望郷の念は全て貴方の居る場所に ――疾く、疾く、何よりも速く彼の元に。 長期任務なんていうのはどうしても望郷の念が強くなる。それが得てして今の状況なら尚の事だ。 以前は――主をひとつに絞らずに忍里の駒として生きていた時には考えられない。里を全てとして生きていたときとは、よすがが変わってしまっていた。 ――疾く、旦那のとこに。 任務が終わってこの足で何里も奔って、躓いたとしても彼の元に戻りたくて堪らない。 ――ああ、旦那をこの腕で抱きしめたい。 長いといってもまだ一月弱だ――それでも、毎日のように触れていた肌の感触が遠ざかってしまいそうで、早く彼に触れて思い起こしてしまいたかった。 離れているとどうしても記憶にしか頼れない。 この腕に、この手に、肌に、全て彼を覚えこんだと言っても、別の情報でかき消されてしまいそうで怖いとさえ思った。 ――俺はさ、旦那の狗なんだし。 主を忘れたり、牙をむくことも、爪を立てることもないけれど、彼を守り続けるには離れすぎてしまった。 ――早くあんたを俺に思い起こさせてよ。 く、と身体を折り曲げて奔る速度を速めようとした。頭には上田に還ることしかない。 ――ザッ 「――――…ッ!」 不意にスピードを上げた佐助の足元に苦無がささる。佐助は足を止めると、枝の上にしゃがみこみ、苦無の投げられた方向を探った。 「止めてよね、人が折角…――」 ――還れるって喜んでるときに。 ぎり、と歯を鳴らして言い放つと、再び苦無が飛んできた。それを払いのけ、場所を確定する。 ――がっ。 「く…」 背後から敵忍の身体を拘束する。するとその手が、くるりと翻り、佐助の腕に刃を突き刺した。それでも佐助は力を緩めない。 「相手が悪かったな」 「う…――ぐぅ」 「あんたも忍なら、覚悟できてるだろう?」 ――だから謝らないからね。 佐助は柔らかくその耳元に囁くと、一気に首を縊った。ごきん、と嫌な音がして腕の中の忍が、だらんと力が抜ける。それを腕から離して放ると、木の下に、重い音を立てて落ちていった。 「いって…――」 突き刺さったままだった苦無を腕から抜き去り、苦無も投げ込む。 佐助は、ふ、と溜息を付くと再び何事もなかったかのように奔りだした。 上田領に着くと佐助は真っ先に幸村の元へと向かった。だが庭に飛び込んでから、くん、と自分のにおいを嗅いで眉を顰めた。 ――やっぱり血臭させてちゃ、駄目だよね。 幸村の元に血の匂いをさせていくのは気が引けた。だが彼の姿が観たくて堪らない。 ――ひと月、離れてたんだし。 そもそも彼に逢いたくて盲目的になっていた処の奇襲だ――余計に理由を告げたくない。この怪我が知れてしまう前に一度匂いを洗い流してしまった方がいい。 佐助はそう思うと、幸村の顔を見たい気持ちをぐっと抑えた。そして踵を返し、庭先から樹へと飛び移った。 「佐助か?」 「――――…ッ」 急な呼びかけに、びく、と背が揺れた。ゆっくりと振り返ると、其処には幸村が立っていた。縁側に障子を開けた姿で、此方を見上げている。 「旦那…――」 「還ったのなら、早く、此方に来い」 「でも…」 「いいから、早く」 言い澱む佐助に真顔で幸村が告げる。彼の言葉には逆らえない。 ――俺様、今臭いよ? 苦笑しながら佐助は幸村の元にいく。すると幸村は腕を広げ、佐助の胸の中に身体を預けてきた。 「――――…ッ」 ぐ、と熱いものが込み上げて来そうになる。胸の中の幸村が強く、強く、抱きしめてくる。 「あ、あの…旦那?」 「早く、腕を回さぬか」 「へ?」 「某を抱きしめろ、と言っておる」 「――――ッ!」 胸の中で幸村が淡々と言う。があ、と一気に頭に血が上った。佐助は、どうなっても知らないから、と口の中で呟くと、幸村の身体を掻き抱いた。 「よく、戻ってきた。佐助」 「うん…逢いたかったよ、旦那」 幸村の耳元に囁くと、幸村の鼻が、すん、と動いた。そして佐助の腕の傷に顔を近づける。 ――ぺろ。 「あ、ちょ…駄目だよ。汚いから」 「そんなことない。佐助の血も、全て俺のものだ」 「――っ、あ…やば」 ――ぬる。 舌先を使って幸村が傷口を舐め上げる。いつもなら耐えられる感覚なのに、彼が自分の肌を舐めて――血を舐めているかと思うと、背筋がぞくぞくとした。 ――ごめん、旦那。 小さく彼の耳に呟くと、幸村の帯に手を絡め、一気に振りほどく。そして彼の素肌に掌を這わせ、引き締まった臀部に片手を添えた。 「旦那が誘うからだからね。今、このまましたい」 向き合って座って、幸村の身体を抱え込む。そして彼の首筋に噛み付きながら、思い切り幸村の匂いを吸い込む。それだけで、くらくらと脳まで痺れてしまいそうだった。 幸村は笑いながら、時に与えられる感触に身震いしながら、佐助の頭を胸に押し付けていく。 「戻ってきた、某の」 「俺はあんたのものだから。此処にどんなときでも還ってくるから」 そう言いながら、ただ熱に浮かされるようにして抱き合っていった。 了 090725/090802 up |