おやすみのその前に 古風な造りの幸村の家には、総檜の風呂がある。そこにじっくりと浸かって来るとほかほかと身体が温まるものだ。だから幸村は入浴が嫌いではない。そして時々泊まりに来るのが幼馴染――というよりももっと親しい間柄で、恋人、だと幸村は思っている――猿飛佐助だ。 実家から大学に通っている幸村と、実家を出て一人暮らしをしている佐助。 当然、二人で逢うには邪魔の入りにくい佐助の家に赴くことが増えてしまうが、時々はこうして佐助を自宅に招く。 理由は一つだ――温かい風呂に浸かって、心身を休めて欲しいという、幸村の想いからだった。佐助の家には彼の体には到底あっていない狭いユニットバスがあるだけだ。 「佐助ぇ、あがったぞ。次、入るがいい」 「はいはい。あれ?今日、お兄さんは?」 「兄上は…まだ帰っておらぬ。どうせまた日付けが変わってから戻られるだろう」 「そっか…」 部屋に居た佐助に声をかけると、佐助は立ち上がって伸びをした。そして側にくると、頭に引っ掛けていただけのタオルを手にとって、わしわしと動かしてくる。 「時間あるし、旦那の髪の毛乾かしてからお湯を貰いましょうかね」 口元に笑みを浮べたままの佐助が、幸村の髪をとんとんとタオル地で挟んでは水気をとっていく。だがそうしている間にも湯は冷める。幸村は伸び上がりながら、首を振った。 「いや…速く入ってこい!冷めぬ内に…」 「でも俺様が入っている間に、湯冷めさせたくないし」 「良いのだ、直ぐに寝る故…ッ」 勢いに任せて言ってしまうと、ぴた、と佐助の手が止まった。 「寝る?」 「あ…――いや、その…兄上が帰ってくる前に、一緒に…寝たいと」 「其れって、お誘い?」 「ちちち違うッ!」 ばっと腕を振り上げてタオルを取りあげる。そして幸村はまだその場に居座りそうになっていた佐助の背を押した。 「ちょっと旦那、そんなに急かさなくても」 「いいからさっさと行って、入って来いッ」 「もう…どうしたのさ〜?」 ぐいぐいと背中を押して部屋の外に追い出す。すると佐助は眉を下げて困り顔になっていた。だが先程から触れてくる彼の肌や、手先は冷たい――それを思うと、一刻も早く彼を風呂場に向わせたかった。 「じゃあ入って来ますけどね…」 「うむ!存分に入ってくるが良いッ」 「でも勝手に寝てないでよ?」 「え…」 「ちゃんと起きててね?」 ――じゃなきゃ襲うからね。 佐助が身を屈めて幸村の耳元に告げてくる。その言葉に動きを止めていると、外に追い出した筈の佐助がひらりと中に戻り、着替えの入っている袋を取り出すと横をすり抜けていった。 「――…」 へなへな、とその場に腰砕けにしゃがみこみながら、囁かれた耳元に手を添えた。 湯で温まった身体が余計に熱を帯びる。それに比べると先程の佐助の身体の冷たいことといったらない。 ――こうしてはおれぬ! 幸村は自らの身体が温まっている内にと、急いでドライヤーを取り出して髪を乾かす。半渇きのままで、急いで布団を敷きこむ。そして敷いた側から、もぞもぞと布団の中に潜り込んだ。 ――うう、寒いッ! 布団はひんやりと冷え込んでいた。それもその筈で別段暖めたりしている訳ではないからだ。幸村は足の指をきゅっと引き締めながら、身体を小さく丸めた。 仰向けになっていると寒さが前面にくるようで、横になって身体を縮める。そして暫くすると反対側に向いて布団の中が温まるのを待った。 春先のこの季節は冷えるものだ。三寒四温とはよく言ったもので、温かくなったかと思うと寒くなる。夜は冷え込むのが常だ。 幸村はあっちこっちと身体を動かして寒さを和らげて行く。そうしている間に徐々に布団の内部が暖まり、縮こまっていた身体をぐんと伸ばした。 ――そろそろ佐助が風呂から出てくるであろうか。 ふと思う。彼の身体も温まっている筈だ――しかし今までの経験上、直ぐに冷えてしまうのが痛い処でもある。 ――冷え症、というのだったな。 よく若い女性がなっているという話は聞く。大学の同級生の女の子が冷え込む時には懐炉や、温かい飲み物を飲んでいる姿を良く見る。 だがそれは佐助も同じだ。 幸村がそんな風に思いながら布団の中で丸くなっていると、徐々に瞼も落ちかけてきた。うとうとしてきては「寝てはならん」と自分を叱責する。そうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていくものだ。 ――かたん。 不意に物音がしたかと思うと、ずし、と身体に重みを感じた。幸村が驚いて身体を動かそうとすると、上から佐助が圧し掛かってきていた。 「旦那ぁ、寝てないでって言ったのに」 「ね…寝てはおらぬッ!」 「そう?瞼落ちてたよ?」 くすくすと笑いながら佐助が告げてくる。間近で告げられながら、ふわ、とミントの香りがした。爽やかな香りに小さく鼻を鳴らすと、歯磨きしてきたんだ、と佐助が笑う。 幸村は横になったまま上に乗りかかっている佐助に手を伸ばした。 「佐助、そのまま…そうっと…」 「うん?」 「そうっと…布団に入ってまいれ」 「え…――ちょっと、マジにお誘い?」 「つべこべ言うなッ!」 ぎゅっと布団の中に入れている毛布を掴みこむと、佐助がほくそ笑みながらも幸村の上から退いた。そして「失礼しますよ」と小さく言うと、そっと布団の端を持ち上げる。 「そうっと…そうっとだぞッ!」 「もう、何なのよ?」 くすくすと笑いながら佐助の薄い身体が布団の中に滑り込んでくる。少し彼の身体が入り込んだ瞬間、幸村はここぞとばかりに両腕を伸ばしてしがみ付いた。 ――ぎゅう。 「ぬ…佐助、本当に湯に浸かったのか?」 「ちゃんと100数えてきましたけどねぇ?」 「しかし相当冷えておる…」 しがみ付いた瞬間、彼の足の指がかなり冷たかった。それに抱きついた胸元が冷えている。寄せられた鼻先も、つん、と冷たさを訴えていた。 幸村は自分の熱を伝えるようにしてぎゅうぎゅうと腕を絡めた。それだけでは飽き足らず、足も絡めて行く。 「ちょっと旦那…マジでお誘い?」 「え…?」 「あんまり擦り寄られると…なんか変な気分になりそう」 佐助の身体を温めようと首筋に鼻先を埋めて、ぐいぐいと擦り寄っていた自分に気付く。しかし中々温まらない佐助の身体が悪い。幸村はそう決め込んで、むっと口元を突き出して見上げた。 「何を言うか、温まって欲しいからこそ…」 「確かに。布団の中も旦那もあったかい」 ぎゅっと今度は佐助の腕が絡んできた。そして幸村の旋毛に鼻先を埋めてくる。 ――ふわ。 鼻先に触れる香りが、よく知ったものだった。それに気付いたら急に、カーと身体が熱くなってきた。 密着する佐助の身体が心地よい。暑くなっていくばかりの体から、熱を奪い去る冷たさ――いや、熱を共有しようとしようとするのが、まるで一つに融解していくようで心地よい。 ――どき。 そろりと見上げた佐助の頤が目に入り、その先の彼の容貌が間近に眼に映る。そしてじっと見つめていると、彼は幸村の香りを嗅ぐようにして瞼を落として擦り寄ってきていた。 「あ…」 絡めあった足が、佐助の足が自分の足の間に滑り込んできた。膝がくいと上に向かい、そのまま突き当たる場所まで辿り着く。 「ぁっ…――」 ぐり、と彼の膝が刺激を与えてくる。そのことに気付いて身体を離そうとしても既に遅い。佐助の腕に絡め取られた四肢は動きを制限してくる。 ――ぐ、ぐ… 「ん…っ、ぁ…………ッ」 「旦那、此処が一番熱いんじゃない?」 「や…そんな、っ!」 ぐり、と強く上に刺激されて口から悲鳴が出そうだった。咽喉が引き絞られるような感覚が、腹下からふつふつと沸き起こってくる。 ――ぱく。 「ぁんっ…!」 「可愛い…耳も感じるよね?」 「――ッ、ふ」 ぞくぞくと項に戦慄が走りこむ。幸村が背を丸めて逃げようとするのに、佐助は逃してはくれない。ぐりぐりと股間が刺激されて声が徐々にしっとりとした嬌声に変わる。 幸村は浅く呼吸することで嬌声を堪えようとするが、耳元や額、首筋に佐助の唇が滑り込んでくる。 「可愛い…旦那、俺様を暖めてくれようとしてたの?」 「そ…うだ…――こんな、ことをするつもりじゃ……ッ」 掠れた佐助の声に、はたと気付く。しかしそこに来て不意に気付いたことがあった。 ――佐助の身体、さっきより温かい。 涙が浮かびそうになって、潤み始めていた瞳を瞬いてから、ふ、と呼吸を吐いて彼の方を振り仰ぐ。すると同じように興奮してきて頬を染め始めている彼に気付いた。 「――…さ、佐助っ」 「なぁに?」 「その…寒いか?」 「んー…だんだん温かくなってきたかな?」 横になったまま向き合っていたが、幸村はぐっと佐助の肩を押した。そしてそのまま彼の胸元に乗り上げる。その瞬間、張り詰め始めていた股間に佐助の膝が思い切り当たり、ひゃん、とあられもない声を上げてしまった。 「ぁう……――っん」 「ごめん、痛くなかった?」 「痛くは、ないが…その、もっと暖めてやろうか?」 「え?」 「――……温まりたいのか?そうじゃないのか、言ってくれ」 佐助の胸元に頬を寄せると、彼の鼓動もまたどくどくと鳴り響いていることに気付いた。同じように興奮しているし、早鐘を打つのが解る。ごくりと咽喉がなるのが見詰めている先で手に取るように解る。幸村は佐助の返答を待った。佐助は幸村の背に手を這わせながらも、そっと片方は下降させて臀部に触れてくる。 ――びくん。 むに、と臀部を揉み込まれると、その先にある快楽を知った身体が反応してしまう。かくんと力を抜いて佐助の胸元に身体を預けていると、耳朶に掠れた声で佐助が告げてきた。 「えーと…温まるっていうか、融けちゃいたいかな?」 「じゃあ…して、くれ」 「え…っ、ちょ、もう一回ッ!」 ぐわ、と佐助が肩を押してきた。すると瞳を見開いた佐助が、真剣な眼差しで見上げてきている。 彼の緑色の瞳を見下ろしながら、幸村は小さく頷くようにして言った。 「して…――佐助」 「――――…ッ!」 幸村が言った瞬間、佐助の顔が今まで見たこともない程に、みるみる赤くなっていった。そして赤面するのを隠すように今度は胸元に引き寄せられる。 佐助の胸元に落ちかけた時、ずるりと足が滑って、股間同士が触れ合った。 「――っ、あ……佐助?」 「やべぇ…俺様、今すっごく熱い。していいの?止めらん無いからねッ」 「いいから…――」 ――熱くして。 触れ合っている場所は既に熱く、硬くなっている。そっと幸村が手を伸ばすと、佐助はその手に手を重ねていった。 翌朝、同じ布団の中で温まりながら何度もキスして「寒い時も捨てたもんじゃないね」という佐助に幸村は「任せろ」と言ってしまった。そのせいで再び腰が立たなくなったのは言うまでも無い。 了 110320 up ピロートークではーれくいんな佐幸とのリクでしたが。 |