追いついて、追い越して



 出会いは幼少、十歳になったかという頃だった。大きな掌で頭を撫でられて驚いたのを覚えている。彼の腰ほどまでにしか背丈も無くて、俄かに背伸びをして口上を述べた。

「本日よりお仕え致します、猿飛佐助と申します」

 噂には聞いていた紅蓮の鬼・真田源次郎幸村。
 彼に仕える事になったのは、佐助がまだ幼い時だった。必死で述べた口上の後に頭を撫でていた彼はしゃがみ込んでから、口を開けと言った。
 言われるままに口を開くと、彼は「そうか」とはにかんでから、よろしく頼む、と佐助の小さな身体を抱え上げた。
 佐助の口――調度生え変わりの時期で、いくつか歯が欠けたせいで、舌足らずになっていたらしい。その様があまりにも幼いと思ったと、彼は後々教えてくれたものだった。





「で?旦那、今一度確認したいんだけど」
「何だ?佐助、褒美が不満か?」
「そういう訳じゃないんだけどさ…」

 出会いから八年――佐助は十八歳、幸村は三十二歳になった。
 任務も見事にこなすようになった佐助は、既に真田忍隊には無くてはならない存在になっていた。
 そして今日も任務を終えて戻ってきてから、幸村から賜った「褒美」に小首を傾げた。幸村は佐助の前で膝立ちになりながら、さらり、と佐助の頬を撫でる。そうして撫でられるのは嫌いではないが、この感触に別の思いを抱くようになったのは、ここ数年の事だ。
 それも幸村がくれる「褒美」は佐助にしか下さらない。

「あのさ、どうして旦那は俺様に…その、ご褒美くれるの?」
「厭だったか?」
「厭じゃない…厭じゃないから、困ってる」

 口元に手の甲を当てて佐助が視線を反らすと、幸村は正面に座って、再び佐助の頬に指先を添えた。

 ――ちゅ。

 小さな音を立てて施される口付け――それが佐助に与えられる褒美だった。
 思えば最初の任務――任務といえないお使いだったが、その時から自然と佐助に幸村は口付けをくれた。
 しかし思春期の佐助にとっては、それは軽く刺激になってしまう。意図を理解しようとして、そんな筈は無いだろうとか、色々と考えてしまうものだ。

「厭ではないのなら、良いではないか」
「でもそれって…俺様の考えていることからなのかなって」
「何を考えておる?」

 幸村は何処までも本心を見せない。佐助にだけ答えさせようとしていく。佐助が俯いてもごもごと口を動かしていくと、業と耳を寄せて「大きな声で言え」とまで言ってくる。

「クソ…ッ、だから!旦那は俺のことが好きなのかな、って」
「そうだが」
「そう…俺も好きだから、って…ええええええええ?」

 あっさりと答えられた内容に佐助の方が驚く。思わず身を引くと、幸村は「よいしょ」と声をかけて佐助の膝の上に乗り上げてから、ぎゅう、と抱き締めてきた。

「俺が妻も娶らずに居たのはどうしてだと思って居ったのだ?」
「だって。え?ええええ?」
「ずっと愛でて、俺だけのものにしてしまおうとしてきたのに」
「旦那…――」
「お前と来たら鈍感で困ったわ」

 くすくすと笑いながら幸村は佐助に体重をかけて、とさ、と畳みの上に押し倒した。上から見下ろしながら、幸村は――端正と言われるその容貌を、しっとりと色に染めて嗤う。

「なぁ、佐助。名実共に俺のものにならぬか?」

 佐助は其処まで言われてから、はあ、と溜息をつくと、腕を伸ばして幸村を引き寄せた。そして体勢を入れ替えると幸村を畳に押さえつける。

「そんなの、ずっと昔から俺は旦那のものだっての」

 観念したように言うと、幸村は微笑んでから、いつもの褒美とは違う深い口付けをくれた。
 これが始めて想いを通じ合わせた最初だった。






 幾度となく肌を合わせても、気になってしまう。触れ合って、想いを通じ合わせて、やっと彼に追いついたような気がしたが、そうでもないらしい。
後から揺さ振りながら、彼の反応が気になって仕方ない。気持ちいいことだけは解る――前の反応を見ればそれは一目瞭然だ。だが何だかしっくりこない。

「あ…うん、んっ」
「旦那…」

 背後から覆いかぶさりながら、ずる、と自身を引き抜くと幸村の耳朶に囁いた。

「旦那、こっち向いて」
「あ…なんで、抜いて…」
「いいから、正面からの方がいい」

 ぐい、と肩を押すと幸村はしぶしぶながら体勢を変えた。
 彼の不満が出てこないように、唇で口元を覆って、何度か陰茎同士をすり合わせると、佐助は幸村の片足を持ち上げた――すると心得ているとばかりに幸村が足をひらく。

 ――こういうの、慣れてるんだろな。

 それが悔しい。
 生きている年数が彼の方が多いものだから、経験も多いことは伺えた。そもそも男と身体を繋ぐことを覚えたのは、彼とこうして褥を共にするようになってからだ。

「――…ッ」

 ぐ、と強く奥に突き入れると、幸村が眉根を寄せて息を詰めた。自然な仕種にほっとしてしまう。

「あ、ああ…ッ、さ、さす…」
「だんな、だん…――」

 ゆさゆさと揺さぶる中にも、彼は自分でいいところに当てようと腰を動かしてくる。淫猥な動きに興奮しないはずもない。

「旦那…感じてる?」
「――…ッ、お前、こそ…」

 額にひかる汗を掌ではらうと、幸村はしっとりと濡れた睫毛を瞬かせる。かすかに目の下にある窪みが、汗をためてまるで涙のようだった。





「お前、正常位がすきなのか?」
「旦那は嫌い?」

 熱を解き放ってから暫くすると、ころりと横になる。目の前で自分で処理をしてしまうような人だが、それにもなれてしまっていた。
 つつ、と自分で奥の――佐助が解き放った精を掻き出しながら幸村が言う。

「そういう訳ではないが…楽なのは後ろからだからな」
「でもさぁ、後ろの時って旦那、演技っぽい」
「――…」
「反論しないの?」

 じっとりと押し黙った幸村が、はは、とごまかしに微笑む。そして手ぬぐいで手元を拭いながら、自分の内股を盥にはった湯でふき取った。

「それもさ…旦那、俺様をもう少し体の中にいれてくれても」
「馬鹿を言うな。腹を下す」
「――夢が無い」
「若僧、楽しむには少しの現実も必要だぞ?」
「そんな講釈聞きたくないね」

 ふん、と仰向けになると、幸村は体を滑らせてくる。そしてむき出しの佐助の胸に指を当てる。

「何?」
「張りが気持ちいい」
「それは旦那の方が…んっ、ちょっと」
「どうせだから、もう一回、鎮めてやろう」
「え?」
「俺の口で」
「わああああああタンマ、それ駄目!」
「何故?」
「勝てる気がしない」

 佐助が幸村の肩を押して阻む。初めての時を思い出して羞恥で火を吹きそうになった。最初の時――それは幸村の手管に翻弄された夜のことでしかない。
 何が何だか解らないうちに快楽に突き落とされて、後々落ち込んだ。
 佐助はそれを思い出して、そっと幸村を抱き締めると自分の胸に抱き締めた。

「あんまり、俺様以外を知っているような台詞言わないで」
「何故?事実は事実と…」
「俺だけって、嘘でもいいから言ってよね」

 ちゅ、と額に口付けると幸村はくすくすと笑って乗り上げてきた。
 そんな年上の恋人を、主を抱き締めながら、一生この人に勝てる気がしないと、佐助はただ嘆息するだけだった。












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三十路幸村×童貞佐助
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