kiss



 隣に座った幸村が気だるそうに背後のソファーに頭を乗せるものだから、思わず顔を近づけた。視線が合って、そのまま顔を落とすようにして近づける――いざ触れようとした瞬間、ふい、と幸村は顔を背けた。

「――…?」

 気のせいかと想って、反らした方へと鼻先を向けると、今度もまた反対に反らしてしまう。佐助は眉根を寄せながら、ソファーに片肘をついて幸村を上から覗き込んだ。

「旦那、何でキスさせてくれないの」

 頭をソファーに乗せていた幸村は、背中に力を入れて――ソファーが軋んだ音を立てた――起き上がった。そして佐助の前に胡坐をかくと、じっと大きな瞳を向けてくる。

「今日は俺からする」
「ん?」
「俺から…キス、するッ」

 言いながら、キス、の辺りで声が小さくなり、ほわりと彼の顔が染まり始めた。間髪を入れずにそのまま幸村は佐助の肩に手を置いて、佐助に釘を刺し始めた。

「だ、だからお前は、動くな」
「はいはい」

 ――どうしたのかねぇ、旦那は。

 必死に、真っ赤になりながら言う幸村に、佐助は全て任せるようにして力を抜くと、ソファーに片肘をついたままで、彼のキスを待った。










 かちかち、と時計の音だけが響いていく中で、幸村は硬直してしまい、動けずにいる。流石にそんな状態の幸村が可哀相で、佐助は苦笑交じりに口を開いた。

「あのさ、まだ?」
「う…」

 かちかちになっている幸村はしどろもどろになってしまっている。佐助はついていた頬杖を離し、その手を幸村の頬に向けた。

 ――びく。

 少し触れただけで反応する。それに満足しながら更に佐助は身を起すように身体を彼の方へと向けた。

「もう、仕方ないなぁ」
「――…ッ!」

 流れるような動きで、もう片方の手で幸村の背を支える。そして引き寄せながら、彼に囁く様にして顔を傾けた。

「旦那…」

 間近に幸村の見開いた大きな瞳がある。その中に己の姿を見られるくらいに近づいて、ふう、と吐息を――唇に触れるように――吹きかけると、幸村はハッと気付いて腕に力を入れた。

「ならぬッ!」

 ――ばしッ!

 思い切り鼻先に幸村の掌がぶち当たる。流石に鼻を打たれると、じん、と痛みが走るものだ。佐助は口元を幸村の掌に覆われたままで睨み付けた。

「ひょっと、ひゃやくひてよ」
「うぅぅ…」

 それでも幸村は腕を突っ張ったままで、真っ赤になっている。どうして其処まで狼狽するのだろうかと想ってしまうが、これも楽しい遣り取りだ。佐助はすうと瞳を眇めると、鼻から口元に押し当てられている幸村の手首を掴みこんだ。

「……」

 ――べろ。

 掌をそのまま舐めると、幸村がびくりと震える。

「ぅあッ!」
「――…」

 そのまま舌先を動かして、掌を舐め続けていると、幸村は足をバタつかせて止めようとしてきた。

「あ、…だ、駄目だ!こらッ」
「ちぇっ」

 あまりに暴れるので、流石に佐助も手を離す。すると幸村は舐められた掌を見つめて、へなへなと眉を下げていく。耳まで真っ赤になり、今にも火を吹きそうな勢いだった。

「っ、破廉恥な…」

 内心でそんな風に照れる幸村を、可愛いと思いながらも、泣き出しそうに真っ赤になっているのに、遣り過ぎたかとも想う。そして佐助は胡坐を掻き直すと、つい、と彼に顔を突き出して見せた。

「それじゃあ、はい」
「え」
「俺様、目閉じてるからさ」

 言ってから、ぱた、と瞼を落とす。
 だがそんなのは建前で、勿論薄目を開いているわけだ。佐助の視線の先の幸村は、じっと佐助を見上げ、手を伸ばし、そのまま引っ込めてから深呼吸をしていく。
 そして、ぐ、と力を込めて近づくと、再び身を引いて、はあはあ、と呼吸を整えている。

 ――かわいいなぁ。

 必死な様相がやたらと健気だ。本当はもっと――キスよりも先の事だってしているのに、何でこの人はこんなにも初心なんだろうと不思議な気がしてしまう。

「――…ッ」

 何度目かになる接近の後に、幸村は肩で息をしていた。ただ唇を触れさせるだけでいいのに、何を緊張してるのだろうかと、悶々としてくる。

 ――あ、駄目。俺様、もう理性限界。

「旦那、ごめん」
「え…――」

 今一度と深呼吸をした幸村に、ぱち、と瞳を見開いて――強く引き寄せながら彼の唇を奪った。

「あ…俺が、する…と…ッ」
「俺、もう限界だもん」

 強く腰に腕を回して引き寄せ、腕を自分の肩に乗せるようにして引き寄せる。そのまま幸村の胸に己の胸を押し付けるようにして引き寄せ、啄ばむキスを徐々に深くしていった。

 ――くちゅ、じゅっ。

 舌先を絡めて、強く引抜くように吸い上げると、幸村が苦しそうに舌先を突き出してきた。

「ぁ…――っふ」
「旦那、ほらこっち来て」
「え?」

 潤みだした幸村の瞳を見つめながら、彼の足を持ち上げて自分の腰に絡める。そうすると密着した状態になる。そして抱え上げている分、幸村の視界が自分に降りてくる。

「旦那の唇ってさ、薄いよね」
「そうか…?」
「うん…薄くて、柔らかくて、気持ちいい」
「あ…――ぅ、そ、そう…かッ」

 濡れたままの唇を、幸村はぱちぱちと瞬きをしながら舐めた。そんな姿が可愛いとは言えず、佐助は彼の唇を再び開かせながら、そっと歯列をなぞって行く。

「ん…ッ」

 鼻先から甘えたな息を漏らす彼の上顎を、尖らせた舌先で擽る。

「――ッ、んんッ」

 くるくると円を描くようにして擽り、そのまま今度はすりあげるように刺激する。すると、がくがくと幸村の背が振るえだし、すぐに佐助の腕に重さが降ってきた。

「うわ…ッ、旦那?」
「あ…ぁ、あ…?」

 ぐったりとしながら佐助にしがみ付く彼の腰が、少しだけ動いたような気がした。

 ――まったく感じやすいんだから。

 嬉しくなりながら、佐助はまだ脱力している幸村の耳元に唇を寄せた。

「キス、好き?」
「そ…んな…――ッ」
「だって腰揺れてるよ?」
「え…ッ」

 ひく、と咽喉を上下に動かして、幸村がようやく焦点を合わせて顔を起した。彼の真っ赤な顔を――頬を撫でて、こめかみに柔らかく口付け、頬、口の端、顎先、と滑らせて行くと、幸村は「悔しい」とだけ呟いた。

「俺様にキスで勝とうなんて、まだ無理無理」
「やって出来ないことはなかろうッ」
「こんな時くらい、俺に主導権頂戴よ」

 くすくすと笑いながら、何度も彼の唇を啄ばむ。そして、すすす、と幸村のシャツの中に手を差し入れ、背中を撫でた。
 びく、と幸村の背が撓る。

「この先、したくなったけど…旦那は?」
「勝手にしろ」
「うん」

 頷きながら、シャツを捲くし上げて幸村の肌に唇を寄せる。そして触れていくと、彼は柔らかく佐助の頭を引き寄せながら、いつかは勝つからな、と呟いていった。











100704/100820 up