ストロベリー・スプラッシュ



 休みが少ないとは思うけれども、彼と会う時間を極力作りたいと思っている。だから一緒にいられるときには、あれもこれもと欲張ってしまうのも仕方が無い。
 しかしそんな自分を気遣ってか、彼は「俺はまだ学生の身の上だから、お前に合わせる」と言ってくれている。そのたびに、じんわりと胸元が熱くなるのはいかがなものだろうか。
 佐助は店のエスプレッソマシンの前で渋い顔つきをしながら、じっとそれを睨んでいた。すると背後からそっと海野が声をかけてくる。

「おい、佐助。お前今顔が怖いぞ」
「え…ぁ、あ、ごめん。考え事してた」
「熱心なのもそれくらいにしておけよ。ほら、お前の天使が来た」

 キィ、と店の入り口のドアが開く音がした。茶化すな、と海野に言いながらそちらを振り返ると、本当に其処には幸村がきていた。
 手にはいつもの紅いタンブラーだ。そして迷う事無く前に進み出てきて、小助に注文をする。すぐ後ろに佐助がいるのだから、直接そちらに注文してくれてもいいのに、と思いながらも、佐助は軽く――カウンターに隠れて――自分の頬を叩いて気合をいれた。

「トール、ノンファットミルクラテ〜」

 ひょい、と小助がオーダーを告げてタンブラーを手渡してきた。手には彼の紅いタンブラーだ。それを受け取りながら、幸村の嗜好が変わったのだろうかと小首を捻ってみた。

「ノンファットミルクラテ、お出しします」

 マニュアル通りに告げてから身を乗り出すと、幸村が顔を近づけてきた。

「旦那ぁ、好み変わったの?」
「違うぞ。先日、兄上が帰国された際に飲まれておいででな。それが美味かったのだ。でもどうせなら…」
「どうせなら?」

 彼の言葉を鸚鵡返しにして先を待つ。小さな丸いカウンターに片肘を立てて彼だけを見詰めていると、紅いタンブラーを両手で包んで幸村は少しだけ声を潜めた。

「お前に淹れて欲しいな、と…」

 ちら、と上目遣いに言われて、くらりと後方に倒れそうな気持ちだった。いや、それよりも身体の中心から一気に熱が込み上げてくるような戦慄を覚えて、慌てて佐助は視線をそらした。
 此処で瞼を閉じたら脳内で妄想が炸裂しそうだ。
 鼻の付け根がじわりとしてくるものだから、口元を覆って幸村に小声で返す。

「旦那、それ、夜に言って」
「は?」

 きょとんと瞬きをする幸村に、追い討ちを掛けるようにして笑いかける。勿論横から流すように視線を送ることも忘れない。すると彼もハッと気付いたのか、わなわなと唇が戦慄き始めた。

「うん、今夜は言わせたいな〜」
「なっ!ははははははれんちっ」

 くる、と勢いをつけて彼はテーブル席に向っていった。心なしか、その背中に揺れる髪が、ゆらゆらと誘っているかのようで、佐助は口元の笑みを消せずに俯いていった。
 そんなにやけ顔の佐助に海野が「今度は絞まりのねぇ顔」と皮肉を告げてきたのは、仕方の無いことだろう。










 仕事帰りに一緒に帰宅することも増えた。自宅に着いてから、佐助が手を洗ってコーヒーを淹れる間、幸村は定着したテレビ前のツールの前で、課題であろう本を読み始めた。其処に付箋を貼りながら、小難しい顔をしているのをカウンターから見詰める。

 ――こんな光景、前にも良くあったよなぁ。

 まだ客と店員としてしか、認識の無かった頃のことだ。
 勉強をしながらコーヒーを飲む彼に、少しでも近づきたいと思った。声をもっと聞いて、話をして、出来れば友だちか、それ以上になりたいと、徐々に欲は深くなっていった。

 ――それが今じゃ、こう…なんていうのかな。この空間にいるのが馴染んできたよねぇ。

 ぱら、と本の頁を捲る音を聞きながら、そっとカップにコーヒーを淹れる。あわせて、買ってきていたクッキーを開けて皿に乗せると、佐助は部屋に向う途中にある棚から、小さな袋を手にしてポケットに素早く入れた。盆にコーヒーとクッキーを乗せて幸村の元に持って行く。

「旦那、お待たせ」
「ぬ、かたじけない」

 盆を差し出すと幸村は顔を上げてカップを受け取った。一口、カップに口を寄せてから、こくりとそれを飲む。佐助は彼の横に座ると、読んでいた本を覗き込んでみた。しかし本の頁には、佐助の知らない記号やら図式などがずらりと並んでいて、どうにも頭痛がしそうな気がした。

「今日は何の本?」
「レポート作成のためのものだ。大したものでは…」

 顔を起こした幸村が説明しようとする。しかし佐助と目があった瞬間、気まずそうに視線を逸らされた。
 気のせいかと思って、逸らした先を覗き込むと、ふい、と再び逸らされる。それを繰り返してから、佐助は幸村の顎先を掴んで自分の方へと向けさせた。

「どうしたの?」
「ひ、昼にお前が余計なことを言うから…っ」
「ん?」

 幸村は瞼をぎゅっと瞑ってから、ぼそぼそと応えた。徐々に彼の眦が朱に染まってきていた。

「意識、してしまうではないか…」
「昼間…」

 昼に自分が言った事を思い出していると、幸村は一瞬衝撃を受けたかのように瞳を見開いて、涙目になっていく。羞恥と怒りが交じり合ったような涙だと思った。

「――…っ、まさか忘れたとは…」
「言わないって。そか。うん…旦那、あのね」
「む、無論っ!お前がしたいのならっ」

 幸村は思い切ったように語調を強めた。必死な素振りが微笑ましくて、佐助は宥めるようにして彼の唇に顔を寄せて、軽く音を立てて吸い付いた。
 ゆっくりと離れると、ただ一度触れただけでも、ほう、と吐息を吐く彼に目が行く。何度もキスもしてきたし、これからもするつもりなのだが、彼はこんな時にはいつも、これが初めてのような反応を返してくる。

 ――これを渡す時だよね。

 佐助は先程ポケットに忍ばせた小袋を取り出した。掌に収まる袋の中には、硬い金属が入っている。それをキスの余韻にぼんやりしている幸村に差し出した。

「これ、あげる」
「え…これは?」
「あけて」

 彼の手に押し付けると、幸村は袋の紐を開いて、中身を掌に落とした。中から出てきたのは銀色の金属――鍵だった。それを手にして、幸村がまるで桃のように頬までほんのりと色付かせてくる。

「佐助…もしやこれは、合鍵というものでは」
「そう、合鍵。旦那にあげようと思って」
「あ…っ」

 掌の上の鍵を取り上げ、それを再び彼の手に置くと自分の手で包み込むようにして握りこんだ。そして額を寄せて彼の耳元に囁く。

「持ってて」

 ――どうか付き返されませんように。

 胸の内で何度もそう唱える。此処で「いらない」と返されてしまったらどうしようかと、胸が高鳴りだした。不安を押し流して欲しくて、強く手を握り締めると、幸村は自分から佐助の額に自分の額を押し付けてきた。

「こんな事は初めてだから、よく解らないが…」
「うん?」
「嬉しい」

 間近で見詰めた瞼が、睫毛が、ふわりと佐助の頬に触れる。その動きに見入っていると、唇に柔らかい感触が触れてきた。佐助のように吸い付くようなキスではなく、ただ押し付けるだけの優しいキスだ。それでも幸村からされたというのは貴重な気がして、佐助はすんと鼻を鳴らして息を吸い込んだ。

「旦那?」
「俺からは、何も渡せるものはないから、その…」

 佐助に握られている手のせいで、動きが取れないのは目に見えている。それでも膝を寄せて身体を近づけてくるのがいじらしかった。肩を寄せて、佐助の首元にこつりと額を押し付けてくる。流石にずっと手を握っているのももどかしいので、佐助から手を解いて彼の背中を引き寄せるようにして抱き締めた。

「やだな、無理しなくていいよ」
「無理、じゃない」
「でも一度しただけだし」

 ――最後までしたのは一度だけ。

 それは揺ぎ無い事実だが、何も最後までするだけが抱き合ったことになる訳じゃない。そんな穏やかな気持ちにもなるのに、幸村は佐助の肩に手をかけて、はっきりと言ってきた。

「挿れて、してくれ」
「――…ッ」

 こんな風に彼に求められるのは滅多にない。佐助の方がいつも幸村に夢中で、いつもそれを彼が受け入れてくれているという負い目すらあった。

 ――それなのに、こんな風に言われちゃ…。

 佐助は此処で首を横に触れない自分に嘆息するしかない。そして直ぐに幸村の耳元に「止まれないからね」と最後通告をしてから、寄りかかっていたソファーに彼の身体を引き上げていった。










 簡易的なソファーベッドは鈍く、ぎしぎしと音を立てる。普段、ソファーの形にしていないから、元からベッドを買えばよかったと、この時ばかりは思ってしまう。

「此処だけでかなり感じてる?」
「ん…っ、ふ、ぁ」

 シャツを捲りあげながら、それでも下に一枚着ているシャツを残して、絹ごしに彼の胸の飾りをつまみあげる。
 掌で胸を触って、筋肉とは違う柔らかい場所を見つけると、其処が乳首だと予想を立てて指で摘んだり捏ねたりを繰り返した。
 衣に擦れて余計に強く刺激が伝わるようで、、触れていないもう片方の乳首が、ふくりとシャツを押し上げて形を見せ始めてきていた。

「ホントによく感じるようになったねぇ」
「うるさ…っ、ぁんっ」

 きゅ、と摘み上げた瞬間、腰を弛緩させるように動く。それがあまりにも扇情的で、勢いをつけて彼の素肌を顕にすると、思い切り乳首に吸い付いた。

「ぅ、あ、ああっ、あっ」

 唇でぎゅうぎゅうと引き絞りながら、間から舌先をねっとりと這わしていく。勿論もう片方の手も動きは止めない。そうしていると、ぶるぶると身体を震わせてくる彼の腰が、佐助の腰に当たった。

 ――あ。

 触れた場所が、ごり、と固さを伝えてくる。だがそれに気付いたのは何も佐助だけではなく、幸村もだった。そのせいか、思い切り自分の下肢に視線を向けて、頼りなさそうに眉を下げて紅くなっていった。

「かわいい…」

 幸村の反応を見下ろしながら、どんどん煽られていく自分に気付く。

「斯様に、言うな…」
「だって可愛いんだもん。俺様、旦那といるとどんどんボキャブラリー貧困になっていきそう」

 ずっと彼の首元に蟠っていたシャツを脱がせながら、再び素肌の上に触れようとした。しかしその前に幸村の手に阻まれ、己も脱がされてしまう。

「あらあら…旦那ってば」
「俺ばかり脱ぐのは厭だ。お前も脱げ」

 互いで互いの服を脱がせながら上半身だけでも脱ぎきる。そして再び抱き締めると、服の上からは解らなかった体温が、直に染みてくる。肌の感触を味わっていたくて、思わず掌や頬を摺り寄せていってしまう。

 ――ごそ。

 触れて撫でる合間にそっと彼の下履きに手を引っ掛ける。ボタンを片手で外してしまうと、ジジジ、と音を立てないようにゆっくりとジッパーを下げた。そして見下ろした先で、佐助は動きを止めた。

「うん?」
「佐助…?」

 動きを止めた佐助に気付いて、幸村も自分の下肢に視線を向ける。其処にはいつの間にか寛げられてしまっているズボンがあり、下からは下着が見えていた。
 何時の間に、と慌てるよりも、佐助の視線がずっと其処に集中してしまっているのが気にかかる。幸村は昂ぶったままの呼吸を整えながら、佐助の反応を待った。

「あのさ、旦那…」
「何だ?」
「旦那ってこんなファンシーな趣味だったっけ?」

 ようやく佐助が口を開いたかと思うと、ひょい、と人差し指を向けられる。誘導されて見る先には、ズボンの合間から下着がくっきりと覗いている。

「え…っ、あ!」

 言われてからやっと気付いた。
 佐助が凝視していたのは自分の下履きだ。それも、ピンク色に近い赤の、しかも模様付きのもので、いつもは滅多に穿かないようなものだ。

「いちごぱんつ…」
「うわああああ」

 佐助の笑いを含んだ声に、思わず隠そうとする。しかし佐助は隠そうとした手を握って、じっと見つめたまま、あろう事かズボンをずるりと引き下げてしまった。膝元で蟠るズボンの衣よりも、下着の全容が明らかになる。
 ピンク色に近い赤に、更に細かく小さな白と赤の苺がプリントされたパンツだ。見ようによっては愛らしいが、大の男がこれを穿いているとなると少し恥ずかしいかもしれない。
 幸村は慌てて弁明した。

「いや、これはっ!兄上の土産で…」
「お土産?」
「折角買ってきてくださったのだし、穿かぬのも悪いかと」

 真っ赤になりながらズボンを引き上げようと手を掛ける。しかし佐助は幸村をベッドの上に転がして、ズボンを膝でまとめて動きを封じてしまう。そして苺柄のパンツの上から、苺をひとつひとつ指先で突いた。

「あっ、さす…っ、ちょ…やめっ」

 柄は苺だが、その下には当然幸村の敏感になってしまった分身がある。それを横から、上から、もどかしく突かれてしまっては泣くに泣けない。
 身を捩って逃げ回っていると、佐助は幸村の腰骨を両手で掴んで、顔を思い切り其処に押し付けてきた。

「うあああああああっ!佐助ぇぇぇぇぇっ」

 ぱく、と下着の上から陰部を食まれる。それに対して腰が揺れて幸村は身体の力を抜いた。すると、ゆったりと身体を起こした佐助が、ふつふつと笑いを漏らし始めた。

「ふ…っくくくく」
「佐助?」
「いや、もうッ!旦那ってば可愛いっ」
「な…」

 思い切り両腕で腰をつかまれ、腹に彼の吐息が降りかかる。頭をぐりぐりと腹の上で押し付けられると、どうにもくすぐったくて仕方ない。それだというのに、佐助は幸村のもどかしさには構わずに至る処に無作法に触れていく。

「かわいい、めっちゃ可愛いッ!可愛すぎて堪んないっ」
「そのように連呼するなっ、馬鹿ッ」

 穿いている下着のことをからかわれつつも、もみくちゃにするような佐助の触れ方に、幸村が拳で彼を軽く叩いていく。だが佐助の笑いは収まらない。

「やー、もう、すごい破壊力…」
「――…ッ、佐助」
「脱がすの勿体無いわぁ」

 そのまま腰を掴んだままの佐助が、下着越しに顔を近づけてくる。先程までの甘い空気が一変し、何処か馬鹿にされたような気がしてしまう。幸村はムキになって、佐助の手を振り解くと一気にずり下げられていたズボンを引き上げた。

「だったら脱がぬっ」
「え?」
「今日はこれで終いだっ」

 そのままベッドから立ち上がり、てきぱきと身支度を整え始めてしまう。その様子をぽかんと見つめていると、ばさりとシャツを着込んでしまう。

「な…っ、え?えええええええ?」

 ハッと我に返って佐助が残念そうな声を上げる。しかし既に幸村の怒りは深いようで、振り返ることもなく、床においていたバッグを手にすると玄関に向っていった。

「邪魔したな」
「え、ちょ…旦那?帰っちゃうの?」
「まだ電車もある時間だ。帰る」
「何で?泊まっていきなよ」

 慌てて後を追い、彼の長い髪に触れようとした。すると、くるん、と踵が返され、延ばした手が空を切る。佐助は残念そうに聞くと――というよりも、ほぼ慌てていたが、あえて平静を装った――幸村は薄い唇をきゅっと噛み締めていた。

「いいッ」
「ちょ、待ってっ」

 ――ばたんっ。

 幸村はあっという間に外に飛び出して行ってしまった。追いかけようにも佐助は上半身裸のままだ。どうしようかと思案して、頭を片手でがりがりと掻き毟った。嘆息して、のそのそとシャツを着込み始めると、視線の先に銀色の塊が見えた。

 ――あ、鍵…。

 渡した時の小袋から少しだけはみ出している銀色の鍵。それを手に取ると、佐助は玄関へと向っていった。










 直ぐに幸村の姿を見つけることは出来た。駅までの道にある川沿いを歩いている長い髪が目に入った。佐助は彼の姿を見つけると加速する。そして声を掛けた時には、すぐ側に幸村の姿が迫っていた。

「旦那ァッ!」
「――…っ」

 振り返った幸村が、下唇を噛み締めた。そしてそのまま駅への道を走りこもうとする。しかし佐助の方が足は速いようで、直ぐに追い着いて彼の腕を握った。

「旦那、忘れ物っ」

 振り解こうとする幸村の手に、ぐっと押し付けるのは自分の手だ。そしてその中には彼に渡した鍵がある。直ぐに幸村はその存在に気付いて、そして腕ごと佐助の胸元に付き返してきた。

「いらぬっ」
「持ってて欲しいんだって」
「斯様なもの、貰わぬっ」

 それでも振り解こうと身体を動かす幸村を「もう、どうにでもなれ」と口に上らせながら、佐助は両腕で思い切り抱き締めた。
 ひくん、と幸村が息を詰めて抵抗するのをやめる。

「ごめん…茶化したの、悪かった」
「――…っ」
「機嫌、直して?」

 ――お願い。

 彼の肩に顎先を乗せながら抱き締める。そうして手放さずにいると、何度か身じろいだ幸村が、そっと佐助の背に手を回してきた。しかし、そろりと乗せてきただけなので、佐助の腰の辺りに手は触れているだけだ。

「俺が、いつも平静でいると思ってか?」
「そんなこと…」

 反論しながら、彼も同じように考えていたのだと気付く。それと同時に、一気に気持ちを吐露するかのような、幸村の絞り出した声が切なく感じられた。

「いつも、いつも!お前にばかり気持ちが向って、辛いっ。少しでも、嫌われたら、落胆されたら、って…思う、と…」
「ごめんってば」

 宥めるようにして彼の背を撫でる。すると、今度は佐助の肩甲骨の辺りに腕が上り、ぎゅう、とシャツを引っ張られた。

「もっと解ればいいのにっ!」
「旦那…っ」

 強く抱き締められて、直ぐに引き剥がされるかと思った。それくらいに強い力で身体を引き剥がされ、そして幸村の顔が迫ってきた。しかも何時もは佐助がするように、幸村の方が佐助の頬を両手で掴みこみ、貪るようにして唇を重ねてくる。

「ん…っ、だん…」

 はふ、と呼吸を継ぐ合間に呼びかけると、幸村はぐっと唇を再び噛み締めて、俯いた。頬から肩に滑り落ちる手から、力が抜けていくのが解る。佐助はその手を掴みこむと、今度こそと云う様に己の胸元に引き寄せた。

「…佐助のこと、好き、なんだ…」
「うん。俺も、幸村が好き」

 涙声になる幸村は、興奮も収まったのか、静かに佐助の肩に頭を乗せてくる。そして柔らかく肩を、背を、抱き締め返してくれた。

「好きで、堪らないのに」

 ――もっと伝わればいいのに。

 小さく口の中で幸村が呟く。それを掬い取るように、唇を重ねて、そして佐助は笑いかけた。

「ね、一度戻ろう?」
「――…っ、うん」

 佐助の笑顔に、幸村が頷く。
 そして手を繋いで――その手の中に、あの合鍵を収めたままで――再び佐助の家へと二人は歩いていった。










 仰向けになりながら天井に手を伸ばして、佐助が呟いた。素肌の肩には幸村の長い髪が触れており、目に付いては指先でくるくると弄んでみせる。

「いちごぱんつ、可愛いんだけどなぁ」
「まだ言うか」

 うつ伏せのままの幸村が、唇を尖らせて隣から抗議してくる。むっと膨れた頬を指先で突くと、ぶほ、と彼は口から空気を吐き出した。
 あれから家に戻って玄関に入ってからすぐに、どうしても彼を抱き締めたくなって、玄関先から貪るようにして肌を重ねてしまった。
 激情のままに触れ合って、気付くとお互いに疲弊した身体を横たえて、こうしてだらだらと話している現状になった。
 因みに当初のように幸村の中に自身を収めて、最後まで交わりたい気持ちもあったが、そこはそれ――指先だけで我慢するという、お預けになってしまっている。いつになったら二回目が出来るのか不安だが、これはこれで幸せだし、気持ちよいので、良かったことにする。佐助はうつぶせている幸村の背に、身体を横にして乗りかかるようにすると、頬杖をつく手とは逆の手で、幸村の背中を臀部の辺りまでするりと撫でた。

「ん…っ、あっ」
「やっぱり、此処に挿れたいなぁ」
「しても良いと言ったのに、しなかったのはお前だぞ」
「まぁね…」

 幸村は頬を赤らめながら枕にしがみ付いた。しかしゆるゆると臀部に触れていると慣れてしまったのか、上体を持ち上げて見上げてきた。

「そういえば質問」
「何だ?」
「お兄さんの趣味ってファンシーなの?」

 佐助が苺柄のパンツのことから連想して聞くと、幸村は天井を見上げて少しだけ逡巡した。そして、ぽつりぽつりと口を開き始める。

「まぁ、そうだな…キャラクターものとかをよく土産に買ってきてくださる。その殆どが解らぬが」
「へぇ?」

 だとしたら幸村の持ち物の中には、彼に似つかわしくないファンシーものが他にもあるという事だろう。今度遊びに行ったときにでも見せてもらおうかと、佐助は思いついて少しだけほくそ笑んだ。

 ――くい。

 思案に耽っていると、幸村の手が佐助の襟足から伸びる髪を軽く引っ張った。視線を彼に向けると、うつぶせで上目遣いと云うやたらと扇情的な眼差しで此方を見詰められていた。しかも彼は真剣な面持ちだ。

「いちごぱんつは駄目か?」
「いや、むしろ食べちゃいたい」
「は?」

 どんな仕種も幸村だと思うと愛しいし、愛らしいと思ってしまう。本当に彼に嵌っているなと思いながら、佐助は再び彼の上に腕を乗せ、身体の向きを変えた。
 さらさらとシーツが動く音が耳に届く。そして腕の下に彼を敷きこみながら、そっと足に手を伸ばして開かせた。

「旦那ぁ、後でストロベリーソーダ作ってあげようか」
「なにやら甘そうな…っん」

 佐助は上体をぐっと鎮めて、幸村の唇に唇を重ねる。直ぐに開かれていた口から舌先を吸い上げて、そして絡めてから離れ、ぺろ、と自分の口端を舐めた。

「俺様には旦那のキス以外で、極甘なのは見つけられないけどね」
「お前…――」

 ぶわわわ、と幸村の眦が朱に染まった。そして両足を開いて佐助の身体を受け入れるように腕を背に回しかける。引き寄せられるままに身体を沈めようとすると、ぴたりと幸村は動きを止めて佐助を見上げてきた。

「そうだ。佐助っ」
「うん?」
「時効でなければ…その、鍵を」

 先に続く言葉は解っている。
 佐助はくすくすと笑いながら、ちゅ、と音を立てて彼の鼻先に唇を落とした。

「何言ってんの」
「駄目か?」
「そうじゃない。あれはもう旦那のものなんだからね」

 ――返品不可だからね。

 そう笑いかけながら、再び深く唇を重ねる。

 ――ぱちぱち弾ける爽快感と、真っ赤な顔に似た苺の甘さを。

 起きて、それから苺シロップたっぷりのソーダ水を彼に出そうと思いながら、今はただ幸村の甘さを味わっていくだけだった。




 了




110811up/時系列的には本編終了後すぐの二人の話です。0802がパンツの日ということでそこから派生。
 ナツノ様のリクエスト>50万hitキリリク バリサス設定で出来上がった二人が初めての喧嘩と仲直りをする話