恋は落ちるもの





 絡めた腕が微かに震えていた。まだ信じていないかのように――確かめているかのように、幸村の手が佐助の項から背を撫でて行く。いや、撫でて行くというよりも、しがみ付いているかのようでもある。

「ふ…――ッ、ぅ、は…ッ」

 角度を変えて口付けると、幸村の息継ぎの合間に吐息が漏れてくる。掠れて言葉になりきれない声が、佐助の鼓膜を擽ってくる。

「あのさ…ちょっと、聞いていい?」
「――…?」
「幸村?」
「あ、……は、はぃ?」

 敷きこみながら何度も口付けていく合間に、佐助が腕を突っ張って上体を起した。だがそうしていても足元は絡め取っており、足の指と指が触れ合っていく。
 ぼんやりとした幸村が、佐助の問いかけでハッと我に返ったように、焦点を合わせてくる。優しく前髪を撫で上げながら佐助は幸村を見下ろしていく。

「ぼんやりして、どうしたの?」
「いえ、くらくらして…――」

 ――やっぱり。

 肝心なところで、この反応は、と危惧していた。幸村の擦れていない反応は、如何考えても色事に疎い――疎いというよりも、経験が乏しいことを示してきている気がしてならなかった。

「幸村、初めて?」
「――――ッッ!」

 ぼふ、と火を噴きそうな勢いで幸村の顔が戦慄く。目尻が徐々に赤く染まってきて、彼の羞恥を伝えて来ていた。

「初めて、なんだ?」
「あ、あの…ッ。厭になり申したか?」

 困ったように幸村が瞳を反らして行く。口元に拳を作って顔を反らす仕種がいじらしい。佐助は宥めるように、ちゅ、ちゅ、と彼の頬や額を啄ばんでいく。

「そうじゃなくてさ。最初から突っ込んだら可哀相だよなって…思って…て、幸村?」
「はッ!あ、ああああのッ!つ、つ…――」

 びし、と今度は硬直した幸村が瞳を見開く。彼が言わんとしていることを、あっさりと佐助は聞き返した。

「突っ込む?」
「――――ッ」
「此処にさ、俺のを」
「え…ッ」

 言いながら片手で幸村の足を開かせ、臀部にそって撫で下ろしながら、秘部に指を弾かせた。服の上から響くように、ぐに、と指先で後孔を揉み込むと、幸村の臀部がきゅっと力をこめてきた。

「ほらね、やっぱり厭だよね。ってか、怖い?」
「怖くはござらんッ!」

 ぶるぶると膝を震わせながら、幸村は反論してくる。佐助はくすくすと笑いながらも、手元を動かしていく。

「ムキにならないでいいって」
「――すみませぬ…」

 途端に、しゅん、となりながら――だが時折、肩がふるりと震えていく様は小動物のようにさえ見えてしまう。

「かーわいい…」
「え?」

 思わず口から漏れた言葉に幸村が気付く。佐助は敷きこんでいた幸村の上から、ひょい、と身体を起こした。

「うん。いいや、最初なんだよね?だったら気持ちよくしてあげる」
「へ?」

 驚いている幸村の前で、がばり、と服を脱ぎ始める。そして、ふう、と息を吐きながら服を側に放り込むと、ごくり、と幸村が咽喉を鳴らした。

「脱いで、ね?それとも…」

 ――脱がせて欲しいなら、脱がせてあげるけど。

 身体をずらして、幸村の上に乗り上げながら言うと、彼は静かに自分の上着に手をかけ始めていった。










 上体を起して足を開かせて、その合間に身体を滑り込ませる。指と口で、じゅるじゅる、と彼のペニスを吸い上げていくと、幸村の腹がひくひくと動いていく。

「はふ…ぅ、んっ、んっ」
「腰、揺れてる…もっと動かしていいよ」

 ずる、と口から彼の陰茎を引抜いて、ふ、と先端に息を吹きかける。すると、びくん、と幸村が肩を揺らして上体を折り曲げてくる。
 その様子を見ながら、再び舌先を尖らせて、雁首の辺りを刺激すると、ぎゅう、と佐助の頭に幸村の手が絡みこんできた。

「あっ!あぅ、……や、――――っっ」
「ん…――」

 ――じゅるっ

 がくがくと幸村の手が震えている。それを感じながら、佐助は舌先をひたりと彼の陰茎の――浮き出た筋に沿って這わせていく。合わせて、歯を軽く立てては、はむはむ、と甘噛みを繰り返した。

「っく、ん…――ッ」

 びく、びく、と強く幸村の腰が強く揺れてくる。すると今度は、ぐい、と佐助の頭を退けようと動いてきた。だが佐助はそれを阻んで口の中に彼の陰茎を含み出していく。

 ――じゅ、じゅ、じゅっ、

「あ…っ、ぅ、――っ、離して…ッ」

 半ば泣き出しそうな――いつもより半音高い声で幸村が佐助の頭を押し込む。佐助はそれを許さないように両手で彼の腰骨をささえると、口だけで勢い良く出し挿れを繰り返した。

 ――――ッ

 咽喉の奥に詰めた幸村の――掠れた声が響く。それと同時に、ぶるぶる、と幸村の腰が震え、佐助の咥内に熱い迸りが広がった。

「は、は…、あ…――ッ」

 途切れ途切れの吐息を吐き出していく幸村の胸に手を這わせてみると、どくどく、と鼓動が早く――強く打たれていた。伸び上がりながら佐助は口元を拭い、そのまま顔を近づけていく。すると幸村が一瞬だけ眉根を寄せた。

「刺激強かったかな?」

 ――くちゅ、ちゅ、ちゅ、

 開きかけた幸村の唇に自分の唇を重ね合わせ、逃げようとする舌先を絡め取る。

「ぅんっ、ふ…、ふは…っ」

 熱くなった口腔内を貪っていると、間近の幸村が舌先が触れるたびに瞳を潤ませていくのが解った。

 ――あ、口濯いでくれば良かったかな。

 佐助の口腔内は先程の幸村の精液を受け止めたままだ。その事を思い出すが、佐助はそのまま指先を動かして、ぐっと幸村の片足を上に持ち上げた。

「…っひぅ!」
「やっぱり硬い、かな」

 ぐに、と素早い動きで彼の後孔に指先を宛がう。そのまま陰嚢を中指で持ち上げて奥へと進めながら、きゅっと絞られている入り口を解すように指先を動かす。
 硬い後孔に、唾液で濡らした指先を向けていく。くい、くい、と何度も其処を解しながら――ぐぅ、と中指をめり込ませる。

「ああ…っ、やだ…いや、だ」
「駄目?」

 中指を突きいれ、中を掻き混ぜるように擦っていく。指に絡まる内壁が熱い。だが幸村は佐助の肩に、腕に手をかけて、ぶるぶると震え出した。

「こ、こわ…――ぃ」
「えっ?」

 驚いて顔を起すと、目の前で硬く瞼を閉じた幸村が、今にも泣き出しそうになっていた。くしゃくしゃに歪めた顔が、ずきん、と佐助の胸に棘をさしていく。

「怖いぃぃぃ……」
「ご、ごめん…幸村?」

 がば、と幸村の身体を引き寄せて胸を重ね、彼の肩甲骨をなでる。すると、ひく、としゃくり上げながら幸村が顔を起してきた。

 ――こつん。

 佐助の頬に両手を添えて、幸村が額を押し付ける。ふう、ふう、と呼吸を整えてから、彼は瞼を落とした。それと同時に、つ、と一筋だけ涙が頬に流れる。

「佐助の、」
「ん?」
「佐助の顔も、見えなくて…一人で、知らない人に、されているみたいで」
「あ、そうか…」

 ――見えないんだもんね。

 失念していた、と佐助は手を伸ばした。其処には彼の眼鏡ケースがある。ばくん、と開いて中から眼鏡を取り出すと、佐助はひょいと幸村の目元に眼鏡をかけた。

「これでどう?」
「あ…――ッ」
「曇っちゃうかもしれないけど、ないよりマシでしょ」

 ぱちぱち、と瞬きを繰り返す幸村が、ほっと胸を撫で下ろしたのが解った。正面で佐助は小首を傾げながら、自分の両腕を開いて見せた。

「――俺の顔も、身体も、見える?」

 こく、と頷きかけた幸村の視線が、そのまま佐助の下肢へと向って止まった。何処をみているかなんて一目瞭然だ。

 ――よく見えるようになっちゃったしね。

 眼鏡をかけてしまえば、歪んだ視界もクリアに見える。ごく、と佐助の股間に視線をむけたままの幸村が咽喉を鳴らす。そのまま、かあああ、と彼の頬が染まっていく。

「…――っ」
「やだなぁ、其処観て照れないでよ」
「でも」

 幸村はわなわなと唇を動かしながら戸惑っていく。確かに正面に、屹立した男性器ががあれば驚くのも仕方ないかもしれない。
 佐助は苦笑しながら足を浮かせて、幸村の腰を絡め取るように引き寄せた。腰をぐんと中に押し込めるようにして触れ合うと、びく、と腰を引いてます幸村がいる。

 ――ホントに初めてなんだろうなぁ。

 いちいち返される反応が初心すぎて、佐助の嗜虐心を煽るだけ煽っていく。逃げていく彼の腰を引き寄せようと、足を片方引っ張って自分の腿の上に乗せた。

 ――こん。

 勢いで互いの陰茎が触れ合う――再び硬くなっていたことに気付いて、佐助は指先を絡めた。

「同じの付いてるんだし。ほら、こうすると気持ちいいでしょ?」
「あ、ああ…ッ」

 互いの性器を片手で扱き上げながら、彼の背に手を伸ばして引き寄せる。すると今度は幸村の腕が伸びてきて、佐助の首にかかった。

「は……――ッ」

 間近に見える幸村が、眼鏡の奥で何度も瞬きを繰り返していた。時々、眼鏡が少しだけ曇っていく。

「佐助…――っ」
「なに?」

 鼻先を摺り寄せて、舌先を出してくる姿に答えながら、徐々に絡める手の動きを早めていく。ふ、ふ、と細かい吐息を吐き出しながら幸村が、佐助の手の刺激を追いやるように首を振る。こつ、と佐助の鎖骨に額を押し付けて、幸村の背が撓った。

「佐助が、すごくやらしい…」
「そういう事言うんだ?」
「だって」

 ――佐助の顔見ていると興奮する。

 つ、と支えている幸村の背中に汗が流れ落ちていく。だがそれよりも、今の言葉で佐助の下肢がずんと重くなっていった。

「一緒に、達こうか?ね?」

 ――しっかり捕まってて。

 答えを聞く間もなく、佐助は両手を使って愛撫を繰り返していった。がくがくと揺れる幸村の身体を支えながら、互いの果てによって熱い迸りを肌の上に落としても、離れることも出来なくなっていった。










 酔った勢いだなんて思われたくなくて、目が覚めても中々彼を起せないでいた。じっと眠る顔を見つめながら、腕枕をして幸村の長い髪を指先で弄ぶ。

 ――やっちゃったなぁ…

 まさかこんなに自分が堪え性がないとは思っていなかった。まだまだ彼との距離を保って、徐々に近くに行ければ良いと思っていた。それなのに、急展開にも程がある。

 ――しかたないか、落ちたんだし。

 この人にさ、と幸村のむき出しの肩に口付けた。そしてそのまま、首筋に唇を寄せて、ちゅう、と強く吸い付いた。

「ん…な、なに…?」
「ごめんね、起したね」

 唇を離してみると、きゅ、と其処に赤い徴が浮かび上がる。その痕を指で撫でながら、目覚めた幸村に話しかけると、幸村は視線を彷徨わせた。
 徐々に見上げる目が、焦点を合わせてくると、幸村は布団をひっぱりあげて顔を隠そうとする。

「ちょ…隠れないでよ」
「だって、あんな…あんな…恥ずかしくてッ」
「それはこっちも一緒だからさ」

 ムキになって言うと、そろり、と幸村は布団から顔を出した。布団の中で、幸村の熱い足が、佐助の足に触れる。とん、と触れただけなのに幸村は直ぐに足を引っ込めてしまう。
 ごそごそと布団の中でも逃げ腰を打つので、佐助が思い切って布団の中で彼の腰を引き寄せた。

「うあ…ッ」
「何、逃げてんのさ?」

 引き寄せられて直ぐに佐助が足を開いて彼の足を抱えると――勿論、一糸纏わぬ状態な為に、むき出しのままの下肢が触れ合う。そのことにも幸村は、ひく、と咽喉を振るわせた。

「あの…佐助、さん」
「んー?」
「遊び、とか…酔った勢い、とか…」
「――――…」
「そういう…類のものじゃ、ないですよね?」

 恐る恐るといった風情で聞いてくる幸村に、ぷ、と思わず噴出してしまう。自分の不安と同じ事を考えていた彼に、笑うことしか出来ない。佐助はぎゅっと幸村を引き寄せると、眼鏡を外した彼の視界でも見えるほど――鼻先を触れさせながら、大好きだよ、と囁いた。

「恋に落ちちゃったからね」
「え…?」
「こっちの事。大好きだよ」

 柔らかく告げながら、静かに唇を合わせる。熱い彼の肌が再び熱くなっていくのを、素肌に感じながら、佐助は自分の胸の中に幸村を引き寄せていった。











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