黒い雨に赤々と映える



 殺戮を常としても、汚れずに、染まらずに、ただ紅く咲いていればいい。



 ――びしゃびしゃと雨が降っていた。

 ただ濡れるだけの雨ではなかった。しきりに降る雨の中にそれは混じっていた。それを見上げて幸村が瞳を閉じずに立ち尽くしていた。そしてその身体に黒い雨を――雨のような血を浴びていく。

「旦那、旦那…――」
「ああ、佐助か」

 背後から近づき、そっと彼の目元を手で覆う。彼の肌を傷つけないように、そっと掌を向けて彼の視界をさえぎった。

「駄目だよ、眼、閉じないと」
「――…」

 後ろから抱きしめていると、幸村の手が佐助の腕に絡まる。佐助は彼の耳元で小さく述べて行く。雨の音で彼に声が届かないなんて事がないように、直に耳に届くように、幸村の耳元に唇を寄せた。

「眼に血脂入ったら、なかなか取れないんだから」
「そうか…ならば、お前が俺の目を塞いでいてくれ」

 ふふふ、と幸村は笑った。
 無邪気に笑う彼からは、この戦場を作り出した姿は見当たらない。ただの雨に塗れている分には良いが、彼の足元には雨に流されて血色の流れが出来ていた。

「うん、解ってる。だからこうして抱きしめていてあげる」

 幸村の身体に染み付いた返り血が、雨に流される。
 生臭いのも構わない。彼の黒い装束は、血を吸っても尚、漆黒の闇のようで美しく彼を見せていた。

「しっかし、旦那、黒も似合うねぇ…」
「そうか?そういえば政宗殿にも先日言われた」
「へぇ…?」
「あちらは白無垢のように美しい、白雪のような出で立ちでな」

 くつくつ、と咽喉を鳴らす幸村に、佐助はそろりと手を離した。そして腕を引っ張って自分のほうへと振り向かせた。

「他の男の話、しないで」
「どうした、佐助」
「ねぇ、こんな紅く映える貴方を知るのは、俺だけで良いからさ」
「――……?」

 強く幸村を抱きしめながら、黒く、赤黒く染まっていく幸村を抱きしめる。そして彼の肩口に顔を押し付けながら、旦那はずっとそのままで居て、と告げると、幸村は「当たり前だ」と頷いた。その返答に、佐助は余計に今が変わらないことを祈っていった。












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