今でも、ずっと





 ぶん、と大きく振り下ろされる槍を見ながら、鍛錬に精を出す幸村に木の上から声をかける。

 ――そろそろ、休憩にしなよ。

 佐助の言葉に、幸村は振り仰いでくる。そして顎先に滴る汗を手の甲で拭った。は、は、と息が乱れている。くん、と時折咽喉が上下していた。

 ――とん。

 佐助が木の上から飛び降りる。そして地面に着地した瞬間、佐助の頭上に、ブン、と風が過ぎった。

「あっぶないなぁ…、ちょっと旦那?今の不意打ち、俺様じゃなかったら吹き飛ばされてるよ?」

 ――小助辺りにはしないでよね。

 横に軽く飛びのきながら、佐助は背筋を伸ばした。すると目の前で幸村が、ふう、と息をついてから、手にしていた槍を放り投げた。

「手合わせ…と、いかぬか」
「いいよ、たまには相手してあげる」
「いざ…ッ」

 ぐ、と身を屈めると、次の瞬間勢い良く飛びこんでいった。










 何度か組み手を繰り返し、攻撃をかわし続ける。かわし切れない攻撃を時々くらいながらも、足元に力を込めて腕を振るっていく。すると迫っていた幸村の拳を回避すべく、佐助がひらりと身体を背後に躍らせた。

 ――ひゅ。

「あのねぇ、旦那、俺ね」
「何だ…――ッ!」

 片足を軽やかに地面につくと、飛び込んでくる幸村の拳から、今度はひらりと身を払う。そして、繰り出した拳に手を添えて、関節に軽く力を込めると、佐助は軽々と幸村を振り払った。

「初恋が旦那っての、嘘なの」
「何?」

 くる、と視界が反転させられる――だが、幸村もまた身体を屈めて、くる、と動かすと地面に再び足をついた。

 ――ぐんっ。

 蹴りこんだ足を、ぱん、と再び佐助の手に払われる。繰り返し、蹴りこむとそれが今度は防御に変わり、佐助は軽く、とん、とん、と背後に飛びのいていく。

「だってさ、初恋って実らないでしょ」
「――ならば、誰なのだ?」
「気になるぅ?」
「初恋が、某ではないのなら…誰だというのだ?」

 蹴りこみながら話すと、どうしても言葉が途切れてしまう。いつも佐助は幸村に、初恋は旦那だよ、と云って憚らなかった。
 それをこんな手合わせの合間に、違うといわれる。

 ――嘘を吐いていたというのか。

 その事に腹立たしさが募る。抑えようとするのに、どうしても声を荒げてしまう。だがそれも手合わせの間なら、どうにでも誤魔化せるというものだ。

「それはもう可愛い子だったんだけど」
「――――ッ」

 ――がんっ。

 見事に佐助の懐に蹴りが入った。衝撃に耐え切れず、佐助の身体が背後に飛ばされた。そのまま佐助は吹き飛ばされて、背後の木に――先ほどまで佐助が登っていた木に背中を強かに打ちつけた。

 ――可愛さ余って、憎さ百倍。

 思わずそんな言葉が頭に過ぎる。ほんわりと笑いながら話す佐助に、思わず怒りが湧いた。そのせいで加減が出来なかった――本気で蹴りこんでしまったのだ。

「大丈夫か、佐助…ッ」
「ごほ、っく、いってぇぇ…――まともに食らっちまった」

 ずるずる、と樹の根元に腰掛けて、打ち込んだ背中を佐助が摩る。幸村は少しだけ気まずくなりながら、とと、と飛ばされた佐助の元に駆け寄る。

「けほ…――っ、でもさ、その子、俺様を振ってくれてさぁ…」
「何?お前を振ったのか…ッ」

 話し続ける佐助に手を差し出す。すると佐助は幸村の手に手をかけてきた。そのまま、立ち上がらせるように、ぐい、と引き上げると、佐助は口元を吊り上げて嗤った。

「そ。でさ、こういったんだぜ?」

 ――今から、弁丸はいない。ここには【真田源次郎幸村】がいる。心せよ。

「……ってさ」

 幸村の手に引き上げられて、佐助がしたり顔で話す。幸村は一瞬、何を言われたのかと、きょとん、としてしまった。だが、その台詞で全て合点がいった。

 ――それは、つまり…

 ふるふる、と幸村の手が震えてくる。

「ば…――」
「ば?」

 佐助が訝しんで、幸村の言葉を鸚鵡返しに聞きながら首を傾げる。だが幸村の腕が、ひゅ、と次の瞬間風を切った。

「馬鹿者ッッ!」

 ――ばしッ。

 ばちん、と佐助の頬に幸村の平手が打ち込まれる。わあわあ、と叫びながら幸村はそのまま背を向けて走りこんでいった。
 佐助はぶたれた頬に手を添えて、くっくっく、と腹から笑いを滲み出していった。

「まったく、動揺しやすいんだから…」

 くくく、と身体を折り曲げて嗤うと、佐助は再び足に力を込めて、地面を蹴りだした。
 逃げた主を捕まえる為――今も、昔も、思う相手は、追う相手はたった一人だけだ。

「逃がさないからね」

 紅く腫れる頬をそのままに、佐助は楽しそうに駆け込んでいった。












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