氷砂糖






 邸の庭木を手入れしていると中から政宗が手招きをしてきた。

「yo!小十郎、ちょっと来い」
「何でしょうか?」

 頭に巻いていた手ぬぐいを振りほどき、歩を進めて縁側に近づく。縁側の高さを持ってすると政宗の方が僅かに高い位置に来る。見上げると政宗は腕を組んで――両腕を袖の中に入れたまま、顎先で自分の足元を指し示した。

「横になれ」
「は?」
「横んなれよ」
「はぁ…」

 何事かと思ってしまう。小十郎は流れてきていた汗を拭うと、縁側に腰掛ける。そして其処に上半身だけを横にして横たわる。

 ――何を思い至ったのか。

 小十郎が横になると政宗も膝を折り、小十郎の傍にいそいそと膝を寄せてきた。そして小十郎の頭を自分の膝に乗せると嬉しそうに、口元を吊り上げた。

 ――膝枕だ。

「あの、政宗様?」
「黙ってろよ」
「しかし…――」
「それと、ちゃんと頭を膝につけろ」

 ――軽いんだよ。

 べち、と掌で額を叩かれる。確かに全体重を掛けるわけにはいかないと、頭を浮かし気味にしていた。彼のしたいことは解ったが、どうしていきなり膝枕なのかが解らない。苦笑しながら見上げていると、政宗は楽しそうに小十郎の耳を弄ったり、頭を撫でたりしている――これでは膝に乗る猫と変わらない。

「一体、何の気の迷いで?」
「何、小十郎を甘やかしたくなっただけよ」

 くくく、と政宗は咽喉の奥で笑いながら見下ろしてくる。青灰色の瞳が、光を弾いてきらりと光っていた。小十郎は「そうですか」と言いながらも足元で草履を脱ぎ捨て、ひょいと足を縁側に乗せた。そして「よ、」と声を掛けながら身体の向きを変えて、政宗の腰を抱え、腹に顔を近づけると、擽ってぇ、と政宗はけらけらと笑い出した。

「――なぁ、まだ陽は高いよな?」
「そうですね。でも、お望みなら甘やかせて差し上げましょう」

 政宗の腹に鼻先をつけて瞳を閉じると、ふわりと煙草の匂いがした。そうしてしがみ付いていれば、嬉しそうな政宗の声が降って来る。

「ALL−right !」

 政宗が言うのと、小十郎が強く背を引っ張るのが同時だった。あっという間に縁側の上に政宗を仰向けに倒す。二人並んで横になっていると縁側がやたらと狭い。小十郎は肩肘をたてて、寝る子をあやすように、ぽんぽん、と政宗の胸元を軽くたたく。

「真田…あいつ、どう思う?」
「どうもこうも、立場的には私と同じでしょうね」
「――…」

 ころん、と身体を反転させて向き合うようにして横になる。昼日中からごろごろと横になるのは何時ぶりだったろうか――戦場にある時のことを思い、小十郎は静かに瞳を伏せる。脳裏にあの甲斐の若虎が浮かぶ。まだ若く、血気盛んな青年だ。

 ――俺にもあんな時があったなぁ。

「何となく判ります。ですが彼はまだ若い」
「だよなぁ…俺、お前で良かった」
「――…?」

 ぱち、と伏せた目を開けると間近で政宗が微笑んでいた。そして手を伸ばして小十郎の右目に触れる。触れられたままに、その手を掴んで掌に口付けると、す、と彼の青灰色の瞳が眇められた。

「この右目を預けたのが、お前で良かったよ」
「政宗…さま」

 ふわ、と風がゆれるほど、さり気なく――政宗は身体を伸ばすと小十郎に口付けてきた。触れてくるところが何処も彼処も甘く溶ければいい――互いで互いを抱きしめあいながら、昼下がりに甘く堕ちて行った。












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