれは元より必要のないものでありましたでしょう」
「――そう云われるな」

 かたん、と政宗が傍にあった煙草箱を指先で手繰ると、その手を今度は小十郎が止めに入る。煙管箱を追いやって、小十郎が膝を詰めてくる。身を乗り出しながら、腿に手を当てて背筋を伸ばす姿が、凛として落ち着いている。思わず見惚れてしまっていると、小十郎は政宗を見据えた。

「私が貴方様の右目でしょうに」
「そう…だな」

 自分の今の右眼はこの目の前の男だ――それは重々承知の上だ。だがこの身体の疼きをどうしたらいいのか判らない。
 じわり、じわり、と内部から蝕まれていくかのような感覚だ。それをただ噛み殺してくのは余計に生殺しに思える。
 小十郎は、政宗様、と腕を伸ばしながら言った。

「貴方様の右目が疼くというのなら、その空洞を埋めて差し上げます」
「やらしいな」

 ふふ、と彼の真摯な姿勢に胸を熱くしながらも、云われた内容の濃さに照れが先立つ。政宗が口元に拳を当てながら、肩を揺らすと、ふっと影が降りた。

「幻ではなく、今此処にあるという…本物の傷みを感じて頂くがよいかと」
「だったら俺に感じさせてくれよ」

 近づいてきた小十郎の身体に腕を伸ばす。背中に壁の感触と、彼の強い腕の感触を感じながら、政宗は腕を伸ばして小十郎の首に絡めていく。

「貴方様の痛みが――疼きが消えるまで」
「小十郎…――」

 近づいてきた鼻先に顔を傾け、啄ばむように唇を吸いあう。
自ら足を開くと、ぐっと小十郎の背に回された腕が動いて引き寄せてくる――そうすると彼の腿の上に腰を乗せるような姿勢になる。
 小十郎の首に絡めた腕を、するりと動かして彼の頬に掌を添える。そうして角度を変えながら何度も唇を合わせた。

「ふ…――ぅ、ん」

 動かされる身体の向きに、吐息が漏れる。小十郎の頬に添えていた手を再び伸ばし、小十郎の頭を抱え込みながら、唇を重ね合わせる。その間に小十郎の手が後ろから滑り落ちてくるように臀部に這わされた。

「っ、あ…――、は、ぁ…――」
「政宗様…」
「やべぇ…――気持ちいい」

 ぶる、と肩を揺らしながら政宗が小十郎の肩口に額を摺り寄せる。すると政宗の耳朶に、ぬる、と彼の舌が入り込んできた。その刺激にまた身を震わせ、咽喉を仰け反らせると噛み付くかの勢いで、咽喉仏の辺りから舐め上げられる。

「政宗さま、こちらを…」
「ん…――」
「此方を向いてくださいませ」

 掠れて行く小十郎の声に導かれて、ゆっくりと頭を戻すと、顎先から滑るようにして口付けられていく。

 ――ヤバイ…身体中が疼く。

小十郎の手が、口付けている合間に、ぐにぐにと臀部を揉みこんできて、更に割れ目にそって潜り込まされて来ると、その合間にある後孔に指先が触れた。

「んん…――、ちょ、いきなり、かよ?」
「たまにはこういうのも好いかと」

 唇を離しながら後ろに潜り込んで来る小十郎の手を掴みこむ。
 小十郎の膝の上に乗り上げながら、焦ると小十郎は口元をゆがめて笑む。そう話しながらも手が動いているのを止められない。

 ――ぐに。

「ァ…――ッ、ん」

 指先が後孔に触れて潜り込んでくると、腰が撓って上体を起こしていられなくなる。くた、と小十郎の右肩に額を預けて身体を折り曲げると、死角の右側から小十郎の唇が頬に触れてくる。頬に滑らせられるように触れる唇の感触が気持ちよい。

「は…ぁ、ちょ…待て」
「待てと言われましても」

 ふふ、と楽しげに小十郎が囁く。政宗が瞼を引き下ろして彼の肌と、熱く触れてくる吐息に感じていると、中に潜り込んできていた指が爪を立ててきた。

 ――がり

「痛…――ッ」

 びり、と後孔に痛みを感じて身体を硬直させる。だがそれがまた刺激的で、はふ、と息を吐くと政宗は小十郎の胸にしがみ付いていく。

「は…――ヤべぇ…」
「どうされました?」
「今の、快い…――痛いのも、なんか感じるな」

 ふふ、と間近で笑うと、困ったお人だ、と小十郎が笑う。だが徐々に彼の身体も熱くなってきているのが、重なった肌から知れる。それなのに常と変わらない顔つきに苛つく。

 ――乱してやりてぇ。

 思わずムッとして政宗はそんな風に考えた。そして手を伸ばして小十郎の頭を引き寄せた。

「小十郎…――」
「何でしょうか…――?」

 ――ぐしゃぐしゃ。

 政宗は思いつくままに小十郎の髪を掻き回した。すると咄嗟のことに驚いたのか、切れ長の瞳が見開かれる。

「お前、素面でなんかで、いるなよな」
「――――…」
「俺を抱いているのに、素面の面なんて見せるんじゃねぇよ」
「これは失礼」

 ふ、と目頭に皺を寄せて小十郎が笑い出す。くしゃくしゃの髪の彼を見るのも特権と思いながら、政宗はそろりと小十郎の服の中――下肢に手を差しこんで、彼自身を握りこんだ。すると、ひく、と小十郎の身体が固まる。
 その事に機嫌をよくして政宗が腰を徐々に落としていく。ぐぐぅ、と準備も殆どしていない後孔に彼を押し付ける。
 ぴり、と引き攣れるような痛みが走り、知らず瞳に涙が浮かんでくる。

「まだ、早いですよ…政宗様。痛むと、思いますが」
「もういいよ。どうでもいいから、速く…――」

 ――ぐっちゃぐちゃに抱いてくれ。

 気遣う小十郎に、性急に求める。すると、小十郎は腰を掴んで引き上げると、深く唇を重ねてから、本当に困った人だ、と呟いていくと強く政宗の身体を揺さ振っていった。





 ――与えられる痛みは、現実のもの。
 此処に貴方がいて、私が居る、その現実を教えてくれるもの。










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