Wish my dog






 縁側に座って、鍛錬の後に幸村が団子を食べていると、キャンキャン、と亜麻色の毛をした子犬が紛れ込んできた。

「お、ワンころ。可愛いなぁ」

 佐助が手を差し伸べると、子犬はふんふんと手の匂いを嗅いでから、尻尾を振ってきた。ひょいと持ち上げて胸元に抱き締めると、まるで赤子をあやすように撫でていく。

「斯様に小さいと扱いが難しかろうに」

 ぱくん、と最後の団子を口に入れてから、幸村は静かに言った。縁側に近づいて佐助が子犬を見せると、幸村もまた子犬の頭に手を乗せて、耳の下をなでていく。

「何処の子犬であろうか」
「たぶん忍隊の誰かの忍犬になるんじゃないかな」

 中には犬を使役するものだっている。佐助は、誰かなぁ、と天井を見上げて呟いた。すると幸村は佐助の腕から子犬を引き上げ、鼻先を近づけてから、ふふふ、と口の中で笑った。

「昔、父上に犬が欲しいと強請ったことがあったな」
「そうなの?」

 縁側の隣に座りながら、佐助が子犬と幸村を眺める。真っ黒い瞳がくりくりと動き、黒い艶やかな鼻先が幸村の顎に触れ、ぺろ、と舐めていく。

「ああ、犬と言うのは忠実だと聞いてな」
「ふぅん…」
「恩を忘れぬし、主に絶対服従だし、いざとなれば牙と爪とで戦えるし…」

 ぺろぺろと舐める子犬に、くすぐったさを感じているのか、幸村は笑い混じりに話す。だが彼の話す内容は、到底子どもが「犬が欲しい」と強請る内容ではない。実に実益を兼ねている。

「だから、犬が欲しいと強請ったのだ」
「へぇ、旦那らしい強請り方だね」

 佐助は隣に座る幸村の肩に自分の肩を寄せて、彼の手元から子犬を引き上げる。子犬は動かされても大人しく尻尾を振るだけだ。

「――父上は、願いをかなえてくださった」
「え?でも俺様の知る限り、犬なんて飼ってなかったでしょ」

 幸村の言葉に違和感を感じて、小首を傾げる。佐助の記憶では彼は犬など飼った事はなかった筈だ。

「いいや、某はもう犬を手に入れた」
「――あ、嫌な予感」

 くすくす、と笑う幸村が、片手を伸ばして佐助の項に向ける。茶の支度をした際に結い上げた髪は、短さもあいまって尻尾のようになっている。其処をなでてから、幸村は佐助の顔を覗き込んでくる。

「亜麻色で」

 指先は動いて、手の甲が佐助の頬に触れる。

「忠実で」

 そしてその手が今度は佐助の唇に向かい、人差し指が下唇に押し当てられた。

「いざとなれば牙と爪を立てる」
「――――…」

 押されて、薄っすらと開いた唇――じっと見つめてくる瞳を見返してから、佐助は口を大きく開くと、押し当てられていた幸村の指先を口の中に引き込んだ。

 ――ぱくん。

 口の中に人差し指を引き込んで、舌先を指の腹に絡める。

「だが時折、俺を翻弄するか…」

 ――それだけは予想外だな。

 ちゅう、と後を引く音を立てていると、幸村が指を佐助の口の中から引抜いた。合わせて佐助は、舌先をべえと出してみせる。

「はいはい、アンタの狗ですよ、どうせね」

 真正面から、犬呼ばわりされたようなものだ。佐助が少しだけ臍を曲げてそっぽを向いて腕に抱えた犬をあやしていると、ふう、と幸村が耳朶に唇を寄せてきた。

「佐助、好いておるぞ」
「…躾じゃないんだから、鼻噛まないでよね」

 憎まれ口を叩きながら、顔を彼の方へと向ける。そして、噛み付くように彼の唇に触れていった。












2009.11.08/100101 up