寝ても覚めても 八十八夜も過ぎた頃、茶を煎る香りを身体に染み付かせて小十郎が政宗の元を訪れた。小十郎は政宗に微笑みかけながら云う。 「良い茶が手に入りまして」 「もう新茶の季節かよ」 窓辺で煙管をふかしていた政宗は、ちらり、と彼の方を見た。小十郎はうれしそうに、はい、と答える。政宗は煙管箱を引き寄せ、その中に灰を落とすと腰を上げた。 そのまま此処で茶を煎れるものと思いながら彼の傍にいくと、合わせるように小十郎は立ち上がり政宗の肩に羽織をかけた。 「――…出かけるわけじゃねぇぞ?」 訝しく思いながらも袖に腕を通す。すると背に手を当てて小十郎が先を促した。 「煎茶にも作法はあります、まずは一服差し上げたいが…」 ――茶室で。 確かに茶室の方が風情がある。静かに庭を眺めるのも良い――調度、政務がひと段落した所だ。此処で寛いでおいても罰は当たらないだろう。政宗は促されるままに頷いた。 「じゃあ、一服、貰おうか」 茶室は基本的に入り口からして狭い。入り様にはあれこれと文句を言ったが、いざ湯が沸いて茶具敷が広げられると静かに政宗は正座をして待った。 茶室には僅かに光が差し込んできて、障子から映る鈍い明かりが彼の左側から差し込んできていた。 作法に倣って小十郎が煎茶を煎れ、右手で茶託に茶器を乗せ彼の前に差し出す。そして居住いを正して口上を述べた。 「煎茶、点前、一煎差し上げます」 返礼し、茶托から茶器を手に受ける。そして押し戴いてから、すい、と彼は咽喉に一口流した。そして一度茶器を手に受けたのを見計らい、窺いを立てる。 「如何ですか」 「結構。――なぁ、もう一煎くれよ」 「はい。今年の茶はよく出来ていますね」 応えると今度は砕けた物言いで政宗は微笑んだ。その合間にも、くい、と茶を飲み干す。彼の口に合ったことを喜びながら、再び煎れていると政宗は膝を崩した。 「もう作法抜きで良いだろう?」 「また貴方様は」 先程までの佇まいが嘘のように砕けてしまう。それに溜息をついて「堪え性がないのはどうしてでしょうね」と皮肉ると、ハン、と鼻で笑われた。 「あんまり畏まってると緊張する」 「何にです?」 すい、と二煎目を差し出して問うと、彼は懐から扇子を取り出し、小十郎に向って指し示してきた。 「小十郎に」 「――ご冗談を」 ふふ、と口の中でくぐもった笑いを零すと、不服そうに反論してくる。ぱちん、と扇子を開いてから直ぐに閉じ、音を立てる。そしてその扇子を政宗自身の頭の方へと向けた。 とんとん、と自分の頭を指し示す彼の瞳は、逸らされることなく小十郎に向ってきていた。 「冗談なんかじゃねぇよ。今の点前中の俺の頭ん中、知りたくねぇ?」 「――…禄でもないのでは?」 はぁ、と溜息をつくと、満足そうに片方の頬を釣り上げ笑う。そして扇子をそのまま懐に収めると、腕を組んで身を乗り出してきた。 「…かもな。お前の指が、長いな…とか。爪、綺麗に整えてるな、とか。首筋がくっきり出てて色っぽいとか、伏せた目とか最強にカッコいいとか…」 「そこら辺で勘弁して下さい」 つらつらと恥ずかしげもなく言ってのける政宗に、耐え切れずに静止の声を入れる。片手で額を押さえると、けけけ、と意地悪く笑って見せていた。 そんな政宗にかまって茶道具をそのままには出来ない。小十郎は「もう片付けますよ」と云うと、再び作法に倣って片付けていく。それを政宗は黙して――しかし既に居住まいは崩したままだ――じっと見つめていた。 全て仕舞い終え、す、と頭を下げると、ぽつ、と政宗が言葉を発した。 「静かなんだけどよ…この静寂を割いてしまいたい」 「政宗様…――」 ――とん。 顔を上げかけると同時に、胸元に彼の手が迫ってきた。不意を付かれて体勢を崩し、背を逸らせる。そして手をそのまま小十郎の首元に宛がうと、政宗は膝に乗り上げるようにして迫ってきた。 ――ぐ。 強い力が小十郎の身体を畳の上に沈ませようとする――しかしそれを阻むように彼の腰に片手を添え、もう片方の腕で自身の身体を支えた。すると見下ろしながら顎先を上向かせ、政宗が嗤う。 「なぁ、小十郎…」 「――……ッ」 何も云えずにただ固唾を呑んで彼を見上げる。すると顔を引き寄せ、政宗は囁いてきた。 「しようぜ、此処で」 擦れていた彼の声に抗うことは出来なかった。蒼い眸がじっとりと濡れて此方を見ている。それだけで拒むことなど無理な話だった。細い腰に腕を絡め、引き寄せていくと後は済し崩しのようにも連れ込むだけだった。 揺れる黒髪を指先で梳きながら、皮肉を言った。 「全く貴方には適いませんよ」 「そうか…――?」 ぺろ、と口元を舐めながら政宗が顔を上げる。小十郎の足の間に滑り込ませた身体を伸ばし、濡れた指先を舐めていく。見せ付けるような仕草に、舌打ちして彼を引き寄せた。 ――ちゅ、くちゅ、 「ふ――…ん、っん」 鼻から甘えたな吐息を吐きながら政宗が舌先を動かす。小十郎が動かすのに負けじとかえしてくる。そんな所が可愛くなり、息を付かせない様に歯列をなぞった。 ――こくん。 政宗の咽喉が小さな音を立てた。それを合図のように唇を離すと、名残を惜しむように絡めていた舌が、音を立てた。 濡れた彼の唇を指で拭いながら、そっと政宗の腰に手を添える。 「なんでこういう事ばかり、長けてしまうのか…」 腰骨からゆっくりとソケイ部に沿って手を這わせ、柔毛に指を絡ませると即座に彼の手が伸びてきて小十郎の手を止めた。 「教えたのは小十郎だろう?」 ――ぺろ。 伸びてきた小十郎の手を掴み上げ、指先から口に含んでいく。 ――なんだか今日は…触れさせないな。 彼に触れようとすると必ず阻まれる。それを何度か繰り返し、小十郎が思案する間にも政宗は肌を染めながら再び身体を寄せてきた。 そして先程の続きとばかりに小十郎の腹を舐め、足の間に顔を埋める。 「ん…――」 「全く傾城の素質をお持ちで」 口に小十郎自身を含み、舌先と指で舐るままの彼の髪を変らずに指先で玩んでいると、ふと顔を上げて彼は口元を釣り上げて嗤った。 「手前ぇ、限定だって」 「どうだか」 小十郎が額に汗を浮かべながら反論すると、少しだけ瞳を眇めてくる。そして小十郎の胸を押し、畳の上に押し倒した。そして小十郎を覗き込みながら、左の頬から頤に向けて触れてくる。 ――ぬる。 政宗の指が濡れて滑る。それを感じて、ぞくり、と戦慄が走った。 ――この人にこんな無体なことをさせているなんてな。 主である政宗を抱くときには、いつもどこかしら背徳感が押し寄せる。愛しくて堪らないのに、拭い去れない感情だ。彼が幼い時から傍に仕え、そして成長も見て来た――それなのに抱いた感情は、恋情だった。いけないと思いながらもつい手が出る――そしてそれを求められたら拒むことも出来ない。 ――全く、どうしようもない。 自身に毒づいていると、政宗は頬を紅潮させ――いや、肌のあちこちを紅潮させたままで、小十郎の傷に触れていた。 「この頬の傷…――」 「――…」 つつ、と指先で何度も頬に触れてきた。そしてにんまりと笑いながら見下ろし続ける。 「やっぱり、此処の皮膚って薄いのか?」 「どうしてそう思うんです?」 頬に触れる彼の右手に、そっと手を添えるが、構わずに政宗の手が傷をなぞっていく。 「だって此処に触ると、感じるだろ?」 「――…ッ」 「ほら、感じてる」 ――ぴく。 言われた通り、少しだけ薄い皮膚の其処は、彼の指の動きに敏感になっていた。それをじっと観察していた政宗は、宝物でも見つけたように嬉しそうだ。 ――始末に終えない。 急に幼くなったかのように、ふわ、と微笑む彼に鼓動が跳ねる。小十郎は上半身を浮かせ、政宗の薄い胸元に顔を埋めた。そして寸暇を惜しむように首筋から吸い上げる。 ――じゅッ。 強く首筋を吸い込むと、びくん、と政宗の身体が跳ねた。背中に腕を這わせ、引き寄せる。そして鎖骨に歯を立て、そのまま胸元の突起を口に含む。 ――ぴちゃ、 「あ、……こら、小十郎…――」 ひく、と政宗の肩が揺れる。逃げようとしているのは背中に回した腕で解った。背が撓り、彼の身体が揺れる。それでも執拗に乳首を舐り続ける。舌先で舐め、吸い上げ、歯を立てる――繰り返していると、彼の身体は逃げようとするでもなく、胸を擦り付けるようにして動き出してくる。 「政宗様…――」 「っん、んん…――や、駄目だ…っ、あ…――」 ――硬くなってる。 口で感じる彼の胸は、しっかりと感じていることを伝えてきていた。 そして胸元を擦り付ける間に、彼の腰が腹に触れる――そうすると、彼自身もまた昂っているのが解った。ぬるりと滑る感触が小十郎の腹の上に感じられる。小十郎がそれに気付き、手を再び伸ばそうとする。 ――どん。 「駄目、だって。寝てろ、お前は」 「どうしたんです?」 はあはあ、と息を乱し、眦に涙さえ浮かべている政宗が小十郎の肩を強く押した。そして腹の上に跨り、肩で息をする。いつもとの違いに首を傾げ、再び起き上がろうとすると再び肩を押さえつけられた。 「ああ、馬鹿。起きるなよ」 「――?」 「今日は俺が乗るからよ、手前ぇはマグロにでもなってろ」 「政宗様?一体どういう…――」 はー、と深く呼吸をする政宗の声は擦れている。それと同時に、彼の髪から汗が伝わって落ちてきた。 政宗は観念したように一言――肩をまだ乱れる呼吸で揺らしながら、言った。 「なんか、小十郎を犯してみたい」 「は?――ッふ、ははは」 突飛もない一言に、一瞬だけ驚いた。だが直ぐに咽喉の奥から笑いが込みあげてくる。 「笑うなよ」 「いえ…そうですね、政宗様も男子ですし…ふふ、ははは……ッ」 「Shut up!笑うなってッ」 ムキになって眦を釣り上げる。だがその頬がかなり赤く、政宗が思案した結果なのだと理解できた。べしべしと平手で小十郎の胸を立て続けに叩いてくる。それを受けながら、小十郎もまた呼吸を整えた。 「いえ、すみません。私を抱きたいんですか」 乗り上げる彼の腰に手を添え、ゆっくりと臀部に向って掴みこむ。 ――ぴく。 触れていくと小十郎の手から逃げようと身体を捻る。それでも口調は強く、しっかりと小十郎を見つめながら口を開く。 「そうじゃねぇよ。気持ちよくなりたいけど、いつも小十郎の顔見ずにイっちまうから。こうしてたら、感じてる手前ぇの面、拝めるだろ?」 語尾は少しだけ震えていた。擦れる咽喉は、緊張の証だ――政宗が緊張すること自体が珍しい。それが自分に対してなのが嬉しくなってしまう。 小十郎の反応を見るのが怖いのか、言い終えると政宗は顔を俯かせた。小十郎は政宗の顎先に手を伸ばし、顔を上げさせる。 「――ならば、どうぞ」 ぐ、と驚きに政宗の口元が引き結ばれる。指先で彼の唇をなぞりながら、小十郎はにっこりと笑った。 本当は既に余裕の顔なんて出来ない――額に汗が浮かぶほどに、彼に翻弄されている自分がいる。だがそれを隠しながら、ひた隠しながら政宗の頭を引き寄せた。 「政宗様のお好きなように、動いてください」 「なんか、ムカつくな」 政宗の胸が小十郎の胸に密着する。それに合わせて小十郎が自身と彼自身をすり合わせると、ち、と舌打ちをしてきた。その反応に咽喉の奥から笑いしか漏れない。 「私の達く顔が見たいんでしょう?」 ――頑張ってください。 言うや否や、互いの唇を貪りあう。みてろ、と毒づいた政宗に笑いしか浮かばなかった。 暗くなった茶室で、政宗が四肢を投げ出して寝転んでいた。それを見ながら先に身支度を整える。すると恨めしそうに政宗が「結局何時も通りかよ」と毒づく。 慰めるように、気持ちよかったですよ、と応えると、政宗は頭を抱えてうつぶせた。 「見れました?」 「――……、駄目だった」 まだ唸り続ける彼の頬を両手で包み込み、唇に噛み付くように口付けると、しっとりと濡れたままの睫毛が揺らいだ。それを見つめながら、小十郎は口を開く。 「寝ても覚めてもいつも貴方のことだけ考えているのに、まだ足りないですか」 ぼっ、と耳まで赤くなりながら、うつ伏せて政宗は顔を隠した。その後頭部を撫でながら、彼の脱ぎ散らかした服を手繰り寄せる。すると、小さなくぐもった声が聴こえた。 「俺に惚れてるのか、小十郎」 「当たり前じゃないですか」 「――ずっと惚れてろ、小十郎」 「はい」 応える言葉に代わりは無い。まだ濡れた身体もそのままの政宗を引き寄せ、小十郎は己の腕の中に抱きしめていった。 090602 政小のような小政、とのことで。 |