T'm home



 ――その言葉はいつも彼が言ってくれるものだった。



 小さな手を真っ赤にして、それでも邸の入り口に立ち尽くしている姿に何度も我が目を疑った。
 繋いだ手が小さくて、その手を守ろうと――忍の癖にと詰られても構わない――主を得た事をこの身に刻んでいた。







「おかえり、佐助」

 夜の帳の中を駆け巡り、そっと戻ると、まだ寝ていなかった彼はそう肩越しに労ってくれた。

 ――ああ、還って来れた。

 彼の言葉を聞く度にそう想う。背後から近づいて、そっと彼に腕を回す。幸村は心得ていたとばかりに、ふふ、と口元に笑みを浮かべる。

「おかえり、佐助」
「うん…」
「違うだろう?‘ただいま’だろう?」
「そうだったね、ただいま、旦那」

 幸村の頭を引き寄せて、そして後ろに向けさせて鼻先を摺り寄せた。
 重なる唇に、ほぅ、と溜息をついて幸村は俯く。俯いた彼の唇をもっと貪りたくて、顔を近づけて下から掬い上げていく。

「ん…っふ、ん」
「旦那ぁ…――」

 重ねた唇が徐々に熱を助長していく。ごそ、と手を滑らせて彼の下肢に向ける。すると、びくり、と身体を揺さ振って彼は身体の向きを変えた。

「どうしようか、旦那」
「うん?」

 絡めてくる腕が強い。柔らかさのかけらもない腕が、こんなにも愛しいものになろうとは、思ってもいなかった。
 唇を啄ばみながら、徐々に彼の単衣を乱していく。肌に吸い付くような手触りが余計に欲を煽っていく。

「どうしようか、ね?」
「ん…したいように、していいぞ」
「あ〜…そんな事いうの?」
「俺はただ、お前が女遊びでもしてこなかったか、確認させて貰うだけかな」
「わぁ、さり気に俺様疑われてる?」

 あはは、と憎まれ口を叩きながらも、肌を摺り寄せる。「よっ」と声を上げて脚を絡ませてくる幸村の腰を、片腕で引き寄せた。

「旦那…」
「うん?」
「ただいま」

 何度目かになる帰還の言葉を口にした。そうすると、おかえり、と彼は必ず言って、そして抱き締めてくれた。










「おかえり」

 自分がその言葉をいう事になるなんて想ってもいなかった。
 花に埋もれるかのようにして、彼の身体を横たえた。そして大事に彼の頭を引き寄せる。
 力を失った身体が重くて、重くて、何度も切り離してしまおうかとさえ想った。
 だけれども、愛しい彼の身体だ。
 切り刻むことなど出来なかった。
 いつもならば――仲間の首ならば、躊躇いもなく切り取ってこれたものを、それが出来なかった。
 手も、足も、指先も――爪の一枚だって、愛した彼のものだ。

「おかえり…おかえり、旦那」

 ぎゅう、と彼の頬に手を添えて口付けた。彼の唇はほんのりと微笑んで、そして最期の時に告げられた言葉だけを佐助の耳に残していく。





 幸村は、最期に佐助の名前を呼んだ。
 伸ばした手は、届かなかったけれど。










2009.11.22.Sun/20100211 up