お熱いのはいかが? ――熱いのは苦手なんだよね。 毎年、除夜の鐘がなる頃になると、佐助が手を引いて行ってくれた。どんなに眠くなって瞼を擦っても、起してくれ、と強請っていた自分の言いつけを守って、連れて行ってくれた。時にはその背に背負って、山の上の神社まで連れて行ってくれた事もあった。 だが今年はその訪れは無い。 がたがた、と揺れる戸を見つめながら、除夜の鐘を静かに聴いていると、やっと彼は顔を見せてくれた。 「佐助、早うッ」 「旦那ぁ、俺様さっき戻ってきたばかりだよ?疲れたっての」 ふあ、と欠伸を噛み殺しながら、佐助が階段を上り始める。その先導をしながら幸村は、さくさく、と薄っすら積もった雪道を登った。 「やはり山の気というのは、清清しいな…。今日ともなると、其処に神々しさまで加わるかのようだ」 「――…」 「佐助?」 返事のない後方へを首を廻らせると、肩を竦めて腕組をしている佐助が眼に入った。背を丸めている姿はいつもの飄々とした彼とは思えない。鼻の先を赤らめて首巻に埋めている姿は、見るからに寒そうだ。 「寒い…俺様、寒いの嫌い」 「それは仕方なかろう?」 ――冬が寒いのは当たり前だ。 吐く息すら白いが、幸村は背筋をしゃんと伸ばしている。階段を上っていると身体はほかほかとしてくるものだ。だが佐助は違うらしい。 ふわ、と再び欠伸をしてから、ぶるる、と身体を震わせている。 「でもさぁ、初詣なら何もこんなに早くなくても良いんじゃない?風邪引くよ」 「年が明けたのだ。何事も早いほうが良かろう?」 「そんな事あるわけないじゃんよ…」 早く神社に行ってお参りしてしまった方が――先着順ではないだろうが、ご利益があるような気がしてしまう。 ずんずんと階段を上りながら両腕を動かしていると、ひょい、ひょい、と佐助が背後に近づく。追い着かれそうだと気付くと、先に先にと進んでいった。 「先手必勝とも言うしなッ」 「あー…うん。旦那、早いもんね」 「――?」 ぽつりと言われた言葉に振り返る。自分の髪が、ひらり、とうねって流線型を描いていく。佐助は足元をじっと見つめながら、器用にも幸村の足跡の上に自分の足を乗せた。 「俺の何が早いと…?」 「あー…自覚無いの?ま、何もかも早いけど、其れだけじゃなくて」 「――…?」 「閨でもさ、早いよね」 カッと顔に火が上る。詳しく説明されたくない一言だ。 「なななな何を申すか――ッ!」 「だっていつも俺よりも先に達っちゃうじゃない」 ひょい、と幸村の足跡の上に乗りながら佐助が近づく。いきなり告げられた閨事――まさかこんな所で言われるとは思ってもいなかった――心積もりもないままに、羞恥に晒されると如何したらいいのか判らなくなる。 「口を慎めッ!馬鹿者ッ!」 「へーい、へい」 ぐる、と佐助から踵を返して逃げるようにして階段を駆け上がる。だが焦る幸村に構う事無く、くすくす、と嗤う声が背後から着いて来ていた。 一気に階段を駆け上がったせいで、身体は温まった。そのまま参拝して振り返ると、再び佐助は背を丸めている。それに溜息をついてから、視線を廻らせると湯気が上がっていることに気付いた。 「おお、甘酒を振舞っておる。佐助、少しは温まれよう?」 貰ってくる、と幸村が駆け出す。そして戻ってくると手には湯飲みが二つ――その一つを佐助に差し出してきた。 佐助は湯飲みを受け取って、両手で持つと「あったかーい」とぎゅうと湯飲みを握りこんだ。それを横目で見ながら、幸村はこくりと甘酒を咽喉に流していった。 だが中々佐助は甘酒に口をつけない。 湯飲みを手に持ったまま、じっとしている。 ――冷めてしまうだろうに。 半分ほど飲みきった幸村の湯飲みは、少しだけ暖かさを失っていく。冷える前に飲んでしまった方が、身体も温まるというものだろう。 「飲まぬのか?」 「飲むよ」 佐助はハッと気付いたように顔を起した。掌から伝わる暖かさに感じ入っていたらしい。まだ湯飲みからは、ほわり、と白い――暖かそうな湯気が出ていた。 だが佐助は甘酒の表面を覗き込むと、再び手の中で弄び始める。だが幸村がじっと窺っていることに気付くと、ちらり、ちらり、と甘酒と幸村を交互に比べ見、そして思い切ったように甘酒に口をつけた。 ――ちびり。 幸村から見れば、ただ舐めたようにしか見えなかった。 少しだけ湯飲みに口を付けて――かと思うと離れてしまう。そして佐助は片手で口元を覆ってしまった。 「どうした?」 「――焼けた」 ――口の中、焼けた。 ほんの少し舐めた程度だというのに、佐助は口の中を火傷してしまたったという。 「どれ?」 口元を押さえたままの佐助を覗き込み、少しだけ背伸びをすると、佐助は口を開いて見せた。 明るいところならば色の変化も解ろうものだが、まだ未明の神社――山の中のこの状況では見定めるのも限界がある。 角度を変えて覗き込んでいると、佐助はそんな様子の幸村に気付いたのか、ぺろ、と舌先を出して見せた。 すると確かに其処が赤くなっているのが、微かだが、窺うことが出来る。 「ほう…これは」 「ね?焼けてるでしょ?」 困ったように佐助は眉を下げてみせる。舌先がいつもよりも赤くなって、口を開いてみると少しは外気の影響で緩和するのか、佐助はぱくりと口を開けて見せた。その様子から目が離せなくなる。 ――……ッ ふぅと手が伸びて、気付いたら赤くなっていた佐助の口元に――僅かに出されていた舌先に、自分の舌先を触れさせていた。 ――熱い。 舌先に感じる感触に、しっかりと熱を感じる。口の中全体が熱くなっているのが、ありありと解って、幸村は静かに唇を離した。 「な……――ッ」 顔を離してみると、がばりと口元を押さえて佐助が瞳を見開いている。彼の焦りが手に取るように解るが――どうして驚いているのか解らなかった。 「痛かったか?」 「そうじゃなくて…」 「観ただけでは解らんからな」 ――触れてみた。 あはは、と笑いを含ませて湯飲みに口をつける。先程よりも冷めた甘酒が舌先に、酒気と甘さを伝えてくる。 「あのさ…旦那ぁ」 「うん?」 「あんた、無意識だろうけど…今の、口吸い…」 向かいで赤くなりながら――口元を手で覆ったままの佐助が俯く。 ――今の、口吸い… 反芻した佐助の言葉に、今度は幸村が慌てる番だった。ぐわ、と背に熱が走り、ぶわりと顔が熱くなる。わなわなと手元が震えてきてしまった。 「――――ッッッ」 迂闊だった。 何も気にもせずに触れてしまっていた。佐助に言われてから自分の行動の意味を思い知ってしまう。空いたほうの手で頬に触れると、熱が其処に集まってくるようだった。 「あはは、今頃気付いたねぇ」 「あああああ、俺は…年明けからなんと不埒な…ッ」 「はいはい」 「破廉恥でござるぅぁああああッ!」 「はい、叫ばない」 ぐわ、としゃがみ込みながら叫ぶと、腕を佐助が引っ張ってくる。恥ずかしくて顔を上げられそうにもない。 それに境内には暗いとは言っても、人が疎らにいる――そんな衆目の中で、自分は何という事をしてしまったのだろうか。 ――穴があったら入りたい。 いっそ此処に穴を開けてしまおうか。 ぐるぐると考え込んでいると、ぐい、と佐助が腕を引いて幸村を立たせた。そして幸村を正面から抱き締めると、肩に顎先を乗せてくる。 「ん…さ、佐助…ッ」 「俺様さ、昔から熱いの苦手なの」 「うん?」 耳元に囁かれる声に、耳を傾ける。すると佐助は幸村の腰に腕を回して、ぎゅ、と抱き締めてきた。 「任務中だとさ、無闇に火なんて興せないし。忍里でも冷たいもので身体を慣らしてきたからさぁ」 「――…」 「それに、暑苦しいのも、苦手」 くい、と肩に佐助の手が伸びてくる。僅かに引き離されると、間近に佐助の顔が迫る。動かずに凝視してしまっていると、こつん、と佐助の額が触れてきた。 ひやりとする佐助の額は、幸村の額とは全く温度を異にしていた。だが鼻先が触れて、吐息が吹きかかると、幸村の熱がどんどん佐助に伝わっていくかのように思えてくる。 ――暑苦しい、というのは、俺のことだろうか。 普段を思い起こして、ふと其処にひっかかりを感じる。幸村が反論しようとした瞬間、ふ、と頬に佐助の唇が触れた。 「でも…これは別みたい」 「え…?」 「旦那の暑苦しさも、口の中も、旦那自身も。凄く熱いけど」 「それは…――」 「旦那の熱いのは好きだよ」 冷たい佐助の両手が頬に触れてくる。その冷たい手を温めるように手を重ねて、少しだけ顔をずらすと、彼の手の平に唇を寄せていく。 「旦那ぁ、これ以上、俺に火傷させないで」 ふふ、と嬉しそうに佐助は嗤いながら身を寄せてくる。幸村は背伸びをして佐助の耳元に反撃のように告げた。 「俺の炎で焼いてやろうか?」 「うわぁ、それは勘弁。比喩くらい、察してよね」 ――もう少し、温まらせて。 そんな風に言う佐助に抱き締められながら、手元にある甘酒を見下ろした。幸村はまだ熱い手の内の甘酒に、ふうふう、と息を吹きかける。そして佐助に差し出した。 「こうすれば、もう舌を焼かずとも済むだろう?」 「――…ッ!」 ぶわ、と佐助の顔が珍しく色付く。それが篝火の下でも解る位に赤かった。そして佐助は頷きながらも、そのまま幸村に顔を近づけていった。 触れた唇も、舌先も、いつもよりも熱くて、蕩けてしまいそうだった。 了 100105 up 冬コミアフターの際に出された課題、提出! |