7. 何がいけなかったのかが解らないままに、今度は幸村の方が佐助を避けるようになった。 どこに行くにも、何をするにも、いつも「佐助」と呼んできた主が、一向に名を呼ばない。其れどころか、佐助ではなく他の者を供につけるようになった。 ――どんな風の吹き回し? 心当たりと言えば、越後に赴いた帰りのやりとりくらいだ。 ――でもあれは旦那の勘違いだし。 しかしそれを弁明することはしていない。だとするとまだ幸村は誤解したままだろう。 ――このままじゃ嫌だよ。 佐助は膝を抱えたままで、くしゃ、と前に落ちてきた髪をなで上げた。何度考えても結局のところ、あの時の遣り取りしか思い浮かばない。あからさまに背を向けられることには慣れていないものだ。 目の前で自分の姿を見つけて振り返る――くるりと翻る髪も、逞しい背中も、柔らかく呼ばれる声も、その全てが佐助には染み込んでいる。 それなのに、今は彼が呼んでくれない。振り返ってくれない。 まるで置いていかれたかのように感じてしまうと、胸に風が吹き込んでくるようだった。 「――――……」 こんな風にひとりで思い悩んでいても埒があかない。それに自覚してしまった恋慕の情がやたらと胸を焦がしてくる。佐助は立て続けに、ぐしゃぐしゃと頭を掻くと、ぐい、と顔を起こした。こんなすっきりしない気持ちは早々に断ち切ってしまいたいものだ。 「よし…ッ」 ここは一発、玉砕覚悟で幸村に向かっていこう――そうと決まれば善は急げだ。佐助はすっくと立ち上がると、忍邸から主邸へと足を向けた。 やたらと邸が静かだと思ったかが、佐助はすたすたと慣れた道筋を辿って幸村の部屋の前に来た。この時間なら彼は読書に勤しんでいる頃合だ。そう思ってそっと深呼吸を繰りかえす。 ――から。 意を決して障子に手を当てて、小声になりながら中に顔を覗かせた。 「旦那〜?…って、あれ?」 意気込んで声をかけたものの、中に人の気配はない。気負ってきただけに肩すかしを食らってしまう。はあ、と深い溜息を付いてから今度は彼が居ないことに不安を感じ始めた。 「どこに行ったのかなぁ…」 外出するなんて話は聞いていない。だが気紛れな主の事だ――唐突に思いついて外出することだってある。 ――佐助っ!今日は祭を見にいこうぞ! 脳裏に浮かぶのははしゃいだ幸村の顔だ。どこにいくにも、些細なことでもいつも佐助を共に選んでいた。幼い時から、手を引いて――仕事があると言っても構わず――幸村はまるで子どものように嬉しそうに佐助を連れていったものだ。 ――熱い手だったなぁ。 その手の大きさと熱さに、何度も驚いた。そして自分を大切にしてくれる主に、いつも嬉しさと切なさを感じていたものだ。今にして思えばそれは小さな恋の始まりだったかもしれない。 「寂しいなぁ…旦那ぁ」 思わず口から零れてしまう。気づけばこんなにも側に居ない時期が積み重ねられている。犬ならば、くうん、と鼻を鳴らしている頃だろう。 ――かたん。 佐助は静かに障子を閉める。そして彼を探そうと踵を返すと、今度はどたどたと荒々しい足音が響いてきた。そしてそれが自分を探す声だと気付くと、瞬時に表情を引き締めた。 「長、長…――っ!」 「なに、どうしたの?」 しれっとして応えると、忍隊の年若い少年は血相を変えて駆け込んできた。顔面が蒼白になっている。ぜぇぜぇと息を切らして駆け込み、あわあわと両手を動かしてみせた。 「落ち着いて。何があったか説明してみなよ」 佐助が膝を折って少年の肩に手をつく。すると少年は、んっく、と咽喉を動かしてから、思い切り大きな声で佐助に告げた。 「――っ、幸村様が……」 「――――っ」 ざあ、と背筋が冷える。幸村の名前が出た瞬間、びりり、と背中が強張った。 「ゆ、幸村様が…」 「旦那が…どうしたって?」 問いかけた瞬間、少年の顔色が青く――より一層青さを増していく。恐怖に引き攣れるかのように、唇を戦慄かせていた。佐助自身、身の内から漏れ出る不穏な気配を止めることが出来ない。 「――お、長?」 「――……ッ」 そして次の瞬間、佐助はその場から疾風のごとくに駆け出していた。背に少年の声が響いていたが、構ってなど居られない。頭は真っ白になってしまっていた。 思考することが出来ずに足だけが地面を掛けて行く。邸からの道をわざわざ下りながら佐助は必死に走っていった。報告に来た忍隊の少年から詳細を聞いたわけでもない。随分と性急に飛び出したと、冷静ならば考えられたかもしれないが、今の佐助にはそれは無理な話だった。ただ只管に駆け出すだけだった。 は、は、と細かい息を吐きながら――其処まで息を荒くした事など、此処最近ではなかったのではないだろうか――ゆったりとした人影に足を止める。 「おお、佐助か。何だ、出迎えか?」 「――――ッ!」 のんびりとした声を出したのは幸村だ。それもいつもよりも視線の高い場所から、手を振りながら――だが頬に擦り傷を作っている――明るく声をかけてくる。しかし彼は海野の背に背負われていた。 「海野、此処でいいぞ」 「大丈夫ですかぁ?」 たんたん、と幸村が海野の肩を叩くと、海野は屈みこんで幸村を下ろす。和やかに話し込んでいる彼に、佐助はぐっと咽喉の奥が引き結ばれるかのように感じた。そして、ずかずかと歩き出して幸村の前に立つと、盛大に腕を振るった。 ――ばしっ 今将に平手を食らったという形に幸村が顔を横に流す。じわじわと視界が歪んでくる。幸村の頬を打った掌が、じんじんと痛みを訴えてくる。佐助はそのまま彼に怒鳴った。 「俺の…俺様の目の届かないところで怪我なんてしないでよっ」 「…――」 「旦那のバカッ!」 ゆるゆると幸村が横に流していた顔を、正面に向ける。幸村は打たれた頬に手を添える事無く、きゅ、と口元を引き結んだだけだった。そして真っ赤な目をして佐助が睨んでいることに気付いて、口を開きかけた。 「歯ぁ、食いしばれ…」 「え…」 ――ドゴッ! 低い唸り声と共に海野がこぶしを振り上げた。そのせいで幸村の行動は押し退けられてしまう。盛大に拳骨を食らった佐助が頭を押さえて叫んだ。 「な…何すんだよ、海野ッ」 「馬鹿は貴様だッ!主に向ってなんて口の利き方だッ!しかも殴るとは…其処になおれッ」 「五月蝿いなッ!俺と旦那のことなんだから黙ってろよ」 「黙っていられるか、小童がぁッ!」 怒声の応酬の中、海野と佐助の拳が行きかう。すっかり取り残された様相の幸村が、ハッと気付いて二人に声をかけようとした。 「おい……」 目の前で吹っ飛ばされる佐助が、再び今度は海野を弾き飛ばす。そうして、日頃の恨みとばかりに悪口雑言を繰り返していると、流石に幸村の眉根が寄せられていった。 ――すぅ。 幸村が思い切り息を吸い込む。そして次の瞬間、大音声で怒声を響かせた。 「いい加減にせぬかッ!」 「――――っ」 ばさばさ、と鳥が木々から飛び立つ。ぴた、と佐助も海野も動きを止めて、幸村の方を振り返った。 「いい加減にせい、二人とも」 「ですが、幸村様…」 「旦那…」 「良いから、邸に戻るぞ。海野、肩を貸せ。佐助、先に戻って貼り薬を用意しておけ」 幸村はさくさくと指示を向けてくる。そうされると従わない訳にはいかない。海野は「背負いますよ」と幸村を歩かせまいと抱え上げた。佐助は指示された通りに踵を返し、ふと背後を振り返った。 ――さっき、俺に笑顔向けてくれた。 迎えに行って、自分の顔を見て微笑んだ幸村に、じわりと涙が出てくる。避けられて、寂しささえ感じていた数日の出来事が、一気に胸に押し寄せてくる。 ぐし、と鼻先を啜りながら佐助は着た時と同じように、疾風のように邸へと戻っていった。 「良いんですかぁ、幸村様」 「ふふ…可愛いではないか。嬉しいものだな」 ――俺を心配してくれたようだ。 あっという間に小さくなる佐助の影を前方に見ながら、海野が幸村を背負いながら声をかけた。すると幸村はぎゅっと海野の首に腕を回して、顔を寄せると楽しそうに笑った。 「うわぁ、お人が悪い。業とですか」 「まぁ…な。今度は邪魔してくれるなよ」 ぎゅ、と幸村が海野の耳を引っ張る。海野は、はいはい、と頷きながら、幸村を背負ったまま邸へと急いでいった。 邸に戻り、自室に行くと既に佐助は治療の準備を整えて待っていた。定位置に座り込んでいると、手際よく彼は幸村の足元を膝に乗せた。袴を手繰り上げると、ひたり、と幸村の足に手を添える。掌に触れた彼の足の感触を感じ入っている時間はない。さらり、と足首まで滑り下ろすと、踝の辺りを何度か確認するように触れていった。 「腫れてる…どうしたのさ?」 「飛び出した子どもを庇って、少し捻っただけだ」 「――顔にも、擦り傷あるんですけど」 つ、と佐助は手を伸ばして幸村の頬に触れる。すると幸村は視線だけを佐助の手に向けて、薄く唇を開いた。 ――すり…。 労るように、ゆっくりと触れると彼はそのまま瞼を落とした。無防備な姿に佐助の胸が、どくん、と大きく跳ねた。 ――平常心、平常心…疾しい気持ちなんて、見せちゃ駄目だ。 ごくんと咽喉が鳴る。だが佐助はぐっとそれを腹の奥底に隠しこみ、手を離した。すると離れた手の感触に、幸村は瞼を押し上げた。 「手間を、かけるな…」 「いつもの事だよ。だからさ…」 佐助が其処まで言うと、幸村は俯き加減になりながら困ったように眉を顰めながら、口元に笑みを浮べた。 「早く嫁を取れ、と…お前は言うのだろうな」 「――ッ」 先読みした幸村の言葉に佐助が顔を上げる。だが幸村は視線を合わせようとはしなかった。彼が口にした言葉は、今まで何度でも言ってきた言葉だ。それが今になって自分の首を絞めてくるとは思ってもいなかった。 ――何だか、苦しい。 何を話したら良いのか解らなくなってしまう。やきもきしながら佐助は手元を動かし始めた。そして貼り薬を手にすると、冷たいかも、とだけ告げて彼の肌の上にそれを落とす。そして固定するように晒しを巻きつけていった。 「旦那、足はこれで良いけど…顔、それも薬塗るから」 「うむ…」 捲りあげていた袴を下ろし、佐助は盥を彼の側に近づけた。膝を寄せて幸村に近づく。すると、幸村は心得ていたかのように瞼を伏せてじっとしていた。盥の中に落とした手ぬぐいでまずは汚れている傷の周りを拭いこむ。 「あの、さ…旦那」 「何だ?」 「本当に…本気で、お嫁さん貰うの?」 数日前に幸村は縁談を受けると言っていた。それを思い出して佐助は問いかけてみた。すると幸村はゆっくりと瞼を押し上げる。そして真っ直ぐに佐助へと視線を向けてきた――だが直ぐに佐助は視線を反らしてしまった。慌てて手を盥の中に押し込んで、ばしゃん、と手拭いを洗う。そして再びそれを引き上げてから、ぎゅ、と握った。 「本気だ、と言ったら…お前に不都合でもあるのか?」 「――…ッ」 「俺に落ち着いて欲しいのだろう?」 ――お前がずっと、望んでいた事ではないのか? 幸村の言葉に背筋がすっと冷たくなるような気がした。確かにそう言い続けた――そして、その中で自分の恋心に気付いてしまった。だから言を翻して、今度は駄目だと言ったら、それは都合が良すぎるだろうか。 ――好きになってたんだ。でも、今更…言える筈ないじゃないか。 佐助は絞った手ぬぐいを置いて、横に置いてあった薬へと手を伸ばした。かた、と佐助は薬を入れた小さな蓋付きの箱の蓋を開け、指先に掬い取った。そして膝立ちになって幸村の頤を仰向けさせる。 「少し、しみるよ」 「佐助、お前は…今、何を思っている?」 「――…ッ」 指先を幸村に向けて、肌に触れる瞬間、彼は瞳を上げて見つめてきた。そのまま彼から離れようと腰を引きかけると、ぐ、と幸村の手が伸びて手首を掴んでくる。 「佐助…聞かせてくれ。お前の、本心を――…」 「あ……――」 逃げ腰になると、空かさず幸村の片腕が腰に伸びてきて引き寄せてくる。 ――答えられる訳、無い。 佐助が咽喉元まで出かかる告白を飲み込んでいる間に、幸村は両腕を伸ばして佐助の胸元にしがみ付いてきた。出来ればそのまま抱き締め返したい気もするが、手にした薬にハッと我に返った。 「そんな事より、まずは薬塗るから…」 「そんな事なんかじゃないッ!」 ――ドサッ。 急に幸村が声を荒げて体重を掛けてきた。支えきれずに後方へと身体を倒しこむと、背中に畳の感触が触れてくる。微かに受けた背中の痛みに、眉根を絞っていると腹の上にのしりとした重さを感じた。見上げてみれば、幸村が乗り上げて見下ろしてきている。 「今すぐ、お前の本心を述べよ」 幸村の視線は真剣で、するり、と腕を伸ばして佐助の両手首を掴みこむ。まるで畳に磔られたかのような体勢に、咽喉が鳴った。 「それは…命令?」 「――…ッ」 ぴく、と僅かに幸村が肩を揺らした。僅かな反応を見咎めながら、呼吸を深く吸い込んで佐助はきっぱりと告げた。 「命令してまでも、俺の気持ち、聞きたいの?」 「佐助…――」 落胆とも、動揺とも取れる揺らぎが彼の中に灯る。それに気付いて佐助はぷいと横を向いた。 「言いたくない」 「言ってくれ。今、聞きたいのだ」 「言いたくないってば」 「言ってくれ」 ――とんッ。 佐助の両手首の拘束を解いて、幸村は佐助の胸を軽く叩いた。手首が自由になると、佐助はその手を自分の視界を覆うように構え、再び拒否の言葉を口にした。 「言いたくない、だから絶対に言わないッ」 「佐助…駄々を捏ねるな!」 絞り出すように幸村が声を荒げる。打ちつけたまま、佐助の胸元を掴みこんで、身体を折りたたむ。それがまるで懇願しているかのようだった。 「駄々なんて捏ねてないよ。さっさと嫁でも何でも貰って、子どもでも作って、隠居しちゃえばいいんだッ」 ――ドンッ。 半ば自棄になって畳を打ち付ける。すると、す、と胸元の幸村の手が解けた。その事に気付いて顔を向けると、幸村は放心したかのように瞳を見開いて見下ろしてきていた。 「それは…本心、か?」 かたかた、と僅かに彼の手が震えているのが解った。佐助は腕を伸ばして幸村の両腕を掴みこむと、腹筋を使って起き上がる。勢いで幸村の額にぶつかりそうになる。 間近で、囁くように佐助は声を絞り出した。今にも泣いてしまいたい気分だった。 「本心かどうかなんて…それくらい、気付いてよ」 「嘘なら聴きたくない。さっさと言わぬか」 ばし、と幸村が佐助の腕を振り払う。そして口元に拳を当てて顔を背けた。 「――ッ!お前はいつもそうだッ!肝心な処で…はぐらかして」 ――俺がどんな気持ちで…。 ぐしゅ、と目元を潤ませて――今にも泣き出しそうな幸村が、足を動かして佐助から退こうとする。佐助は瞬時に彼の背に手をあて、今度は反対に体重を掛けた。 ――どさんっ。 「――ッく」 畳に背を打ち付けて幸村が呻き声を上げる。佐助は形勢逆転とばかりに彼に乗り上げ、肩に力を入れて押さえつけた。 「いつまでも子ども扱いしないでよ」 「佐助…」 「もう俺だって大人なんだよ。男なんだよ。力だって旦那とそう変わらない」 「お前、何を…――ッ」 「だから、こうして旦那を組み伏せるのだって、容易いんだよ」 ――そこんとこ、解ってる? 自分が何を言っているのか――それが幸村に伝わっているのかは解らない。互いに駄々を捏ねて、いつまで経っても先に進めない。原因が全て幸村の自分に対する扱い――子ども扱いにあるような気がしてしまう。 ――余裕綽々な旦那が気に食わない。 畳にこんな風に押し倒して、広がる髪を指に絡めて、そのまま身体を沈めたいくらいに、今は彼を欲している。それなのに今更打ち明けることなど出来る筈も無い。 佐助が幸村を見下ろしていると、彼の口が僅かに動いた。 「歯を食いしばれ」 「え…」 ――どごっ 反応するよりも早く、幸村の頭突きが佐助の顎に当たる。命中したせいで、視界がくらくらと揺らめいた。だが直ぐに頭を振って体勢を戻すと、佐助は間近で叫んだ。 「ちょ…なにすんのさッ」 「それはこっちの台詞だ!」 先程の佐助と同様に腹筋だけで起き上がった幸村が、眉を吊り上げている。そして、ぐい、と強く佐助の胸倉を掴みこんだ。 「何が大人だ。俺にとってはいつまでも童よ!」 「なん…」 「だから人が我慢しているというのにッ」 ――どんッ。 勢い良く幸村の頭が佐助の胸元にぶつかってくる。伏せられたせいで彼の表情はわからない。だが最後に告げられた言葉が耳に突き刺さった。 すとん、と落ちてきた彼の告白が佐助の中をぐるぐると廻ってくる。 「え…、ちょっと…今何て言った…?」 「人の気も知らずに、勝手ばかりほざくなっ!」 ――どんッ。 再び幸村が佐助の胸元に額を打ちつける。鈍い痛みに耐えながら、佐助は肩に手を添えた。くい、と肩を揺らして彼の顔を上げさせようと、首を竦めて覗き込む。 「旦那…旦那の気持ちって、何?」 「……――」 「俺、旦那の…こんな顔なんて始めてだよ」 ぎゅう、と下唇を噛み締めている幸村の頬に、そっと手を添えて唇に指をなぞらせた。幸村は今にも泣き出しそうな――だがそれを耐えるように、力を入れている。噛み締めている唇に指を滑らせ、力を抜かせる。幸村は促がされるままに唇から力を抜いて、んく、と咽喉を鳴らした。その瞬間、佐助の目の前が真っ白になった気がした。 気付いたら、そっと鼻先を、額を寄せていた。 ――ふ。 唇に触れた感触――それは以前に一度触れたことのある感触だ。あの時は幸村からだったが、今度は佐助から彼に触れた。ただ唇の表面を滑らせるような、子どものような口付けだ。 ――こつん。 幸村の頬に手を添えたまま、唇を離して額を押し付ける。ぼぼぼ、と背中から熱さが込み上げてきて、恥ずかしさで目元が潤みそうになった。 「え…――っと、これじゃ、駄目、かな?」 「――…」 「今の俺様には、精一杯なんだけど…旦那?」 ふる、と震えたままの幸村の手が、頬に添えたままの佐助の手首を掴みこむ。そして戦慄く唇で幸村が言葉を発した。 「…気付くのが、遅いわっ」 「はは…ごめん。ごめんね…」 間近で見つめた幸村は、子どものように顔を真っ赤にしていく。そんな彼を引き寄せながら、佐助は再び幸村の唇に触れていった。 →8 100314/100317 up |