深夜の病室


 夜の病院はスリリングです



 遠のく足音に、潜めていた息を吐き出す。大部屋のカーテン越しに聞こえるのは寝息だけだ。だが巡回の時間はある訳で、当然まったくの放置と云うわけではない。
 佐助はこそりと横にしていた身体を起して、小声で呟いた。

「……行ったかな?」
「行ったようでござるな」

 ごそ、と佐助の腕の中から幸村が顔を出す。布団の中に抱え込むようにして彼を押し込めて、横になっていた訳だが、どうしてひとつのベッドに二人で入っているのか。
 それを思い出すと佐助は額を押さえたくなってしまう。
 怪我をして――時間が遅かったこともあり、そのまま今日は入院になったのだが、確かに佐助は幸村を見送ったはずだった。それなのに今佐助の腕にはしっかりと幸村が抱え込まれている。

「でもまさか忍び込むなんて思ってなかったんだけど」
「それだけ佐助が心配だったのでござる」

 幸村が腕を佐助の背に回して、ぎゅ、としがみ付く。ただこうしているだけでも幸せな気持ちになってしまうのは不思議なものだ。だが佐助は意地悪く彼の耳元に囁いた。

「嘘、もっとちゃんと言ってよね」
「――?」

 こそ、とより一層声を潜めて耳朶に――吹き込むように告げる。すると触れる吐息に幸村が僅かに揺れた。

「俺様無しで夜を過ごせないんでしょ?」
「な…ッ」

 がば、と声を上げそうになった幸村の口元を手で塞ぐ。そして佐助は再びじっと周りの気配を探った。物音はせず、時折、鼾が響くくらいだ。

「はい、大声出さないのッ!」
「すまぬ…」
「ここ一応個室じゃないんだからさ」
「だが…その、つい…」
「だよね。こうぴったりくっ付いてると」
「――」

 こく、と幸村が頷く。面会時間が過ぎても病院に泊まることは出来るが、今回彼はずっとトイレに潜むという手段にでている。要するに許可を取っていないのだ。
 それでも側にいたいと思ってもらえていることに喜びを感じるが、それ以上にこうして触れ合っているといらぬ熱が沸き起こりそうになる。

 ――普段も二日と空けずに触れてるわけだしなぁ。

 自分に幸村を慣れさせているだけでなく、どちらかといえば彼に嵌っているのは自分の方だと自覚している。幸村の身体を両腕でしっかりと抱え込んで、熱いくらいの体温を感じていると、ずくずくと下腹が疼いてくる。

「旦那の匂いって、欲情すんだよねぇ」
「だからお前は…」

 かし、と間近にある幸村の耳朶に甘噛みすると、幸村はふるりと震えた。そのまま舌先を滑り込ませて、耳孔に差し入れると、幸村は自分の口を手で塞いでぎゅっと眉根を寄せた。

 ――かーわいい。

 耐える姿までも愛らしくてならない。佐助は熱を吐き出すように、ふ、と息を吐くと、ころりと仰向けになった。だが幸村を抱える腕を放したわけではないので、当然幸村もまた抱えられたままで、佐助の上に乗りかかる体勢になってしまう。

「佐助、重いだろう?離してくれ」
「やぁだよ。このままが良い…」

 自分の胸の上に幸村をのせて、佐助が小声で言う。だが幸村は佐助を気遣って、絡まり始めていた足をずらして下に置いた。

「あー…良い眺めなのに残念。俺様動けないしぃ?」
「ぬ…それとて元はといえば」

 ぴん、と片足を吊り上げているのを二人で見つめる――視線の先には左足を少しだけ挙上しているのが眼に入る。佐助はそれを指差してから、苦笑した。

「足裏って皮膚硬いから血止まりにくいって言うか、傷が塞がりにくいってだけなんだけどさ、地味に痛いんだよねぇ」
「今もか?」
「まーね。結構縫ったし」
「気を紛らわせることは…って、さ、佐助?」

 気遣わしげに眉を下げていた幸村が、急に頬を熱くしてきた。常夜灯はあるものの室内は暗い。はっきりと彼の顔がわかるほどではないが、手に触れている感覚から幸村が真っ赤になっていることは容易に想像できた。

「うん?くっ付いてたら反応してきちゃった」
「お前…」
「でもトイレで処理すんのもなぁ…」
「――…」

 悪びれる素振りもなく、佐助は告げていく。じわじわと重くなっていく下肢をどうしようかと逡巡している訳だが、できれば彼の目の前で処理するのは気が引ける。

 ――それはそれで興奮するかもだけどさ、俺のひとりえっちより旦那のが見たいし。

 下世話な妄想を脳内に繰り広げていると、急に佐助の敏感なところに幸村の手が絡んできた。着ているジャージの上から、ぎゅう、と握られる。下着と擦れて刺激を受けてしまうが、其処は意地で耐えた。

「ッ、旦那?」
「声…」
「ん?」

 か細い、少し震えた声で、幸村が問いかけてくる。顎先を佐助の胸元に載せている。佐助は先程からそんな彼の頭を、ゆるゆるとなでていた。

「声、出さないでいられるか?」
「――勿論」
「じゃあ…」

 ――ぎゅッ

 余裕を含んだ笑みを見せると、幸村の咽喉がごくりと鳴る。そしてジャージの上から掴んでいた手に、より力を篭めていった。

「あ、少し痛いよ。もう少し優しく」

 ぐいぐいと上下に擦られる感触が、敏感な部分に痛みをつれてくる。佐助が幸村の頭を撫でる手をやめずに、そっと優しく囁くと、幸村は慌てて力を抜いた。そして、するする、と手を動かし始めていく。

「すまんッ。こ、こうか…?」
「そう…けど、直に触ってくれない?」

 驚く幸村の手を掴んで、ぐい、と服の中に押し込める。すると幸村が少しばかり及び腰になって、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「旦那の手、濡らしちゃうけど…いいよね」
「う…うむ…――佐助…」
「っ、そ。先っぽ、もっと」

 ――くちゅ、ちゅ、くちゅ。

 既に先走りを滲ませていた陰茎は濡れた音を響かせていく。佐助が彼の手を誘導していると、徐々に幸村は身体を起こした。そして上半身を起しきると、そのまま身体をくの字にして佐助に背を向ける。

「旦那?――わ、ちょっと大胆…」

 何をするつもりかと思っていると、急に下肢が空気に触れる。濡れている場所が冷気を感じていると、今度は熱いものに包まれた。

 ――にゅぶ、にゅ、くちゅ。

「んっ、んっ…」

 熱い粘膜に絡め取られている。それが幸村の咥内によるものだと気付くには、時間を有さなかった。拙い舌捌きで一生懸命に佐助の陰茎を舐り、吸い上げていく。
 唾液と先走りが絡まって、つつ、と陰嚢まで濡れていくような感じがした。
 佐助に背を向けたままで、舌先を使い、上顎に擦り付ける感触が、佐助の腰を熱くさせていった。

 ――残念なのは、旦那の顔が見えないことか。

 背をむけている幸村の顔は見えない。だが時折揺れる彼の背に、彼もまた感じてきているのだろうと予想できた。

 ――快楽には俺よりも旦那の方が弱いし。

 は、と軽く咽喉を反らして熱を追いやる。そして首を戻してから、佐助は少しだけ頭を持ち上げて、幸村の背に手を添えた。

「ああ、いいね、旦那。慣れてきたんじゃない?」
「そんな、ことは…」
「でもさぁ、している旦那の方が声でてる」
「――っ」

 驚いて振り返る幸村の眼に、うっすらと涙が浮かんでいた。回りには――寝ているとはいえ――人がいる。カーテン越しのこの薄い空間でどれ程の防音か、それを思うと恥ずかしくてならないのだろう。
 青く光るよるの光を見つめて、佐助は彼に気付かれないように、口の端を持ち上げた。そして背を向けている彼の腰から、そっとジーンズの中に手を差し入れる。

「旦那のも触ってあげようか」
「や…」

 逃げを打とうとする幸村の腰を抱え込み、上半身を起き上がらせて、力任せに引き寄せた。後ろから抱き締めて、手を前に回してジッパーを素早くおろすと、手にぬるりとした感触が触れてきていた。

「わ、ちょっと何これ」
「ぅぅ…」

 触れられて今にも泣きそうな声を上げる幸村を、後ろから抱き締めて肩口に顎を乗せる。そのまま、ずるりと彼の下着を下ろし、手で滑る感触を確認してしまう。

 ――すご…糸引いてる。

 こんなに濡れていたことなどあっただろうか、と凝視してしまう。そしてそのまま滑りを利用して、ぬるぬると先の割れ目を弄ると、幸村はぎゅっと口元を噛み締めた。

「咥えてるだけで感じちゃったわけ?」
「ぁ、こ、声、」
「そーね…」
 後ろから抱き締めていると、急にドアが開く音がした。

 ――やばッ。

 佐助は勢い良く布団を被りこみ、彼を抱きかかえた。そして息を潜めている間、鼓動の音だけを聞いていくようなものだった。







 程なく、しん、と静まった室内で布団をばさりと取り除く。すると背中から抱えたままの幸村が振り返ってきた。

「行ったかな?」
「あ、危なかった…んっ」

 鼻先が触れた瞬間、引き寄せられるように彼に口付けていた。上唇をなぞり、下唇を食み、そして重ね合わせてから、ちゅう、と音を立てて離れる。

「キス、してなかったね」
「そういえば…」

 今夜初めてのキスは、なんだか不思議な気分だった。どきどきと緊張も相まって鼓動が跳ねて仕方ない。

「どうしようかなぁ…このままは辛いよね。旦那、俺様に乗ってていいから」
「え…――んぐ」

 くるん、と幸村の腰を支えて自分の上に乗り上げさせる。そして、ぐう、と彼の足を押し広げさせて自分の脇に抱え込んだ。目の前には幸村の陰部が眼に入る。
 時折、ぽた、と佐助の首元に彼の先走りが零れてくる。

 ――すげ、溢れてきてる。

 声を詰まらせた幸村は、こほ、と軽く咽こんだ。それもその筈で彼の頭のある場所には自信の陰部があるのだ。佐助の胸には幸村の腹が乗っているし、幸村の胸は佐助の腹にくっついている状態だ。

「や…この格好…さ、佐助っ」
「お願い。俺様、足つかえないし、そのまましゃぶって」
「え…――」
「こっちは俺がちゃんとしてあげるから」
「――――…ッ」

 いい様に、ぱくん、と彼の陰嚢を口に含む。そして舌先で真ん中の筋の辺りを滑らせて行くと、ひくひくと彼の腰が揺れて力をなくしていく。
 それでも、たどたどしく佐助の陰茎に手を伸ばし、はむ、と食み出すのが愛しくてならない。佐助は口を陰嚢から外すと、しとどに濡れている陰茎に舌先をねっとりと這わせていった。

 ――びくん。

 大きく揺れる幸村の身体にあわせて、軽くカリの部分を甘噛みされる。それが刺激となって、ずくりと佐助の腰に熱が落ちてきた。軽く揺するように腰を動かすと簡易ベッドは即座に音を立ててしまう。

「ふ…っ、――ッ」

 幸村の小さな喘ぎが聞こえる。それを聞きながら、臀部を割り開くと佐助は後孔に指先を突き立てた。

「――――…ッ」
「声、出しちゃ駄目だからね」

 ――ぬちゅ、ぐちゅ。

 粘着質な音を立てて後孔を犯し、内部を擦る。それと同時に幸村は咽喉元までぐっと佐助の陰茎を飲み込んで、ぐう、と吸い上げていった。

 ――やば、これくるわ。

 ぞくぞくと背に戦慄が走る。佐助は撓り出す幸村の背からも、果てが近いこと知ると、業と彼の後孔の中のしこりを指先で引っ掻き始めた。

「じゃあ、一気に達こうか…ね、旦那」
「っ、――ッ」

 ――びくんっ。

 一瞬大きく身体が揺れる。それにあわせて、佐助の咥内に激しく彼の精液が注がれていく。佐助は搾り取るように咽喉をすぼめると、ごくん、と飲み込んだ。

「――――…ッ」

 嚥下する音に幸村が驚いて振り返りそうになる。だがそれを押し留めるように、腰を打ちつける、同時に達した佐助もまた、幸村の咥内に吐き出す羽目になっていった。










 べたべたになるのは予想できていたが、シーツやら何やらを濡らすよりは良いと、達した後の幸村の陰茎を、綺麗に舐め取っていくと、もう止めてくれ、と半分泣かれてしまった。
 仕方ないのでティッシュでふき取ってから、再び幸村を抱き締める。

「後でカーテン開けたら、青臭いかも」
「うぅぅ…佐助ぇ」
「ごめん。嘘だよ」

 ちゅ、と額に口付けると、ぎゅうと抱き締めてくる。このまま朝まで一緒にいて、また幸村は目を盗んでトイレに忍び込むと言ってた。全くその行動力には脱帽してしまう。

「ね、旦那」
「うん?」
「帰ったら一杯しようよ」
「な…――」
「だって、挿入れたくてさぁ…なんか消化不良。旦那もでしょ?」

 耳元に小声になりながら囁き、もにもにと彼の臀部を揉みこむと、幸村は触れている肌をカッと熱くさせた。

「それにさ、旦那、今のがシックスナインだって解ってる?」
「しっくす…?」
「ちょっとソフトSMも良いな〜とか想ったし。流鏑馬とかさ…」
「?????」
「ま、おいおいね」

 小首を傾げる幸村に、佐助は悪魔のようににっこりと微笑むと、ぎゅう、と彼の熱い身体を抱きこんでいった。
 鼻先にふわりと味噌汁のような香りがしてきており、そろそろ朝なのだろうと脳裏で想う中、幸村はといえば佐助に猫のように擦り寄って甘えるだけだった。












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因みに佐助の怪我は、幸村の部屋の窓枠に寄りかかったらそれが外れて落下。植木で足を切った、というものでした。