忘却の旅路 君があの日、なくしたものを探しに行こう。 ――がたがた、がたがた、 片田舎のバスが、舗装されていない道を通っていく。後部座席に二人しか乗っていないバスだ――見ようによっては兄弟にしか見えない二人は静かに其処に座っていた。 二人と言っても、一人はまだ子どもで――小学校に上がるか、上がらないかの子どもだ。その子の頭を膝に乗せて、ゆっくりと撫でながら青年が窓の外を見ていた。 「お客さん、終点だよ」 がたん、とバスが停まる。運転手が振り返って声をかけると、青年は軽々と少年を抱っこしてバスの運転席のほうへと歩んできた。 「どうも、ありがとうございました」 「どう致しまして。でも、こんな所まで何しに?」 ――あんたら、ここいらの人じゃないだろう? 運転手が被っていた帽子を少しだけずらして問うと、きらり、と琥珀色の髪をなびかせて青年は笑った。 「昔、ここらに住んでいたんです」 「え……?」 「じゃあ」 運転手が聞き返す前に、彼は背中を向けて行った。とんとん、と軽やかな足取りでバスを降りていく。運転手はまだ何か言いたそうだったが、溜息を付くとドアを閉めた。 ――ばろろろろ。 エンジンの音が響く中、バスを背中にして立っていると、ううん、と腕の中の少年が身じろぎをした。 「旦那、だ〜んな、起きて」 「うぅ…ん」 「着いたよ」 ゆさ、と抱え上げた少年を揺すると、彼はやっと気付いたのか眼を瞬かせた。そして間近にいる青年の頬に小さな手を添えると、そのまま額を彼の顎先に傾けてくる。 ――ちゅ。 小さな音を立てて、青年が少年の額にキスをすると、彼はぱっちりと瞳を見開いた。 「もうお目覚め?」 「うん…今、覚めた」 ふあ、と欠伸をして少年は彼の首元にしがみ付いていく。そして背後を振り返って、ほう、と声を上げた。 「ずっと来て居なかった」 「そうだねぇ…此処、まだ覚えている?」 「覚えているさ」 ――お前と会った処だ。 少年はそう言うと、青年に「下ろせ」と云う。彼がしゃがみ込んで彼を地面に下ろすと、小さな手を握った。二人で手を繋いで歩き出す。 足元は砂利で埋め尽くされた道。 回りに民家はなく、田圃と山が広がっている。 人気もな道を二人でただ歩く。 「此処にさ、旦那の忘れた部分あるのかな」 「だろうな…たぶん、お前とであったあの場所だ」 小さな子どもにしては大人びた物言いをしてくる。小さな手で指し示す先には、鳥居が見えた。それを見上げて二人は歩き出していった。 消毒薬の匂い。 突き飛ばされた痛み。 そして何よりも、貴方を失うかもしれないという恐怖。 蹲って暗くなっていく病院の片隅で、祈りだけを捧げた。 「佐助」 声を掛けられて顔を起すと、其処には少年の姿をした彼が居た。 「だ…んな?」 「どうしたのだ、佐助。何を泣いておる?」 「え…だって…――」 目の前の出来事が信じられなかった。うろたえる佐助に彼は、早く行こう、と告げた。何処に、と聞くと、忘れ物を捜しに、とだけ応える。 「早く、忘れ物を捜しに行かねばなるまいて」 「何処にあるの?」 「色々なところだ」 小さな手に引かれて、蹲る足を伸ばした。そして彼の手に引かれて、この旅が始まっていった。 了 2009.11.16/100102 up 事故にあった幸村は、記憶をなくして、しかも子どもの姿になってしまってます。いわば霊体?でも他の人にも見える。そして佐助と一緒に旅して行く間に、自分を取り戻して…ってお話にしようとして、途中挫折。弁丸と大人佐助の組み合わせで逃避行させたかった。 |